7つのラーニング・バイアスから見る学び合う組織の創り方

2月7日、パーソル総合研究所は「学び合う組織に関する定量調査」の調査結果を公表した。日本企業における「学び合わない組織」はどの様な要因が影響しているのか。調査結果から得られた知見や学び合う組織創りのポイントなど、上席主任研究員の小林祐児氏に話を伺った。

関心が高まる企業の人材開発と
主体的に学ばない日本人

小林 祐児

小林 祐児

株式会社パーソル総合研究所 上席主任研究員
上智大学大学院 総合人間科学研究科 社会学専攻 博士前期課程 修了。NHK 放送文化研究所に勤務後、総合マーケティングリサーチファームを経て、2015年入社。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行っている。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。著作に『リスキリングは経営課題~日本企業の「学びとキャリア」考』(光文社新書)、『罰ゲーム化する管理職 バグだらけの職場の修正法』(インターナショナル新書)など多数。

先行き不透明で予測困難なVUCAの時代といわれる中、「リスキリング」や「人的資本経営」に注目が集まり、企業による人材開発・育成への関心が高まっている。一方で、日本の社会人は学ばないことが長く指摘されてきた。パーソル総合研究所「グローバル就業実態・成長意識調査(2022年)」によれば、「社外学習を何も行っていない人」の割合は世界の中でも日本人は突出して高く、「自己研鑽意欲の低さが際立つ」ことが指摘されている。

こうした状況を踏まえると、国や企業が、いくら多種多様な学習プログラムを提供しても、学ぶ社員は一部に留まることが予測されるため、持続的に学び合う組織づくりの重要性が改めて問われている。

2月7日、パーソル総合研究所は、全国20~60歳の男女・正規雇用就業者(N=6,000)を対象に、「学び合う組織に関する定量調査」(以下「調査」)を実施、その結果を公表した。

調査は、正規雇用就業者の組織全体における学びの実態を定量的に明らかにするとともに、組織的な学びを促進するための示唆を得ることを目的に実施された。パーソル総合研究所上席主任研究員の小林祐児氏は、調査の背景をこう話す。

「DXやリスキリング、人的資本経営の注目によって、人材開発費が長く抑制されてきた日本企業の人材開発への関心は、数十年ぶりに高まっています。必要なスキルが日々変わるなか、『ここまで身につけたら大丈夫』という時代ではありません。学び続けることが求められる時代ですが、日本人の多くは主体的に学ばない。この背景は様々ありますが、この課題に改めて向き合う必要性を感じ、今回の調査を実施しました」

6割近くで業務外の学習時間なし
リスキリングのジェンダー問題も

調査では、まず「就業者の学びの実態」を調査。「就業者全体の56.1%が業務外の学習時間無し」、また、過去3年の研修受講経験も72.7%が「ひとつもない」という実態が明らかとなった。年代別に見ると男性は40代以降、女性は30代以降、学習意欲も学習時間も大きく減少していること、さらに「研修無しかつ学習無し」という層が、全体で48.5%に達しており、特に女性・小規模な企業でやや多いことも明らかとなった。

「過去3年の研修受講経験『ひとつもない』が72.7%に達している背景として、大企業では管理職研修が手厚いものの、管理職以外の中堅以降の社員に対して、特に打ち手がなかった状況がうかがえます。従来から、管理職以外の中堅社員の育成は課題と長く指摘されながらも、その問題が解決されていない構図が明らかとなりました。また、私が注目しているのは、『研修無しかつ学習無し』の層が男性より女性がやや多いことです。管理職の多くが男性を占めているため、40代、50代と年齢が上がるにつれて女性は自己投資を下げる、つまりより学ばなくなってきます。リスキリングにおけるジェンダー問題に、企業はきちんと向き合うべきです」

学び合う組織づくりを妨げる
ラーニング・バイアスと「秘匿化」

調査では、学びから遠ざかる要因となる、学びについての偏った意識を「ラーニング・バイアス」として、7つのバイアスを特定した(図表1)。この結果、「新人」「学校」「自信欠如」「地頭」バイアスなどが、学習意欲を下げる傾向が、「現状維持」「タイパ」「現場」バイアスなどは、学習時間を短くしている傾向が確認された。

図表1 就業者が学習から遠ざかる要因となる7つの「ラーニング・バイアス」

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「学びはもともと得意ではない、自信が無い『自信の欠如』バイアスは、学習意欲、学習時間、学習期間それぞれにマイナスの影響が見られました。これは、今回の調査結果の一つの特徴かといえます」

また、バイアスの高低を性年代別に見てみると、男女とも50~60代で「学びは新人や若い人だけがやるものである」という「新人」バイアスの傾向が強かった。

一方、男女とも20~30代は、生まれつき知能は決まっていて不変であるという「地頭」バイアスが高く、女性の40~60代は「手っ取り早く、正解だけを学びたい」という「タイパ」バイアスと「今のままで十分仕事ができている」という「現状維持」バイアスが強かった。

7つのラーニング・バイアスとは別に、注目すべき実態が発見された。それは、学んでいることや学習内容を他者と共有しない「秘匿化」だ。学習者が自身の学びについて、状況や内容を共有するかどうかを聴取したところ、全体は56.2%が同僚に向けて「言わない」。「たまに言う」は31.8%、「言う」は12.0%にとどまった。管理職も47.8%が同僚に向けて「言わない」と回答した。

さらに、職場において可視化されている(同僚に共有されている)学びは、全体で19.7%と、多くの職場において学びが共有されていない実態が明らかとなった。

職場において学習秘匿を促進してしまう要因として、「学びは一人で行うもの」という「独学バイアス」や、「周囲が関心を示さなそう」だという「無関心予期」が影響していた。

「無関心予期は、組織的には多元的に重なり合っていて、いわゆる『多元的無知』と呼ばれる集団レベルで見られるバイアスの一種です。皆が『学びについて話しても無駄だろう』と思っていることが、組織的につながりあって、結局、皆独学に向かっていく。私も講演の際に、こうしたバイアスの存在を示すと、皆さんの認識の前提がひっくり返るので、バイアスの存在を自覚することは重要だと思われます」

この他、学習秘匿には「転職や異動を考えている、出し抜こうとしていると思われそう」といった「裏切り者予期」や、「タイパ」バイアスも影響していた。

「調査結果は、7つに絞っていますが、元々はかなり多くのバイアスを測定していました。7つから漏れたものの『独学バイアス』は、学び合う組織づくりを阻害するものとして無視できない要因です。学校教育の延長線上の影響なのか、日本は長く独学ブームが続いています。独学自体が悪いわけではありませんが、一人きりの学びは長続きしません。リスキリングが注目される一方で、個人の学びが増えないのは、皆さん一人でなんとかしようという方向を選びがちだからではないでしょうか。コロナ禍でe-Learningが普及し、コンテンツもより充実したのに、なぜ学ばないのか。今回の調査から、学びを遠ざける7つのバイアスに加え、自分の学びを共有せずに『秘匿』する習慣も広く存在することが明らかとなりました。多くの企業で学びを共有する風土がないため、組織内で『学習伝播』する施策が必要です」

学び合う組織創りに向けて
コミュニティ・ラーニングの機会を

調査では、学び合う組織を創るためのポイントを探るため、学びに関する自己認識(セルフアウェアネス)を「学び方」「キャリア」「スキル」の3つの次元に分け、それぞれ内部(自己)の視点と、外部からの視点で測定した。学び方、キャリア、スキルの自己認識はすべて学習意欲に対してプラスの関連があり、学び方とスキルの自己認識は学習時間とのプラスの関連が見られた。

学びの自己認識(3つの自己認識を含めた総合指数)に対しては、仕事上の経験の中でも「学びの相談経験」が最も強くプラスに影響した。

また、他者との協働的な学び経験である「コミュニティ・ラーニングの経験」が広くプラスの影響が見られた。さらに、組織文化と学習意欲、学習共有との関連を見ると、学びの「活用文化」「共有文化」「奨励文化」が高い組織は学習意欲が高く学習共有が進んでいた。

また、メンバーの学びと上司マネジメントの関連を見ると、上司自身の学び行動が、部下の学習意欲、学習時間、学習共有にプラスの関連が見られた。これらの調査結果を踏まえ、日本企業の多くは、図表2のようなプロセスで、「学び合わない組織」が定着していると分析している。

図表2 日本の企業における「学び合わない組織」の創られ方

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そして、学び合う組織を創る上で、有効なものとして、①バイアスの存在を含めた個人の学びに関する自己認識(セルフ・アウェアネス)を高めるためのワークやカウンセリング機会を取り入れること、②個人単位の学習ではないコミュニティ・ラーニング機会の拡充、③組織全体の学び合う組織の現状を測定し、総合的に改善を図ることなどを挙げている。

「まずは、自分の学びについての自己認識、何が得意で何が不得意なのか、スキルやキャリアも含めて、見直す機会をつくることが大事かと思います。例えば、ワークショップや1オン1などで、学びについて考える時間をきちんと確保する。特に本当に学んで欲しい層には、そういった時間を設けることが重要で、学びの秘匿化を変える最初のスタートにもなります。個人頼みのリスキリングは続かないので、いかにコミュニティ・ラーニングの機会をしかけていくかも重要です。例えば、企業内大学(Corporate universities)も良い機会提供の一つでしょう」

最後に小林氏は「一番重要なのはKPIです。人事部や人材開発部は、どういったプログラムを提供すべきかに意識を割く前に、学び合う組織づくりをどう作るか、KPIもそこに紐づけるべきです。どれくらい自主的な勉強会が増えたのか、学びに関して相談できる人が周囲にどれだけいるのか、どれだけ上司と学びについて議論をしているのか。良いプログラムの提供は当然重要ですし、アップデートし続けることも必要ですが、まずは、学び合うネットワークがどれだけ構築できているのか、その効果測定こそが本来の役割ではないでしょうか」と締めくくった。