タレントマネジメントの実践へ 人材戦略の全体像構築が重要に
欧米で先行するタレントマネジメントは、日本企業にどう適用できるのか。流通科学大学の柿沼英樹教授は、単なるツール導入ではなく、人事の仕組みや運用を抜本的に改革し、全体像構築と一貫した施策展開が必要であると語るとともに、「日本型」タレントマネジメントの可能性を指摘する。
タレントマネジメントは
多様な定義や実践が見られる

柿沼 英樹
流通科学大学 商学部 教授
1984年生まれ。2019年、京都大学大学院経済学研究科博士後期課程を修了。博士(経済学)。民間企業勤務、環太平洋大学経営学部講師、流通科学大学商学部准教授などを経て、2024年4月より現職。専門は、人的資源管理論、組織行動論。
── タレントマネジメントという概念について、学術的にはどのように整理できますか。
タレントマネジメントは欧米圏で先行して実践や研究が行われてきましたが、その定義は学術的にも確立されていません。タレントマネジメントでは、主として「有能な人材」を表す言葉として「タレント」が用いられますが、まず問題となるのは従業員のうちどの程度の割合をタレントとして処遇するのかです。
タレントとみなす範囲は企業によって異なり、大まかに言うと、一部の限られた従業員をタレントとみなす「選別的 (exclusive) アプローチ」と、広範囲の従業員をタレントとみなす「包摂的 (inclusive) アプローチ」の2つがあります。
欧米では、経営戦略の達成に資する重要度の高いキーポジションに焦点を絞り、その採用・評価・育成・配置等を戦略的に考える選別的アプローチが主流です。一方、日本におけるタレントマネジメントの論考では、すべての従業員がタレントとしての十分な資質を有することを前提とし、幅広い人材をタレントとみなす包摂的なアプローチで語られることも多くあります。
それらはどちらが正しいということではなく、企業ごとに自社にとってどちらが適しているかを考えるべき問題です。ただし、広範囲の従業員をタレントとみなすアプローチでは、日本企業にとって従来の人材マネジメントとの明確な違いが見えづらいところがあります。ここでは議論の焦点を明確化するため、主に選別的アプローチの考え方に基づいてお話ししたいと思います。
── タレントマネジメントの実践に向けて、日本企業にはどのような取組みが求められますか。
タレントの能力を最大限に発揮させて組織目標を達成することが、タレントマネジメントの主眼です。組織の目標達成に資するように、戦略的な視点から人材の採用・評価・育成・配置等の施策を一貫して展開することが不可欠ですが、自社が目指すべき人材戦略の全体像を描くことなく、個別施策に取り組んでいる企業も多いと感じます。
タレントマネジメントの運用にあたっては、その運用方針を明確に規定し、具体的な行動目標や評価指標に落とし込み、実践プロセスの全体像を構築しなければなりません。タレントマネジメントの一連の施策は相互に強く結びつき、一貫性をもって推進される必要があります(図参照)。
まずは組織の戦略や目的に基づいて自社におけるタレントの定義を明確化し、現在および将来の人材ニーズを予測し、人材評価の手法・基準を策定します。そして現有人材の棚卸しと需給ミスマッチの把握を行い、その需給ミスマッチを最小化するための施策群を計画・実行します。これら一連の施策は相互に強く結びつき、一貫性をもって推進される必要があります。また、実施の状況や結果を評価して、適宜見直しを図ることも不可欠です。
従来の日本企業は、長い時間をかけて人材育成とその結果の見極めを行ってきました。一方でタレントマネジメントは、事前に規定した重要な職務とタレントの定義に合わせて、若年層からの登用も含め、計画的かつ早期、短期間での育成を志向します。こうした点からもタレントマネジメント論は、日本企業の人事管理に対して新たな観点を提示していると言えます。
近年、タレントマネジメントに関する企業の関心は高まり、その実現をうたったHRツールも増えています。しかしツールはあくまで手段であり、人事の仕組みや運用を抜本的に改革することがタレントマネジメントの本質です。
抜本的な人事改革としてタレントマネジメントを実践している企業の多くは、人事のプロフェッショナル人材が在籍し、改革を牽引しているように見受けられます。また、人事制度の微調整のような話ではなく、大々的な変化を伴うことも多く、その場合は経営層の関与も不可欠です。
欧米とは異なる日本型の
タレントマネジメントの可能性
── タレントマネジメントに関して、今後、どのような研究を深めたいと考えていますか。
近年、欧米におけるタレントマネジメント研究の関心事の一つは「コンテクスト(文脈)」です。大企業と中小企業では人材の採用や定着をめぐる環境が異なりますし、国・地域ごとに産業構造や労働力不足の状況等も異なります。個々の組織を取り巻く文脈によって、必要とされる人事管理が変わる中で、多様なタレントマネジメントを整理する研究が進められています。
今後、欧米とは異なる「日本型」のタレントマネジメント論もあり得ると思います。日本の文脈に即したタレントマネジメントとは、どういったものか。日本型のタレントマネジメントは、欧米を中心に蓄積されてきた理論と実践にとってどのような意義を持つのか。中長期的には、そうした研究テーマにも取り組みたいと考えています。
また、タレントマネジメントに関して、企業の実践度合いを測る「尺度」が確立していないことも課題です。たとえば、タレントマネジメントの実践が企業業績に与える影響を分析する場合、その前提として、当該企業のタレントマネジメントの実践度合いを定量的に評価できなければ、影響の有無や大きさ等に関する議論を深められません。欧米のタレントマネジメントの尺度をそのまま日本企業に当てはめても妥当性に欠ける可能性があるため、日本企業の文脈に即した尺度を開発する必要があります。
もう一つ重要なテーマとして、タレントマネジメントと人的資本経営の接続にも関心があります。現在、この2つが完全に切り離されて議論されていますが、仮に組織の目標達成に資する人的資本を備えた人材がタレントであるとすれば、人的資本経営を支える施策として、タレントマネジメントを位置づけることができるかもしれません。こうした統合的な視点は、日本企業の人事管理に新たな示唆をもたらすと考えています。