スキルを軸に人材を動かす「スキルベース組織」という新戦略

近年、「スキルベース組織」への関心が高まっている。年功序列や職位に基づく評価ではなく業務に必要なスキルを明確にし、そのスキルに応じて人材を配置する新しい組織運営の考え方だ。この分野に詳しいグローネクサス代表の小出翔氏にスキルベース組織の必要性や実践のコツを聞いた。

「スキルベース組織」が
欧米で注目される背景とは?

小出 翔

小出 翔

株式会社グローネクサス 代表取締役
デロイトトーマツコンサルティングにて、14年間のコンサルティング経験を経て、2024年10月にGrowNexusを設立。多様な業界の大手企業・官公庁・自治体に対し、人事・組織改革、新規事業創出、業務効率化の戦略策定から実行・伴走支援まで幅広く手掛ける。近年はDX推進に加え、デジタル人材戦略から採用・配置・育成・評価・処遇に至る一貫した支援を実施。経産省・IPAのデジタルスキル標準策定も支援しており、デジタル時代の人材・リスキリングに特に強みを持つ。

「スキルベース組織とは、仕事と人材をスキルという共通言語でマッチングし、柔軟な配置と最適な成果を目指すものです。ジョブ型雇用が主流の欧米で取組が進む中、日本でもスキルを起点とした人材マネジメントの必要性が高まっています」

そう語るのは、グローネクサス代表取締役の小出翔氏。小出氏は、デロイトトーマツコンサルティングでの14年間の経験を経て、現在は大手企業を中心にデジタル人材戦略や人事制度の設計を支援している。

欧米でスキルベース組織が脚光を浴びる背景には、技術革新によるスキルの急速な陳腐化がある。とりわけ象徴的なのが生成AIの進化だ。

「近年、重視されていたデータサイエンスのスキルも、今や多くの業務をAIが担いコモディティ化しています。企業が求めるスキルが短期間で変わり、職務内容が固定されたジョブ型では、急速な変化に対応しにくいと認識されるようになりました。例えば、Googleはプロジェクトベースで社員がスキルを発揮できる仕組みを採用し、多様なスキルを持つ社員が異なる部署でも活躍できる体制を整えています。企業が生き残るには、スキル重視の採用やスキルセットに基づく社内異動など、変化に柔軟かつ迅速に適応するマネジメントが不可欠となっています」

AI技術の進化はスキルベース組織の導入を加速させている。スキルの可視化が容易になり、ジョブ型雇用では対応しきれなかった変化に柔軟かつ迅速に対応できるようになった。

「従業員が数万人規模の企業も、AIによってスキルの自動整理やジョブディスクリプションの生成が可能となり、企業は人材と業務を、より高精度にマッチングできるようになっています」と小出氏。こうした仕組みは、ジョブ型を採用している企業のほうが馴染みやすいものの、制度の工夫次第でメンバーシップ型の企業でも実現可能だという。

スキルベース組織の導入は欧米企業で先行している。例えばユニリーバでは、業務をプロジェクトやタスク、さらにレポート作成や顧客対応などの具体的な成果物単位にまで分解し、社員のスキルに応じて柔軟にアサインする仕組みを構築。また、IBMは自社開発のAIツールを活用し、社員のスキルや適性に基づいて最適な営業チームを自動で提案しチームごとの成功率まで予測している。

スキルベース組織では、業務もスキルも分解して可視化する。例えば、「人事業務のマニュアルを作成する」という仕事があるとしよう。この業務に必要なスキルは「人事業務の理解」「業務フロー作成」「ドキュメンテーション」の3つ。それに対して、人材も同様にスキルごとに可視化する。人事部Aさんは給与計算に詳しく、企画部Bさんは業務フロー作成が得意。若手Cさんはドキュメンテーションに強い。こうしたスキル単位でのマッチングにより、部署をまたいだ柔軟なチーム編成が可能になる。また、DX推進においても、スキルベースの人材配置は不可欠だ。

「IT分野では、スキルが言語化・分解しやすい傾向にあります。例えば、営業管理ツールの開発では、技術スキルに加えて、営業現場の実情を理解する人材の関与が欠かせません。こうした複合的なスキル要件にも対応できるのが、スキルベース組織の強みです」

スキルベース組織のエンジン
「スキルタクソノミー」の導入

スキルベース組織を円滑に運営するには、「スキルタクソノミー」の導入が欠かせない。しかし、スキルの定義が曖昧だったり、更新が形骸化すれば、機能不全に陥る。

「スキルタクソノミーは、業務や職種に必要なスキルを体系化した“地図”のようなもので、仕事と人材をマッチングする基盤として機能します。海外で言えば、シーメンスやユニリーバでは、数百のスキル項目を設定し独力で遂行可能、支援が必要といったレベルで分類・管理し、人材を整理しています」

導入の際には、職種や機能によって効果の出やすさが異なる点に注意が必要だ。例えば営業職では、成果が評価指標になりやすいものの、ロジカルシンキングやプレゼン力など同一人物が同時に発揮する複数のスキルが絡むため、スキル単位での評価が難しく、スキルタクソノミーが効果的に機能しづらい部分がある。

一方、ITや経営企画、人事企画、エンジニアリングなどは、スキルの欠如がパフォーマンスに直結するため、可視化によるマッチングが効果を発揮しやすい。ただし、事業領域が多岐にわたるコングロマリット型の企業では、その導入に高い難易度が伴うため、スモールスタートで段階的に進めるのが現実的だ。一部の部署で小さな成功を積み重ね、徐々に全社展開していくことが望ましい。

可視化に必要な社員のスキルの吸い上げには、スキルに見合った評価と処遇の仕組みも不可欠だ。そうした仕組みがなければ、スキルのある人ほど負担が集中し、あえて開示しないという逆効果も起きかねない。

「技術職は『腕で食べている』という意識が強く、スキルがどう評価されるか明示されることでモチベーションが上がりやすい傾向にあります。Z世代も成長機会を重視しており、年功序列型の人事制度には不満を感じやすいといえます」

人材の育成と流動化で
スキルギャップを解決

スキルベース組織の実現に向けてスキルを定義・可視化しても、社内に必要なスキルを持つ人材がいなければ「スキルギャップ」が発生する。その解消には内製化と外部委託の二択があるが、いずれを選ぶかは戦略的な判断が求められる。

「長期的に重要なプロジェクトであればスキルの内製化が望ましいものの、DXなどの高度な分野ではeラーニングだけでは不十分であり、3年程度の実務経験が不可欠です。すべての内製化は現実的ではないため外部との連携も有効な選択肢です」

この課題への解決策として、同社はスキルや人材を企業間でマッチングし、リスキリング・アップスキリングを推進する新サービス「グローコネクト」を今年10月ローンチ予定だ。

「人材育成の世界では『7・2・1の法則』が知られています。実践7割、フィードバック2割、自己学習1割の考え方に基づき、リスキリングの過程では、コーチがプロジェクトに応じて、不足するスキルや成果の出し方を具体的に指導します」

将来的に同社が目指しているのは「リスキリング」の枠を超えた、人材の柔軟な流動化の実現だ。

「企業のリスキリング支援に加えて、スキルが十分に活かせない社員には、出向や転籍といった形で最適な活躍の場の提供も必要です。また、雇用関係を変えずに企業間で人材をシェアする仕組みも、これから広がっていくはずです」

小出氏は「スキルを軸にした人材マネジメントは、今後はより強く求められることになるでしょう。まずは自社に必要なスキルを特定し育成と獲得を段階的に進めることが、持続的な成長の鍵になります」と締め括った。