単なる「関係人口」ではなく ふるさとを継承する「継承人口」を
一級建築士として長年企業で建築設計に携わってきた信藤勇一氏。現在は地域に眠る歴史的建造物や文化財などの発見・保存・活用に携わるヘリテージマネージャーとして活躍。「地域プロジェクトマネージャー養成課程」を受講したきっかけや学びを活かした今後の活動など聞いた。
政府が推進する二地域居住
地域の事業に必要な学びを求めて

信藤 勇一
一般社団法人 文化資産デザイン研究推進機構 代表理事/
公益社団法人 大阪府建築士会 理事 へリテージ委員会 委員長
1962年、三重県生まれ。一級建築士。愛知県立芸術大学で修士号(芸術学)取得後、株式会社日建設計で建築設計等に携わる。在職中に大阪市立大学(現:大阪公立大学)で修士号(都市経営)を取得。その後、京都市立芸術大学で博士号(美術)取得。同社定年の翌年、個人事業としてコンサルティング業を展開。ヘリテージマネージャーとして地域に眠る歴史文化遺産を発見・保存・活用し、 まちづくりに活かす多様な事業に携わる。吹田市景観まちづくり審議会委員、まちづくり企業の取締役、京都市立芸術大学美術学部テーマ演習招聘講師など多方面で活動。社会構想大学院大学「地域プロジェクトマネージャー養成課程」第6期修了生。
「地域プロジェクトマネージャー養成課程」(以下「本課程」)では、地域活性へ向けた産官学連携プロジェクトを計画・運営する際に、様々な利害関係者の「架け橋」となり、プロジェクト全体をマネジメントする「ブリッジ人材」を育成する。
本課程は、地方自治体の現役職員や経験者、地域活性化や産官学連携を実践する専門家が、通常学習する機会の少ない「行政視点」を多く取り入れながら、地方自治体の考え方、地域活性化や産官学連携の手法・事例などについて、リアルかつ現在進行形の知識・スキルを提供。また、地方自治体に政策提言を行う機会も設けている。
信藤氏は大学院卒業後、建築士として大手建築設計事務所に入社し、定年まで在籍。在職中、55歳の時に大阪市立大学(現:大阪公立大学)で都市経営を学び修士号を取得した。さらに、60歳の時に京都市立芸術大学で博士号を取得している。
「建築設計の周辺には様々な領域があります。自分の視野を広げて、生業の選択肢を増やし、個人で新たな事業をやってみようと、大学で学び直しをしました」
そうした中、信藤氏は地域に眠る歴史的建造物や文化財などの発見・保存・活用を通じて、まちづくりや地域の問題解決に活かす「ヘリテージマネージャー」※1としても活躍。地域・文化の継承を通じて多様な事業に関わっている。地域との関わりを深める中、本課程を受講した。
「地域貢献・ビジネスに必要なことを具体的に学べる場所を探していました。地域への人の流れを創出し地域活性化を図る目的で『二地域居住促進法』※2の改正が施行されたのが2024年11月。私が代表理事を務める一般社団法人文化資産デザイン研究推進機構が全国二地域居住促進官民連携プラットフォームに登録したこともあり、ちょうど良いタイミングで受講することができました」
実践型の授業内容が魅力
奈良県明日香村への政策提言
本課程は大学の修士課程・博士課程での論文指導やゼミと違い、「実務を中心とした実践型の授業内容が重要な学びとなった」という。
「地方自治体の仕組み、地方創生や課題解決の手法、思想にも言及した授業内容に、多くの気づきと知識を得られました。自分の考える地域貢献や地域ビジネス、歴史文化遺産の保存・活用に当てはめて受講することに専念しました」
特に貴重な学びの機会となったのは、地方自治体への政策提言だ。
「奈良県明日香村への提案では、森川裕一村長と直接お会いできました。その後も、明日香村に有志で出向き、再提案させていただく機会もいただきました」
歴史・文化が深く、明日香法※3による特別な規制がある地域の政策提言は容易ではない。ただ、自身が考える「ふるさと事業」、「二地域居住」を掛け合わせたアイデアを試す機会だと高いハードルに敢えて挑戦した。政策提言では、明日香文化の継承プロジェクトとして「さと継ぐ事業」を提案。村から出た人、村のファンを対象に明日香村へ寄付・投資できる仕組みを構築する。地域外に住む契約者から、村の家屋、空き家、文化財、耕作放棄地、お墓、祭りなどの整備や活用、世話を依頼できる「地域マイスター」制度が特長だ。
「ふるさと納税や二地域居住を掛け合わせた仕組みで村へお金と人を集めます。地域プロジェクトマネージャーが『チーム明日香』として村と外をつなぐ役割を果たし、自治体・企業・教育機関・団体などに所属する方やヘリテージマネージャーなどが『地域マイスター』として連携し、単なる『関係人口』ではなく、ふるさとを継承する『継承人口』を増やしていく提案でした」
ヘリテージマネージャーとしては京都市立芸術大学の授業も取り入れた京町家「田中家」の保存活動や、大阪市阿倍野区「横山家」の登録有形文化財にする活動などに携わってきた。今後は本課程での学びと実践を活かし、自身の掲げる「継承人口」と二地域居住促進を掛け合わせ、事業として地域活性に挑んでいく。明日香村へは、プロジェクトをブラッシュアップし提案を継続計画中だという。

京町家「田中家」では京都市立芸術大学と連携してワークショップや音楽会なども開催。
また、取締役を務めるまちづくり会社の縁で、大分県由布市と連携。国土交通省の「二地域居住先導的プロジェクト実装事業」に採択され、市長村データを活用した空き家調査を進めている。今後、地域の課題解決には地域コミュニティづくりが大事なポイントとなる。
「本課程は、そのための学びと実践ができる講座だと考えています。同期以外も含め、多種多様な修了生とつながれることも魅力のひとつ。色んな同窓生とつながることで、新たな何かが見えてくる。それが大事かと思います」
※1 主に各都道府県の建築士会が養成講座などを通して養成。都道府県ごとで登録しており全国に約5.500名いる。
※2 「広域的地域活性化のための基盤整備に関する法律」。国土交通省は地域づくりの担い手となる人材確保に向けて二地域居住を推進。二地域居住者に「住まい」「なりわい」「コミュニティ」を提供する活動に取り組む法人の指定制度を創設している。
※3 「明日香村における歴史的風土の保存及び生活環境の整備に関する特別措置法」。村全域にわたる行為規制を行なうとともに、歴史的風土の保存と住民生活の安定及び産業振興との調和を図るための特別の措置を講じている。