若手社員を自律型人材に育成するNTTデータの「共創型OJT」

急速にデジタル化が進む中、新たな価値提供を担う能力を持つ若手社員をいかに育てていくかは、企業において喫緊の課題だ。株式会社NTTデータ(以下、NTTデータ)は2020年から共創型OJTによる自律型人材の育成を展開。取り組みと効果を同社法人事業推進部の矢野忠則氏に聞いた。

DX領域をリードする人材は
従来のOJTでは育成できない

矢野 忠則

矢野 忠則

株式会社NTTデータ 法人事業推進部 企画部 HR担当 シニア・スペシャリスト
新卒でNTTデータに入社後、金融系SEや新規事業開発の経験を経て、2006年から人事・人材育成業務に従事。2015年より部門人事において、人事全般業務を担当している。

NTTデータには公共・社会基盤分野、金融分野、法人分野、テクノロジーコンサルティング&ソリューション分野の4セクションがあり、矢野氏は約3,000人の社員が属する法人分野の人事として新入社員140名をはじめ若手の育成を担当している。

法人分野では、「Trusted Digital Partner」(信頼されるデジタルパートナーになる)をビジョンに掲げ、「お客様の変革領域に注力し、事業成長に貢献する」「業務と先進テクノロジーの専門性を掛け合わせることで、高い付加価値を提供する」「業務・先進テクノロジーのプロフェッショナルを目指し、お客様をリードするマインド、文化を醸成する」の3つを人材育成の戦略としている。

背景には「電電公社の頃から続くシステムインテグレーション事業は家業であり、お客様のニーズは今も多くあります。一方で、DXの市場規模が大きくなってきたことで、新たな顧客価値の提供が求められていることがあります」と法人事業推進部の矢野忠則氏は話す。

「システムインテグレーション事業ではお客様が主体で、『こういうシステムが必要だからこれをデータ化して欲しい』といった発注を受けていましたが、お客様との共創を通じてビジネスモデルの変革をリードしていく人材の育成、組織文化の醸成が不可欠になってきました」

矢野氏は「従来のヒエラルキー型の管理・統率型組織では、こうした人材育成はうまくいきません」と話し、こう続ける。

「トップや上司が正解を持っている世界では、その下のメンバーはそれに従って着実に動いていくのが良い方法ですが、DX領域では、社員皆の知恵や経験を結集して正解に近いものを紡いでいく行為が必要になってくるため、社員一人ひとりの自律化が求められます」

NTTデータの法人分野ではこれまで続けてきた、新入社員はトレーナーである先輩社員と2年間行動をともにして仕事を習得する徒弟制度型OJTの課題も見えていた。まず、仕事は先輩から与えられるものという意識になってしまうし、自らキャリアのゴールを設定して自律的に学ぶというキャリア自律の意識が醸成できない。

また、オンラインの働き方が浸透したため、先輩が顧客と商談に同行して受け答えを見て学んだり、帰りの電車中で指導を受けたりする学び方は少なくなっている。仕事を覚えられるようにと上司は仕事を分割して新入社員にまかせていくが、新人にあたるZ世代は社会や顧客への貢献にやりがいを感じるため、目の前の仕事がどう役立っているのか理解しづらいとモチベーションを下げかねない点でも現状と合っていない。

そこで、組織の在り方をピラミッド型から自律・共創型のネットワーク型に変えようと、2020年にはじめたのが新人への「共創型OJT」だ。

これは、新入社員でチームを組み、そのチームに一塊の仕事やミッションを与え、何をどうするかを新入社員のチーム内で考え、自由に進めるというものだ(図表)。

図表 共創型OJTと徒弟制度型OJTの違い

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「必要な知識は自学自習で学んでもらいます。課題解決に取り組む場面でも先輩が指示することはありません。新人社員ばかりで心理的安全性が高いメリットを最大限生かし、その中で十分に議論を尽くして試行錯誤しながら進んでもらいます」

初年度の2020年は、試行的に新入社員60人を半分にわけ、30人に共創型OJT、30人に従来のOJTを取り入れた。すると1年後のアセスメント調査で変化が見えたという。

「コロナ禍でオンライン勤務になり、先輩社員とのコミュニケーションが断絶したタイミングでした。従来型OJTのグループの30%がコミュニケーションに何らかの課題を感じていると回答しましたが、共創型OJTのグループはチームで密にコミュニケーションを取っているので、そういった悩みはないと回答しました。さらに、共創型OJTのグループは、心理状況がいい、上司評価も高いといった結果も出ました」

共創型OJTには効果が期待できると判断し、2年目以降は全員を対象に実施している。

「共創型OJT」の2つの取組み
チーム制と自学自習で自律を育む

共創型OJTには、「デジタル特区」と「e2e(エンドツーエンド)価値創出プログラム」(2022年までは「本部内インターンシップ」)の2つのプロジェクトがある。

デジタル特区は、DX人材の早期育成を図ることを目的としたプロジェクトで、5~8名の新入社員チームでスクラム開発を実施する「アジャイル特区」と、6人のチームで各々が新規サービスを検討する「SD特区」に分かれる。特区での2年間を経て、3年目以降は本人の特性やキャリア志向を鑑みて本配属される。

アジャイル特区では、プログラミング技術が必要だが、学生時代に習得しているメンバーとそうでないメンバーが混在する。そのため最初にプログラミングテストをしてレベル判定し、レベル階層別にチームを組み、各チームのレベルにあった仕事に取り組む。ここで興味深いのは「健全な競争意識が働くこと」だという。

「プログラミング未経験のチームは、誰に指示されたわけでもないのに、勉強会をしたりしています。入社時のプログラミングテストでD判定だった社員が翌年にはA判定になるのは珍しくありません」

SD特区では、3か月ごとにテーマを変えて事業を構想するときに必要なリサーチスキルを伸ばす。例えば、米国のスーパーマーケット市場におけるAIの活用事例がテーマなら、多様な資料を調べレポートにまとめ、プレゼンをする。これを繰り返すことで、自論形成能力の向上を目指す。

デジタル特区では、結果を出すために必要な知識やスキルを自ら学ぶ自学自習を原則とするが、社内外の高度アジャイルエンジニアなどプロフェッショナルとの共創の機会もある。学び方の軌道修正や早期のレベルアップができているという。

「e2e(エンドツーエンド)価値創出プログラム」では、5人の新入社員チームで5か月ずつ2つの事業部を渡り、各事業部で用意されたジョブにチームで取り組む。各ジョブにおけるOKR(Objectives and Key Results/目標設定と主要な結果)の達成によるビジネス成果の創出と、相手にとっての価値を理解し(顧客理解)、その価値をチームで生み出すために(チームワーク)、自ら思考・行動できる(主体性)人材への成長を目指す。2年目に本人の特性を鑑みた上で、基本的には、希望通りの組織に本配属となる。

「新入社員が1つの事業部で1年、2年と過ごすと、その組織文化に染まってしまいます。リアルジョブを経験しながら、自分に何が向いているのか、何をしたいのかを考える環境にすることでキャリア自律につなげています」

実践されたジョブのひとつは、ダイエーと共同出店するレジなし店舗「CATCH&GO」のオープンだ。利用者はスマートフォンを店舗のゲートにかざして入店すれば、退店時には手に取った商品の決済が完了する仕組み。また、AIを用いて、多数のカメラでのトラッキングと重量センサでの商品感知などの情報から、顧客の売場動線、商品接触状況といった店舗内行動を分析でき、店舗マーケティングにも活用できる。

レジなし店舗「CATCH&GO」でジョブに取り組む新入社員の様子。商品棚の組み立てやカメラとセンサを設置する実店舗づくりから、運営業務の準備、店舗運営の改善を行った

新人社員は、何もない更地の状態から商品棚の組み立てやカメラとセンサを設置して実店舗づくりをスタート。マーケティング分野の自学自習を進めながら、業務マニュアル作成や店内掲示物作成などの運営業務の準備や、店舗運営の改善を行う。実際に新入社員チームが提案した改善アイデアも導入されたという。

なお、共創型OJTでは、新入社員のチームに対して、ジョブ遂行の支援や振り返りなどのサポートを行っている。

スキルやモチベーションなど
共創型OJTで見る新入社員の変化

導入から4年。効果検証からは従来の徒弟制度型OJTと比較して、共創型OJTを受けたグループはワークメンタリティ(仕事に向かう心理状態)が良好で従業員ロイヤルティ(職場に対する愛着・信頼の度合い)も高い状態にあることがわかった。

さらに、経済産業省が提唱している社会人基礎力に基づき新入社員の12能力を評価した結果、規律性と柔軟性以外はすべてにおいて、共創型OJTグループが従来型OJTグループを上回った。矢野氏は、新入社員のモチベーションリソースの調査結果に特に関心を持ったという。

「従来型OJTグループは『金銭』『安定』などがモチベーションであることに対し、共創型OJTグループは『挑戦』や『創造』が上位に入りました。これは中堅社員のハイパフォーマー層のモチベーションの特徴と似ています」

採用選考時のSPI結果と入社1年後の結果を比較すると、共創型OJTのグループは自信や高揚性が上がっているという結果も得られた。心理的安全性の高いチームでのびのび仕事ができる環境は性格特定に対しても影響を与えているようだ。

一方、マイナス面も見えた。先輩や上司と過ごす時間が少ないために、事務作法に弱く、上司への「報連相」の意識が低いことだ。

「共創型OJTは社会人OSを鍛えるような取り組みであることを現場には理解してもらい、細かな事務作法は本配属後にフォローしてもらうことも必要」だと感じているという。

「共創型OJTを終えた後は、原則、若手チームでの配置をお願いしています。チームで配置されると自ずと、共創型OJTが目指す育成を鑑みた配置が実現され、本配置後も高いワークメンタリティの継続や、自分らしさの発揮に繋がります。チーム配置にするとリバースメンタリング(若手社員が先輩社員にメンターとして助言をすること)も起きるでしょう。若手からも学ぶ。自律した社員による共創が起きる、そんな組織文化の広がりを期待しています」