和辻哲郎と現代 自己承認欲求が蝕む人間関係
明治末期の自然主義文学から現代のYouTubeまで一見遠く離れた時代と表現形態に、同じ人間観の危機が潜んでいる。自己承認欲求に駆られ、私生活を公共化する現代。和辻哲郎が警告した「人間らしさ」とは何か。社会関係のなかでの責任ある生き方を通じて、失われた価値観を問い直す。
話は「自然主義」である。では、自然主義とはそもそも何だろうか。明治末期に出現したこの文学観は、当時の時代状況を理解するのにとてもふさわしいし、和辻哲郎の思春期に大きな力を持っていた。その特徴は、暴露趣味とでも呼ぶべきものである。日常のルールや権力を冷笑し、冷やかし、虚構にすぎないと暴き立てる。「実際の人間とはこんなものだ」「人間なんてどうせ...」という感情から、文学を書く。これが和辻には我慢がならなかったのだ。
後に和辻は、「大正教養主義」の一角を担う倫理学者だと言われるが、教養主義とは何かといえば、つまり、自然主義との人間観のちがいなのだと思えばよい。
そして前回、この話を、現代のYouTubeに連結して話を終えていた。いったいそれはどういうことなのか。以下で説明しよう。
YouTuberと
自然主義文学者
先﨑 彰容(せんざき あきなか)
社会構想大学院大学 社会構想研究科 研究科長・教授
思想史家。博士(文学)。1975年東京都生まれ。東京大学文学部倫理学科卒業、東北大学大学院日本思想史博士課程修了。日本大学危機管理学部教授を経て2025年4月より現職。『個人主義から〈自分らしさ〉へ』(東北大学出版会、2010年)、『ナショナリズムの復権』(ちくま新書、2013年)、『維新と敗戦』(晶文社、2018年)、『国家の尊厳』(新潮新書、2021年)、『本居宣長』(新潮選書、2024年)、『批評回帰宣言』(ミネルヴァ書房、2024年)など著書多数。
YouTubeを含めた、現代のSNS時代の特徴を、しばしば「炎上商法」などと呼んだりする。炎上とは、人びとの注目を集めて賛否両論が飛び交うことを指す。なぜ、こんなことをするのかを言えば、炎上すれば、再生回数を稼ぐことができ、スポンサーまでつけば立派な収入源になるのだ。つまり、カネになるのである。
この商売で有名になり、金持ちになるYouTuberなる人気者まで出て来るようになった。彼らが総じて言うことは、「再生回数を多くしたければ、次第に過激になっていく」ということである。人びとの注目を集めるためには、より刺激的な映像を流さねばならない。ではどうすればよいのか。答えはある意味簡単で、暴力的になるか、性的に過剰になるかということになるのである。人間の、最も根源的な興味関心をつけばよい。どうしても、あるいはなんとなく、クリックしたくなるのは、暴力か性だからだ。
(※全文:1936文字 画像:あり)
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