特集1 AIと構想のバイリンガル 「感性」を養い、問いを立てる人を育てる。

「AI人材が欲しい」という声は、いまや業種を問わない。だが、その中身を問うと、輪郭は意外なほど曖昧だ。何を備えた人を、どう育てればよいのか。答えを探すには、AIがそもそも何を目指して歩んできたのかに、一度立ち返る必要がある。

2026年6月2日、台湾・台北で開催された「COMPUTEX(台北国際コンピュータ見本市)」の基調講演で、NVIDIAのジェンスン・フアンCEOが、Marvellのマット・マーフィーCEOと登壇した様子。

写真:ロイター/アフロ

「感性」を養い、
問いを立てる人を育てる。

アラン・チューリング
写真の手元には、第二次大戦下で解読に挑んだドイツの暗号機エニグマが表現されている。1950年、彼は「機械は考えることができるか」と問い、人と区別のつかない受け答えができるかどうかを知能の目安に据えた。人間に似せること{長:200}―{長}以後半世紀あまりのAIに一つの方向を与えた原点である。
写真:Steve Vidler/Alamy/アフロ

出発点は、1950年にアラン・チューリングが投げかけた「機械は考えることができるか」という問いだった。人と区別のつかない受け答えができるかを知能の目安とし、AIに「人間に近づく」という方向を与えた。以来、AIは人間の知能を模し、追い越すことを目標に発展してきた。

しかし近年、その方向性が問い直されている。経済学者のエリック・ブリニョルフソンは、人間の模倣と代替ばかりを追う姿勢を「チューリングの罠」と呼ぶ。AIが人の代わりになるほど、人は雇用を失い、立場も弱くなる。重要なのは、人間を置き換えることではなく、AIによって人間の能力を拡張することだ(注1)。育てるべきなのも、AIに使われる人ではなく、AIを使って自分や周囲の力を広げられる人である。

(※全文:2445文字 画像:あり)

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