モチベーションに火をつける働き方改革-制度の次は、心の改革へ-
働き方改革は着実に進展してきたものの、その実現は道半ばである。本稿では改革を深化させるために、働く人々が自らのモチベーションに火をつけ、働き方を効果的に調整する方策を概説する。
働き方改革のその後と
今後の課題
池田 浩
九州大学大学院人間環境学研究院 准教授
1977年佐賀県生まれ。2006年九州大学大学院博士後期課程修了 博士(心理学)。日本学術振興会特別研究員、福岡大学を経て、現職。産業・組織心理学会副会長。専門は産業・組織心理学。組織における効果的なマネジメントとして、部下を下から支えるサーバント・リーダーシップやワークモチベーションを主たる研究テーマとしている。主な著書に、『モチベーションに火をつける働き方の心理学』(単著、日本法令)など。
2019年の働き方改革関連法の施行以降、企業では長時間労働の是正や柔軟な勤務制度が進み、テレワークやフレックスタイム、副業など多様な働き方が定着しつつあります。特に、2020年から世界的に大きな影響を与えた感染症対策を契機として、テレワークや関連するコミュニケーションツールの開発・普及は一気に加速したと言えるでしょう。
しかし、進展したかに見える働き方改革も、実際の職場では「働く場所などの自由度は増したものの、むしろ疲弊している」という声も少なくありません。
その背景の一つが長時間労働の是正です。仕事量が変わらないにもかかわらず、限られた人員で働く時間が厳しく管理されるようになり、結果として業務密度が高まっています。もう一つの要因がマルチタスク化の進行です。リモートワークやデジタルツールの普及によって、複数の業務やチャット対応を同時並行でこなす働き方が日常化しました。見かけ上は効率的に思えますが、心理学的には、業務やメール間で注意資源を絶えず切り替えることになり、結果的に認知的負荷が増してしまいます。
こうしたタスク間を頻繁に行き来することで生じる「注意残余(attention residue)」とは、前の作業への注意が次の作業にまで残り、集中力が十分に回復しない状態を指します。この状態が続くと、私たちが判断や意思決定に要する認知資源の枯渇を招き、ミスの増加やモチベーションの低下につながります。
こうした現状は、働き方改革に取り組むだけでは、働く人々の働き方や生産性が自動的に改善するわけではないことを物語っています。むしろ、このような環境のもとで働く人々自身が、自らの働き方を意識化し、自律的に働くための方略を身につけることが求められていると言えるでしょう。
求められる「自律的モチベーション」
働き方改革によって長時間労働の是正が進んだ一方で、労働者には限られた時間の中で成果を出すことが求められるようになりました。こうした環境で必要とされるのが、指示や命令ではなく、自らの意思と判断で働く「自律的モチベーション」です。
ここでいう自律的モチベーションとは、他者からの指示や命令によって「やらされる」のではなく、仕事の意義や意味を自ら見いだし、主体的に行動し続けることで生まれる持続的なエネルギーを指します。自らの価値観に基づいて働くことが、成果だけでなく、心理的充実感(Well-being)にもつながります。
自らモチベーションに
火をつける方略
自律的モチベーションを高める第一歩は、現在取り組んでいる仕事の意義を再定義することです。ここで重要なのは、単に仕事内容を見直すことではなく、その仕事が顧客や社会、さらには組織や同僚にどのような貢献やインパクトをもたらしているかを改めて捉え直すことです。
また、自律的モチベーションは、日常業務の中で自分の状態を意識し、意図的に調整することによって高めることができることが、実証的に明らかになっています。これを「モチベーションの自己調整方略」と呼びます(図)。たとえば、仕事の目標を意識する「目標焦点化方略」、進捗を俯瞰的に振り返る「モニタリング方略」、仕事の段取りを工夫する「タスク意識化方略」、集中と休息を切り替える「メリハリ方略」、努力を言語化して自分をねぎらう「自己報酬方略」などです。
これらの小さな行動は、モチベーションに火をつけ、その火を絶やさず燃やし続ける役割を果たします。テレワークなどオフィスとは異なる場所で働く人や、マルチタスクに従事する人ほど、「自分の火を絶やさないための小さな習慣」をいかに持てるかが、働き方の質を決める鍵となるでしょう。
他者のモチベーションに
火をつける
モチベーションは決して個人の中だけで完結するものではありません。人の感情や活力は職場の同僚にも伝染します。心理学ではこれを「モチベーションの伝染」と呼び、あるメンバーの前向きな姿勢や挑戦的な行動がチーム全体のやる気を高めることが知られています。
逆に、「腐ったリンゴ効果(bad apple effect)」と呼ばれるように、ネガティブな言動を発する人が職場全体のモチベーションを蝕み、結果として職場全体を機能不全に陥らせるむことも確認されています。
職場におけるモチベーションの伝染を支えるのが、管理者によるサーバント・リーダーシップです。このリーダーシップは、指示や命令によってメンバーを動かすトップダウンによるリーダーシップと対比され、メンバーに仕事を任せ、権限を委譲し、期待と信頼を寄せながら成長を支援することで、自律的モチベーションを喚起します。こうしたリーダーの姿勢は、メンバー個人のモチベーションを高めるだけでなく、それが同僚へと波及することも示唆されています。
こうした関係性が築かれた職場では、心理的安全性が高まり、挑戦や創造的行動が促進されます。逆に、過度な監視や評価に偏ったマネジメントは、メンバーによるリーダーへの信頼を損なうだけでなく、メンバーの認知資源を奪い、自律的なモチベーションを萎縮させてしまいます。たとえ職場の目標が同じであっても、リーダーのまなざしや働きかけ方次第で、メンバーの自律的モチベーションは大きく左右されることを、管理者は意識する必要があります。
おわりに
働き方改革の次なる課題は、「時間」や「場所」ではなく、働く人々の「心のマネジメント」にあると言えます。マルチタスクに追われ、認知資源を消耗する時代だからこそ、働く人々が自らのモチベーションという火を起こし、リーダーがその火を尊重して支える仕組みが求められています。
働き方改革によって働く自由度は高まりましたが、これからはその自由をどう活かすかが問われています。自らのモチベーションに火をつけ、他者の火もともに燃やす―それこそが、働き方改革をさらに深化させる道であると言えるでしょう。
