「営業の実践知」体系化に向けて、IT業界における法人営業などを研究

「実践知のプロフェッショナル」人材を養成する社会構想大学院大学の実務教育研究科。本連載では、院生がどんな学びを得て、現場に実装したかを紹介する。

3つの入学目的を設定

向井 俊介

向井 俊介

ウェルディレクション合同会社CEO
約20年、IT業界において中小から大企業のB2Bの営業領域の職務に従事。国内上場企業から外資上場企業、外資スタートアップの様々な企業に属し、CxO等エグゼクティブに対するビジネスも多く経験。米企業日本法人の代表に就任し、日本法人全体のビジネスを牽引した後、2020年7月にウェルディレクション合同会社を創業し、B2B営業のアドバイザーとして上場企業からスタートアップまで広くビジネス成長に貢献している。2021年より社会構想大学院大学実務教育研究科に在籍し、営業の暗黙知を学術的に形式知化するための専門職研究を行なっている。

私は大学卒業後、これまで4社で法人営業に従事した。マネジメント職として営業人材の育成をはじめ、営業プロセスや仕組みの構築、改善を通じて組織力の強化に従事した後、2020年に営業アドバイザーとして独立した。独立以前は、外部向けに自分の経験を活かした営業トレーニングを無償で行っていた。Twitterを通じて法人営業に関する情報を発信していく中、多くの企業経営者や事業責任者が営業のアップデートに問題を抱えていることに気づき、それが独立につながったのである。ただ、活動の早い段階から感じていたのは「自分の経験の切り売りを続けているだけでは将来価値が先細りしていくのでは」という不安であった。営業実務から離れて外部支援者という立場で仕事をすることに一抹の不安を感じていた中、尊敬している知り合いとの会話の中で社会構想大学院大学の存在を教えられ、「向いていると思う」という言葉に背中を押されて門戸を叩いた。教えてくださったのは、本学コミュニケーションデザイン研究科特任教授の高広伯彦先生である。

営業と近しい領域であるマーケティングに関してはビジネススクールでカリキュラムが作られている。フィリップ・コトラー氏の著作をはじめ、教科書となる文献も広く流通している。だが、営業に関する本は、著者の過去の経験を基にしたノウハウやテクニックを紹介したものがほとんどである。そこで、入学に際して、営業の実践知を体系的に整理することで、広く営業従事者が活用できる状態を目指して、以下の3つを入学の目的として設定した。

1.営業アドバイザーとしてより高い質を担保するために必要な「営業の実践知」を自分自身の経験だけによらずに学術的に整理する。
2.国内で営業のカリキュラムを提供しているビジネススクールはほとんどない。意欲のあるビジネスパーソンが営業について学ぶことができるよう、「営業の実践知」をカリキュラムに落とし込む。
3.組織の営業力、個人の営業力向上のために、営業育成手法として以前から行われているOJTに加え、Off-JTの機会を企業に対して提供する。

研究テーマはIT業界における
法人営業の能力分析と考察

現在、「IT業界における法人営業の能力分析と考察」というテーマで研究を進めている。研究にあたっては、まず、自分自身のこれまでの営業の実践知を整理したものを仮説(叩き台)として検証していくアプローチをとっている。研究に際し、1年次には「知識社会学」や「産業社会学」、「実践と理論の融合」などを履修し、日本の産業の推移やその特徴、知識とは何か、実践知とは何かについて学んだ。また、自身の研究成果を実務に活かすための手段としてコンテンツやカリキュラムを作ることを想定しているため、2年次には「教育プログラム開発」や「実践教育プロジェクト演習」を履修し、社会に展開するための手法を学んでいる。加えて、企業内に営業の知が再創造されるための支援も視野にいれ、「ナレッジマネジメント」を履修した。支援先のクライアント各社それぞれが営業の知識を創造し、アップデートし続けるためのフレームワークを学んでいる。

大学院での学びを活かし
実務のクオリティを上げる

本学での学びは、営業アドバイザーとしての仕事に直接的に役に立っている。実務では主に企業経営者や事業責任者に対して自走できる営業組織になるための多方面に渡るアドバイスを行っているが、リクエストがあれば営業研修を請け負うこともある。どちらのケースにおいても、自身の経験則のみに頼るのではなく、先行研究を引用しながらアドバイスを行うことができるようになった。また、営業実務のトップパフォーマーを対象にインタビュー調査を実施している。現在進行中の研究もアドバイスのクオリティを上げることに繋がっている。

昨今、特にIT業界においてSaaSの市場が急成長しており、数多くのスタートアップ企業が次々と誕生している。SaaSの企業は総じて営業やマーケティングといったビジネスサイドの知見や経験が浅い創業者が設立することが多いため、自然とこのような企業の経営者と仕事をする機会が多くなっている。効率的な成長のために、営業やマーケティングのプロセスや活動を仕組み化する動きも活発である。これらの企業で働く人たちは総じて変化を好み、常に成長に貪欲である。また、新しい情報に敏感で、良いと思われるやり方や考え方はすぐ取り入れる特徴がある。営業活動のプロセスや活動の型化にも積極的である。経済が停滞しているこの国において、SaaSの市場規模は今後5年で1.5倍、2025年には1.5兆円にも成長するとされている。日本の経済に良い影響を与えていくためにも、「営業の実践知」を体系化し、1社でも多くの企業にインストールできればと考えている。

※SaaSとはSoftware As A Service(サービスとしてソフトウェアを用いるビジネスモデル)。

コーチングとファシリテーション