人権学習の社会的意義を2つの視座で言語化

「実践知のプロフェッショナル」人材を養成する社会構想大学院大学の実務教育研究科。本連載では、院生がどんな学びを得て、現場に実装したかを紹介する。

人権学習の将来像

安藤 勉

安藤 勉

㈱電通グループ/㈱電通コーポレートワン。
1997年㈱電通入社後、メディア部門、営業部門、広告法務部門を経験し、2015年以降人権、DE&I、サステナビリティ業務に従事。2022年3月に社会構想大学院大学実務教育研究科修了(1期修了生)。実務教育学修士(専門職)の学位を取得。

私はある広告会社の人権啓発担当として社内外の研修の企画・実施、及び個別の相談対応に従事してきたため、入学以前から実務で「学び」を意識する機会は多い状況であったが、大きなアクションは起こさずにいた。また、新卒で広告会社に入社後は転職等の大きなキャリアチェンジも無く20年以上経過しており、「50歳までに今後のキャリアの可能性を広げる新しい何かにチャレンジしたい」とも考えていた。そのような折に、社会構想大学院大学に実務教育研究科が新設されることを知り、この研究科での学びを志した。

専門職学位論文のタイトルは「知識基盤社会における人権学習の将来像」とした。生涯学習やリカレント教育などの学び直しが一層重要になるこれからの社会で、人権についてもライフステージや環境の変化に合わせて個々人がそれぞれのペースで繰り返し学ぶ機会が設けられるべきだと考えたのである。

このような前提に立ち、論文では人権学習の社会的な意義について自分の考えを纏めた。「人権尊重」は常識的な社会規範であり、殆どの人は人権尊重は必要だと感じている。だが、それだけに却って、具体的な人権課題を個々人が自分ゴトとして捉えにくいという側面があり、そこに“ギャップ”を感じていた。

学位論文の過程で得た気づき
対話を通じた学びの重要性

そこで、専門職学位論文では、日本で従来行われてきた人権教育(義務教育課程における「道徳教育」を含む)について分析し、その結果、対話を通じた学び合いと個人のアイデンティティへの着目(特に内面的な多様性)が今後の人権学習でも重要視されるべきである、という考察に至った。

この考察には自らの実践知も大きく関係している。相談対応や研修の企画・実施で様々な人権課題を業務で取り扱うが、その際には自分自身に当事者性が無い人権課題についても判断や考察を行う必要が生じる。

論文化にあたっては、実務で自らが発揮してきた能力やスキル、およびにそれらを醸成してきた過程について省察し、言語化することが探究の大きな部分を占めた。省察を重ねた結果、実務を通じ様々な人権課題の当事者との直接的・間接的な対話を繰り返し実践してきたことで、「多様な視点や立場に自分を仮置きし、複数の異なる立場から考察する認知的な座組を構築する」能力を発揮している、という分析に至った(論文ではこれを『仮構力』と称した)。そして、対話を通じた学びの重要性を再認識し、「人権は誰かに一方的に教えたり、教えられたりするものではない」という視座も明確にできた。そのことが研究当初から自分自身の問題意識であった“ギャップ”の解消に繋がるという確信にも繋がった。

さらに、人権学習の社会的な意義が「個々人が社会に対する自らの当事者意識を高めることである」という視座も明確化することができた。重要なのは、単に他者への配慮や思いやりを尽くす、という従来の道徳的規範だけでなく、自分自身のアイデンティティや内面的な多様性にも向き合うことで、人権を含む様々な社会課題と自分たち自身との関係性に着目することなのである。

「人権」は普遍的な理念であるだけに、「どのような視座で捉え、語るか」が重要である。実務教育研究科での学びを経て「人権は誰かに一方的に教えたり、教えられたりするものではない」「個々人が社会に対する自らの当事者意識を高めることである」という2つの視座を自分なりに明確にできたことが最も大きな収穫であった。

大学院での学びと
実務への影響

特に「人権学習」についての社会的意義を言語化できたことはその後の実務にも大きく寄与している。企業もその事業や活動の社会的な影響について、今まで以上に当事者意識を持つことが、「企業市民」としての責任を果たしていく際に重要となってくる。

それにどのように向き合っていくかは最終的にはぞれぞれの事業のバリューチェーンに応じた経営判断であり、各企業体の人格的な側面(「社格」)を踏まえて議論していくことが必要だ。そしてかかる議論が理念的な一般論に留まることなく、組織や個人がそれぞれの社会的な役割や責任に応じて具体的に考え、相互に対話するような機会が増えるようにファシリテートしたり、その為の雰囲気が醸成するように働きかけていくことが、これから自分が果たすべき重要な役割になる、と考えている。

社会構想大学院大学は高度専門職業人の養成を目的とした「専門職大学院」です。本学は2017年の開学以来一貫してリカレント教育に取り組んでおります。実務教育研究科は、実務家教員や研修講師を目指す方や人材育成のプロフェッショナルを目指す方、新規教育事業の立ち上げを目指す方など、教育・人材育成に関わる高度専門職業人の育成を目指しております。現在、2023年4月入学者を募集しております。詳しくは本学ホームページをご覧ください。
実務教育研究科説明会:https://www.socialdesign.ac.jp/professional-education/information_session/

人的資本から考える、不確実な時代の人材育成戦略&キャリアデザイン