特集1 世界の潮流から読み解く リスキリングの展望

生成AIが注目を集めてから2年以上が経過した。社会変化のスピードが増す中、企業は柔軟かつ迅速な対応が求められている。本特集は「世界の潮流から読み解く リスキリングの展望」をテーマに、活用すべき最新テクノロジーや必要な人材戦略などを探った。(編集部)

「AIエージェント元年」が到来
急速に進化するHRテック領域

生成AIが登場してから、企業が業務効率化や新たな価値創出に向けた活用方法を模索する一方、新たに「AIエージェント」への注目が急速に高まっている。

AIエージェントとはユーザーのシンプルな指示から、業務を自動的に細分化し、必要な情報を補完しながらタスクを遂行するAIシステムのこと。株式会社ギブリー取締役CAIOの山川雄志氏は「特にマイクロソフトCEOのサティア・ナデラ氏がAIエージェントの潮流をつくり出そうとしていることはマーケットに影響を与えていると思います」と話す(➡こちらの記事)。

2025年4月、Googleは新たなオープンプロトコル「Agent2Agent(A2A)」を発表した。A2AプロトコルによりAIエージェント同士がコミュニケーションを取り、安全に情報を交換し、様々な企業プラットフォーム上やアプリケーション上でアクションを調整できるようになるという。主要テック企業からAIエージェント関連のビジョンやサービスの発表が相次いでいることから2025年は「AIエージェント元年」と呼ばれている。

ギブリーは2025年3月「AIエージェント実践」オープン研修を開催。AIエージェントを活用した業務自動化について学び、現場の業務フローに適用するための手法を習得することが研修の目的だ。また、必要に応じ個別企業の研修も実施。オープン研修ではできなかったこと、例えばハンズオンでAIエージェントをチューニングしたりできる。

株式会社シンギュレイト代表取締役の鹿内学氏は、注目しているHRテックとして「PymetricsやBeameryが挙げられます」と話す(➡こちらの記事)。鹿内氏によると、これらは採用の場面で候補者のスキルや性格を測定・評価するサービスだという。また、「海外ではデータを活用し、働く人の行動変容につなげるサービスが続々と開発されています。日本企業もデータに基づく人材マネジメントを推進しなければなりません」と指摘する。

新たな人材マネジメント戦略
スキルベース組織が必要な理由

2025年1月、世界経済フォーラム(WEF)は「Future of Jobs Report 2025」(仕事の未来レポート2025)を発表した。今回のレポートでは22の産業クラスターと55の経済圏にわたる1,000社以上の雇用主の視点を捉え、2025年から2030年にかけての新たな雇用情勢に関する洞察を提供している。レポートによると新規雇用の創出は1億7000万件に達する一方で、9200万件の既存雇用の失業を予測した。また、全体として雇用主は2030年までに従業員のコアスキルの約39%が変化すると予想。ビジネス変革の最大の障壁は、労働市場における「スキルギャップ」であり、調査対象となった雇用主の63%がこれを挙げているという。

このためレポートは「スキルに関する大きな変革を予期した雇用主は、従業員のスキルを変化する需要に適合させるため、リスキリングとアップスキルへの投資を増やしている」と指摘。ただ、企業がスキルギャップを把握するには、経営戦略上必要なスキルの定義や社員が保有するスキルの可視化が必要となる。日本政府も経済産業省と独立行政法人情報処理推進機構(IPA)が策定・公表した「デジタルスキル標準(DSS)」(2022年12月)などスキルの定義・可視化を進めてきた。

「デジタルスキル標準(DSS)」はDXに関して全てのビジネスパーソンが身に付けるべき知識・スキルを定義した「DXリテラシー標準」と、DXを推進する人材類型の役割(ロール)や習得すべきスキルを定義した「DX推進スキル標準」で構成。また、経産省が主導するGXリーグ内にある「GX人材市場創造WG」は、24年5月、GX推進に必要なスキルセットを明確化する「GXスキル標準」を策定した。「GXスキル標準」はGXに関するリテラシーとして身につけるべき知識と学習が期待される項目(学習項目例)を定義した「GXリテラシー標準」と「GX推進スキル標準」がある(図表)。後者はGX推進に必要な人材類型(プロフェッショナル)とロールを定義。24年は「GXアナリスト」と「GXストラテジスト」で必要なスキルを大括りに定義している。

図表 GXスキル標準(GXSS)

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スキルに注目が集まる中、企業の人材マネジメントにおいて「スキルベース組織」の関心が高まっている。

株式会社グローネクサス代表取締役の小出翔氏は「スキルベース組織とは、仕事と人材をスキルという共通言語でマッチングし、柔軟な配置と最適な成果を目指すものです。ジョブ型雇用が主流の欧米で取組が進む中、日本でもスキルを起点とした人材マネジメントの必要性が高まっています」と話す(➡こちらの記事)。小出氏にはスキルベース組織の必要性や実践のコツ、スキルベース組織を円滑に運営するために欠かせない「スキルタクソノミー」など話を聞いた。

スキルベース組織はジョブ型雇用の企業の方が導入はしやすい。人事に関する国際比較研究などに取り組む青山学院大学大学院教授の須田敏子氏にはジョブ型人材の普及により賃金制度やリスキリングの在り方、人事部の役割はどのように変わるのかなどについて話を聞いた(➡こちらの記事)。

スキルギャップを把握できれば、必要なスキルに紐づいた学習コンテンツを活用して人材育成を進めていける。例えば、IPAが運営するデジタルに関する知識・スキルを身につけることができるポータルサイト「マナビDX」は、民間が提供する講座をスキル標準(スキル・レベル)に紐付け一元的に提示している。

東京科学大学のシンポジウムから
AIと社会の共創・共生を考える

生成AIが登場した当時、「AIに仕事が奪われるのか」といった話題もよく挙げられていた。AIが急速に進化する中、社会との共創・共生をどの様に考えていくべきだろうか。2024年10月、東京工業大学と東京医科歯科大学が統合し、東京科学大学が誕生した。同大学データサイエンス・AI全学教育機構は3月14日、「生成AI時代における教育が導く未来」をテーマにシンポジウムを開催した(➡こちらの記事)。

シンポジウムでは人工知能学会会長で慶應義塾大学教授の栗原聡氏が登壇し「AIとの共生がもたらす『学び』の変容」をテーマにした講演をはじめ3名の専門家が登壇した。本特集は、「世界の潮流から読み解く リスキリングの展望」をテーマに、AIエージェントやスキルベース組織など多様な角度から検証した。複雑多様化した現代社会で、企業が持続的な成長に向けたアクションをする上で、一助となれば幸いだ。

生成AIの登場から2年以上が経過した現在、新たなテクノロジーや概念の登場によって、企業は、さらに迅速かつ柔軟な対応が求められている。

Photo by metamorworks / Adobe Stock

<参考資料>
・ 経済産業省「第5回 Society 5.0時代のデジタル人材育成に関する検討会」(個人や組織におけるスキルベースの人材育成について〔事務局資料〕)2025年2月12日
・ 「Future of Jobs Report 2025」(仕事の未来レポート2025
・  Google cloud公式ブログ「Agent2Agent プロトコル(A2A)を発表:エージェントの相互運用性の新時代」(2025年4月10日)