特集1 モチベーションの科学 モチベーションを高める理論や手法を学ぶ

労働力人口の減少、雇用の流動化、働き方が多様化するなか、一人ひとりの社員のモチベーションを高めることに頭を悩ませる企業も少なくない。本特集では「モチベーションの科学」をテーマに、参考となる理論や手法、ツールなどについて探った。(編集部)

社員の主体的な学びに向け
自己調整学習の機会を提供

価値観や働き方が多様化するなか、一人ひとりの社員のモチベーションを高めることに頭を悩ませる企業は少なくない。一方、生成AIの登場をはじめとする技術革新などを背景に、知識やスキルの陳腐化のスピードが早まる中、一人ひとりのビジネスパーソンも、学び続けることが求められている。ただ、長年、日本のビジネスパーソンは主体的に学ばないことが指摘されてきた。

人が学ぶということにおいて、主体的かつ意欲的であるとはどういうことかについて、教育心理学の立場から研究してきた九州大学大学院准教授の伊藤崇達氏は、重要なキーワードの一つが「自己調整学習」だと話す(➡こちらの記事)。伊藤氏によると、教育心理学では「自らの学習を調整しよう」とする学習を「自己調整学習」と呼び、理論的には「動機づけ」「メタ認知」「学習方略」の3つの要素について、学習者が能動的に関与していく。この3つの要素を備えていると、「自己調整学習ができている」状態であると言えるという。

そして動機づけにおいて大切なのは自己効力感だと伊藤氏は指摘する。「自分にはできる」という確かな手応え、単なる自信ではなく強い確信のようなものが自己効力感であり、それが形成されていると、人は自ら進んで学習するという。

また、企業の人事や人材育成担当にとっては、社員の学習行動を促進するために、どのような方策や環境づくりが重要となるのか。

この点について、伊藤氏は自己調整学習の機会を提供し、個々人の主体的な学習行動を引き出していくことが大切だと指摘。コーチング等により内発的動機づけに働きかけていくことが必要だと話す。また、学習者同士が対話を通して学ぶ「ピア・ラーニング」も有効だという。

対等な立場にあるメンバー同士のピア・ラーニングでは、お互い自由に意見やアイデアを出しやすくなるとともに、学ぶ人が時に教える人になるという互恵的な関係性が築かれる。

ピア・ラーニングは動機づけを促進し、メタ認知、学習方略に広がりを持たせる方法になり得ると伊藤氏は話す。

モチベーションを高める感情報酬
と組織の魅力因子「4P」

組織改善サービス「モチベーションクラウド」を提供するリンクアンドモチベーションは、国内最大級のデータベースを基に組織状態を診断し、その診断によって明らかになった課題を解決すべく、変革の支援を行っている。同社代表取締役社長の坂下英樹氏は、社員のモチベーションを高めるポイントは、主に2つあると指摘する(➡こちらの記事)。

1つ目は、個々人のモチベーションを高めるという意味で、「金銭報酬」だけではなく「感情報酬」が重要になる。坂下氏によると、感情報酬は4つの欲求で成り立つ。1つ目は、褒められたい、成果を認められたいという「承認欲求」。2つ目は、仕事を通して成長したいという「成長欲求」。3つ目が、感謝されたい、他者の力になりたいという「貢献欲求」。4つ目が、良好なチームワークや仲間意識を持ちたいという「親和欲求」だ。こうした欲求を満たすことで、人材の定着を促し、仕事のやりがいを向上させることができるという。

2つ目のポイントは、組織の魅力因子である「4P」だ。これは人が組織に所属する要因を示したもので、組織の魅力因子「4P」とは、当該組織のPhilosophy(理念・目的)、Profession(仕事・事業)、People(人材・風土)、Privilege(特権・待遇)の4つ。坂下氏は、社会心理学に基づいて定められたこの4つの因子の充足度合いによって、人はその組織に魅力を感じ、働くモチベーションが高まると話す。

一方、働くモチベーションが低下していけば人は「やる気がでない」「気力がない」といった「無気力」の状態となる。何かとストレスの多い現代社会。こうした「無気力」に、なぜ人は陥るのだろうか。教育心理学、心理学が専門の千葉大学教授の大芦治氏に無気力のメカニズムについて話を伺った(➡こちらの記事)。

「無気力」と呼ぶ現象に、心理学の領域からはじめて科学的な説明を試みたのが、米国の心理学者マーチン・セリグマンらが1967年に行った動物実験だった。この実験で、セリグマンらは、実験対象であるイヌが、「自分の力ではどうすることもできないこと」(コントロール不可能性)を学んで意欲を失ってしまい無気力に陥った。つまり無気力を学習してしまった状態になることを発見し「学習性無力感」と名付けた。

無気力に関連してマインドセットにも注目したい。マインドセットとは、自分の能力に対する信念のようなもので、二つの種類がある。一つは、人の能力は努力次第でいくらでも伸びるという信念、いわゆる「柔らかいマインドセット」。もう一つは、能力は生まれつきのもので変わらないという「固いマインドセット」だ。大芦氏は「人の能力とは可変的なものだと日常的に考える習慣を意識的につけることで、無気力に陥りにくい心をつくることは可能かもしれません」と話す。

労働力人口の減少、雇用の流動化、価値観や働き方の多様化が進む中、一人ひとりの社員のモチベーションを高めることが企業の課題になっている(画像はイメージ)

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上司部下のコミュニケーション
1on1を支援するクラウドサービス

社員のモチベーションを高める上で、部下と日々対峙する管理職は、部下との関わり方に悩みを深める者も多いだろう。そうした中、上司部下のコミュニケーション不全問題を解決する新たなサービスとして、1on1 支援クラウド「Kakeai(カケアイ)」が注目を集めている(➡こちらの記事)。開発・提供するのは、2018年の創業以来、属人的なコミュニケーションの解決に取り組んできたスタートアップのKAKEAIだ。

同社代表取締役社長兼CEOの本田英貴氏は、「ユーザー企業の8割は現場、つまり人事や経営以外の部署からの導入です。部署単位や手挙げ式で小さく始めてみて、その成果が人事部の知るところとなり、全社に拡大していくというパターンが多いですね」と話す。

最後に「人としての器」について研究している人としての器代表取締役の羽生琢哉氏に話を伺った(➡こちらの記事)。羽生氏によると、「人としての器」とは、人間性、人格、発達度合などの観点で、特定の人の在り方や振る舞いを特徴づける様々な要素を統合した、非常に抽象度の高い概念だ。羽生氏は、人としての器の成長プロセスを「(1)変化の影響を蓄積(Accumulation)」「(2)器の限界の認識(Recognition)」「(3)器の拡大を構想(Conception)」「(4)意識・行動を変容(Transformation)」という4フェーズによってモデル化し、英語の頭文字をとってARCT(アルクト)モデルと呼んでいる。

社会人を対象としたインタビュー調査の結果、限界を認識して「器」の拡大を構想する(2)から(3)のフェーズが特に重要であることがわかったという。自分の限界を深く認識できるほど、より大きくてしなやかな「器」を構想できるようになると考えられると羽生氏は話す。

本特集は「モチベーションの科学」をテーマに、様々な角度から、ビジネスパーソンのモチベーションをいかに高めるかについて、実践のためのヒントを探った。本特集で示された理論などが企業や個人など、それぞれの実践に役立てれば幸いだ。