山岳新校 加速する社会から「撤退」、これからを生きる「知」を育む

現代社会が抱える課題の根底には、止められない状況をつくり出している「慣性の力学」があり、これまでのやり方を停止し、撤退する知性が求められる――。「撤退学」の研究と「山岳新校」の展開について、奈良県立大学の堀田新五郎教授、梅田直美教授に話を聞いた。

「慣性の力学」からの
知的撤退の可能性を探る

堀田 新五郎

堀田 新五郎

奈良県立大学 地域創造学部 教授
1965年生まれ。京都大学法学部卒業。神戸大学大学院法学研究科博士後期課程単位取得後退学。専門は政治思想史。著書・共編著に『講義 政治思想と文学』(共編著、ナカニシヤ出版)、『撤退論』(分担執筆、晶文社)、『撤退学宣言』(晶文社)、『山岳新校、ひらきました──山中でこれからを生きる「知」を養う』(分担執筆、H.A.B)など。

梅田 直美

梅田 直美

奈良県立大学 地域創造学部 教授
1973年生まれ。神戸大学工学部卒業。大阪府立大学大学院人間社会学研究科博士後期課程修了。専門は社会学。著書に『子育てと共同性-社会的事業の事例から考える(OMUPブックレットNo.62)』(編著、大阪公立大学共同出版会)など。孤立や虐待など関係性の諸問題とそれらを巡る社会的活動に関する研究を行う。

──奈良県立大学 地域創造研究センター 撤退学研究ユニットでは、2022年に奈良・奥大和で新たな学びの場「山岳新校」を始められました。その背景にある「撤退学」とは、どういった研究なのですか。

堀田 過疎や限界集落、地方消滅等の問題に対し、従来は問題の所在は農山村にあり、農山村への支援が解決策になるというアプローチがとられてきました。しかし、地域活性化事業の「成功事例」は散発的に生まれているものの、日本全体の状況を好転させる状況には至っていません。それは、本当の問題は農山村にあるのではなく、東京一極集中をもたらす構造力学そのものにあるからです。

日本は長年、東京一極集中という生活習慣病を患ってきました。明治以来、日本では国の主導による東京一極集中の社会システムが築かれ、それにより戦後の焼け跡から奇跡的な復興を成し遂げました。しかし現在もその成功体験から逃れられず、これまでの価値観や生活スタイルを根本的に改めない限り、いずれカタストロフィー(破局)が訪れるのではないかと、多くの人が不安を抱きつつも「慣性の病」を克服できていません。

さらに世界においても、行き過ぎた市場原理主義、環境破壊による地球温暖化、経済格差の拡大、出口の見えない戦争など、様々な側面で近代システム(民主主義+資本主義+テクノロジーの三位一体)が機能不全に陥っているにも関わらず、システムの暴走を止めることができていません。

私たちが抱えている課題の本質は「巨大な生活習慣病」であり、その根底には、止められない状況をつくり出している「慣性の力学」があります。今、考えるべきは次の処方箋や個々の処方箋が効かない理由ではなく、「慣性の力学」それ自体であり、私たちはこれまでのやり方を停止し、撤退しなければなりません。

撤退は敗北ではなく、知性の証です。近代システムの先に待ち受けるカタストロフィーを回避するためには、撤退する知性が必要なのです。次の処方箋へと人々を押し流す「慣性の力学」のメカニズムを解明し、撤退の条件を探ること。それが、私が研究テーマとしている「撤退学」です。

「山岳新校」は撤退学の知見を踏まえ、地域が衰退する構造力学を解明し、現代社会からのパラダイムシフトの可能性を実践的に試みるものです。奈良・奥大和は豊かな自然と日本古来の歴史、文化が残る地域であると同時に、人口減少・過疎の問題にいち早く対峙している課題最先端地域でもあります。私たちはこの地で「加速する社会からの撤退」をキーワードに、これからの生き方を考える学びの場を創設しました。

オルタナティブな実践者が集い、
撤退への「知」を育む

──山岳新校では、どのようなプログラムを展開されていますか。

梅田 近年、多拠点生活、ナリワイ、コモン再生など、撤退的=創造的な生き方の様々なモデルが注目されていますが、それらは主流にはなり得ていません。その原因の一つは、オルタナティブな実践に踏み出すうえで土台となる「撤退」への知性と力を養う機会が、日本では不足していることであると考えています。

山岳新校のプログラムでは、戦後日本がスタンダードとしてきた「豊かさ」のオルタナティブとも言える生き方を模索・実践する人たちが集い、撤退的=創造的な知性に関する議論や実践のための思考様式・ふるまいの共有を試みています。具体的にはオンラインと対面(合宿形式のスクーリング)を組み合わせ、「山學院」や「みちのり」等の学びのプログラムやトークイベントを実施しています。

たとえば、2023年9月には、NPO法人SETの理事・岡田勝太氏が登壇するトークイベントを開催しました。岡田氏はデンマークの成人教育機関「フォルケホイスコーレ」と国内との連携を推進し、岩手県陸前高田市において「生きる」ことの面白さ・尊さを知り、「よりよく生きる」ことを自分たちで探求するための学び舎「Change Makers’College」を運営しています。岡田氏のお話を通して、日本におけるオルタナティブな学びの場の可能性を考える機会を創出しました。

山學院は、東吉野村のクリエイターである坂本大祐氏(合同会社オフィスキャンプ代表)、青木真兵氏(人文系私設図書館ルチャ・リブロ キュレーター)が企画運営を担当し、「とりあえず、やってみる」を学ぶ場です。「やってみることの内容(コンテンツ)」は先生に教えてもらうのではなく、その「やり方(マナー)」を参加者同士が学び合いシェアし、これからを生きる知恵として使い方を身につけていきます。

私が担当している「みちのり」は、学ぶこと、働くこと、楽しむこと、つながること、支え合うことなど、人としての営みが乖離しない生き方を探る学びのコミュニティです。オルタナティブな生き方を研究・実践されている方々との対話やワークショップを通して、参加者は学びや気づきを得ていきます。

現地プログラムは、2022年度は東吉野村で、2023年度は五條市と東吉野村で開催しました。2022年度、2023年度ともに『ナリワイをつくる』『イドコロをつくる』などの著書で知られる伊藤洋志氏をゲスト講師に迎え、撤退からナリワイ(やればやるほど頭と体がきたえられ、仲間が育つ仕事)のつくり方を考えるプログラムや、モンゴルの移動式住居「ゲル」を建てるワークショップ等を実施しました。

そのほか、2023年度は五條市で活躍されている「イトバナシ」の伊達文香氏、「GOJOチャレンジ」の木村航氏、「柳澤果樹園」の柳澤佳孝氏にお話をうかがう機会を設けるとともに、「CULNAリバーベース」の辰巳信平氏のコーディネートで、穴掘り&竹小屋づくりに挑戦するプログラムも行いました。また、東吉野村では「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」を訪問し、青木氏との対話の時間を設けました。

山岳新校は18歳以上であれば誰でも参加でき、プログラムにもよりますが参加者は20~30名程です。社会人から学生、公務員や教員など多様な方々が集まり、奈良にとどまらず、大阪・京都等の近隣府県や首都圏からも参加者がいます。「CULNAリバーベース」の辰巳氏は、2022年度は山岳新校の参加者でしたが、翌2023年度には講師として運営を担うという循環も起きています。山岳新校は参加者にとって、これからを生きる「知」を育むきっかけの場になっていると感じます。

山岳新校のプログラムでは、オルタナティブな生き方を実践する人たちとの対話や、様々なワークショップを通して、「撤退」する知性と力を養う。

山岳新校のプログラムでは、オルタナティブな生き方を実践する人たちとの対話や、様々なワークショップを通して、「撤退」する知性と力を養う。

世界と自己との関係性を整える
「道」の学びを問い直す

──撤退学の研究や山岳新校の展開について、今後、どのような取組みに力を入れていきますか。

堀田 先行きが不透明な時代において、与えられた問題を解くような力ではなく、自ら課題を見出し、他者と協働しながら解決する力が重要になっています。しかし既存の大学は、建前では新しい時代に対応した教育が必要と言いながら、現実には旧態依然とした教育を続けています。

学生が自らの人生を切り拓いていける力を育むのではなく、就職のためのキャリア教育が行われ、全員がインターンをしないと落ちこぼれるような空気感を醸し出し、社会に適合するための教育を提供しています。私が今、考えているのは、自分たちで奈良・奥大和を拠点に、「慣性の力学」に支配されない新しい大学をつくることです。

近代システムは、大学を頂点とするアカデミズムと仏道・茶道・華道・武道等の「道」の2つに学びを分割してきました。アカデミズムは政治・経済等の各領域で現象の分析・解明を目的としてきた一方で、「道」は現象の分析ではなく、世界と自己との関係性を整える「わざ」を育んできました。

長年にわたり「道」が紡いできた「わざ」には、「慣性の力学」から撤退するための知が潜んでいるのではないか。世界と自己との関係性を整え直すことが、日本や世界が患っている生活習慣病の根本治療につながる可能性があります。私たちは今後、新しい大学をつくり、アカデミズムと「道」の学びを融合させていきたいと考えています。