旭化成 現場の「課題発見力」を最重視 3つの層でAI人材を育成
旭化成はグループ全体でAI活用を推進している。初期の社内ガイドライン制定から3年目となる現在、AI人材の育成はどのように進んでいるのか。旭化成グループ全体の生成AI活用方針の策定・推進をリードしている大熊智子氏に現状と育成のポイント、さらに今後の展開について話を聞いた。
2023年から進める
AI活用促進施策
大熊 智子
旭化成株式会社 デジタル共創本部
/AI CoE リードエキスパート
1996年に慶應義塾大学政策・メディア研究科を修了後、富士ゼロックス(現富士フイルムビジネスイノベーション)に入社し、Palo Alto Research Centerの多言語処理プロジェクトにおいて日本語処理を担当。その後、オフィスの業務文書などを対象とした自然言語処理技術の研究開発に従事。2020年からは富士フイルムで病院内文書を対象とした医療言語処理技術の研究開発を担当。22年10月旭化成に入社。現在は旭化成グループ全体における生成AI活用戦略の策定・推進をリードしている。20~23年言語処理学会理事、21~22年人工知能学会理事。博士(学術)。
旭化成はグループ従業員全体に向けた生成AI活用ガイドラインを2023年に制定すると同時に、社内における活用促進施策案を具体的に提示した。施策案の特徴は、AIの「個人利用」と「組織利用」を明確に分けているところにある。それを視覚化したグラフでは、縦軸に利用対象者数、横軸に技術的難易度を設定し、左下に位置するプログラミング支援や議事録作成などは個人利用により各自が使いこなしていくことを推進する一方で、右上の新規用途探索支援や品質活動支援など高いレベルが要求される業務は組織利用と整理している。
「当時と比べてLLMの進化やAIエージェントのアプローチも進んでいるため、個人でできることの幅が拡がっています。この図を作成したときから時間が経過しているので現在はさらに活用が広がっていますが、基本的な考え方は変わりません」と話すのは、旭化成グループ全体の生成AI活用方針の策定・推進をリードしている大熊智子氏だ。
また、当初は「生産性向上」や「リスク低減」を中心に生成AIの活用を進めてきたが、現在は新しい製品や事業、顧客の開拓など「競争力強化」に注力していく方針だ。その背景にあるのは、「単に人間にできることをAIで効率化するだけでなく、人間にできないことをAIで進め、その結果人間も成長する」という旭化成としての姿勢があるからだ。
3つの層でAI人材を育成
重要なのは「現場
同社は競争力強化を実現していくために、新規事業テーマや協業先のリサーチなどに生成AIを積極的に活用するとともに、AIを使う人材の育成にも注力している。育成は3つの層に分けて実施しているという。
1つ目は、全従業員を対象としたAIに関するリテラシー教育を行うボトムアップだ。生成AIを業務利用する際の注意点など、基礎的な知識やポイントを網羅的に学ぶ。2つ目は、現場レベルでの活用促進だ。ユースケースをもとにしたワークショップや研修を実施するほか、AIの様々な活用法を社内横断で設計してプラットフォームを構築していく予定だという。
「この2つはとても重要です。なぜなら業務を最終的な価値につなげるのは現場だからです。旭化成はこれまでもDXで先進的な取り組みをしてきており、全社のDX推進をする際は専門部隊が引っ張るだけでなく、現場にそれぞれエース的存在がいて、その人たちがリードしてきました。AIにおいても当社では主役は現場ということは変わりません」
そして3つ目は、現場を含めた全体の支援や環境を構築するAIのエキスパートを集めたチーム設計だ。最新の論文をもとにした自主的な勉強会などを行うとともに、ネットワークを拡大して横のつながりを拡げていく。超少数層であるプロ人材の確保はどの企業も狙うことであり、「そこは課題」とする一方で、大熊氏の思考は柔軟だ。
「当社が大切にしているのは、専門家だけでなく3つの層でAIに取り組むことです。少数の専門家だけでAIを活用するという考え方ではありません。そのため、例えば文系や他分野の学生でもAIの学習をしていて使いこなすことができれば、現場のリーダーや伴走役として働くことは十分にできます。専門家ではなくても活躍するチャンスはあるので、採用の幅が広いという考え方もできます」
ゴール設計の重要性と
「旭化成らしさ」の判断
全体のボトムアップや現場でのAI活用支援を積極的に進めるなかで、大熊氏は一定の手応えを感じているという。それは同社の仕事を最終的に推進するのは、AIではなく人だからだ。
「AIは常に確からしいアウトプットを返してきますが、理論は正しくても簡単に実行に移せるわけではありません。ただ、それをもとに現場が主導すると、その後の実行にスムーズにつながるところを私は多々見てきました。営業や開発など現場のリアルな課題やニーズ、顧客との関係性を知っている人が動くと、非常に説得力のあるアウトプットになるからです。だからこそ当社が欲しいのは、AIの活用法を知っているだけでなく、今現場で何が問題になっているかをしっかり把握している人です。AIをはじめとしてテクノロジーが急速に発展する現在において『現場の課題発見能力』が以前よりも強く求められており、今後はさらに人と人の連携を重視することがカギになると考えています」
AI人材の育成に対して注力する同社は、従業員からも教育に対する期待の声が集まっているという。
「私は30年以上この世界にいて、何度かのAIブームを経験してきました。今はメディアが毎日のように生成AIに関するニュースを出していて、それを見た従業員は大きな期待を持っていると感じています。そのため私のところにも多くの相談や、教育に関する問い合わせが日常的に届いています」
最後に大熊氏は、AI活用や人材育成においては「ゴールをどこに設定するかが大事」と話す。AIと人間の仕事の分担や方法に今は正解がないなかで、専門家層が明確に設計をしていくことが重要であり、そこでは「旭化成らしさ」がポイントになるという。
「ゴールの設計を明確にしなければ適切なAIの活用も人材育成もできません。設計するためにはその企業らしさ、当社で言えば旭化成らしさが何よりも重要だと考えています。当社は現在、競争力強化を中心に掲げていますが、このような新たな挑戦が難しいのは正解がないからです。最適解がわからないなかでは特に『旭化成にとっていいか』『旭化成らしさがあるか』という独自の判断基準は不可欠です。そして、それをどうAIに入れていくかというのも我々の研究課題であり、旭化成らしさをAIに組み込んで競争力を強化することが今後の課題になると考えています」
