特集紹介 組織外かつ協働的な越境学習でリーダーシップやメタ認知力を育む

変化の激しく、社会が複雑・多様化する現代では、知識やスキル・経験の陳腐化が早まっている。こうした中、企業では、イノベーション人材や、次世代リーダーを育成する手法として、「越境学習」に注目が集まっている。取材を通じて、その意義や課題などを追った。(編集部)

社会が多様化・流動化する中で
注目を集める越境学習とは?

VUCA時代といわれ、変化の激しく、社会が複雑・多様化する現代では、知識やスキル・経験の陳腐化が早まっている。こうした中、近年、企業においては、イノベーションを生み出す人材や、次世代リーダーを育成する手法として、「越境学習」に注目が集まっている。

法政大学教授の長岡健氏は、「昨今、越境学習が注目を集めている背景には、社会が流動化・多様化している中で、既存の人材育成活動では得られない知識・スキルの習得が求められているからだと思います」と話す(➡こちらの記事)。長岡氏は、越境学習は「組織外かつ協働的」な学習活動であり、人事部門にとっては、「自社の組織内で育成が難しいスキル・技能とは何か、自分たちは越境学習で何を目指すべきかなどをきちんと整理し、各社の人材育成戦略に合わせた『組織外』の場を見つけてくる必要がある」と指摘する。

また、人事部門が越境学習にどの程度、関わっていくかも重要なポイントだ。「組織的介入の強弱によって、学習空間の性質は変わります。組織外でのチャレンジにもかかわらず、頻繁な報告を要求したり、『これは研修の一環だから』などの意識が強すぎると、越境学習は機能しません。どの程度の管理がいいのか、試行錯誤しながら最適な距離感を探っていくしかありません」と話す。

リーダーシップ教育や越境学習について研究する立教大学准教授の舘野泰一氏は、「リーダーシップとは他者に与える影響力のことであり、リーダーという役職・権限を有するかどうかとは別に考える必要がある」と指摘した上で、「組織外への越境は社内での役職や権限に頼らずに、一個人として自分が人を動かすことができるのか、影響力を発揮できるのかなど、自身のリーダーシップを問い直す機会になり得ます」と話す(➡こちらの記事)。また、舘野氏は、成長をもたらす経験の特徴として、「新規性の高い経験」や「挑戦が必要な経験」を挙げる。例えば、「初めての管理職や難易度の高い職務、事業の立て直しや立ち上げ、ビジネス上の失敗やキャリアの挫折など、普段のルーティン化した仕事とは異なる修羅場経験や一皮むけた経験が成長の糧になります」と話す。

次世代リーダーの育成に向けて
越境学習でメタ認知力を強化する

では、具体的にどんな越境学習を企業は行っているのか。一般社団法人ALIVEは、日本最大規模の「越境学習型 次世代リーダー育成プロジェクト」を運営している(➡こちらの記事)。

プロジェクトは1回当たり20~25社の次世代リーダー、計180人程度が参加する。5人程度の15チームに分かれて、課題解決に取り組む。約2か月半で全4回(計7日間)のセッション(Session1〜4)を実施し、チームビルディングやフィールドワーク、最終提案、振り返りを行う。代表理事の庄司弥寿彦氏氏は「異業種の人たちが集まって課題解決に取り組むので、新たな目線で社会課題解決への提案ができます。多様な人たちが集まるので、自分の『当たり前』は通用しません。このため、自分の内面を客観的、批判的に振り返る『リフレクション(内省)』などを通じて、メタ認知力や多様性マネジメント、課題設定・解決力を強化し、自らのリーダーシップを開発していくことになります」と話す。

テーマを提供してもらう団体は「答申先」と呼び、地方自治体、NPOや芸術・文化の団体などこれまで約60団体以上から課題が提供されてきた。答申先とテーマには、例えば、一般社団法人日本ブルーフラッグ協会の「海を起点にしたサステナブルな地域づくり」などがある。参加者アンケートによれば、5割以上がこれまでの研修に比べて一番夢中になったと回答している。

越境で得た学びを職場に活かす際には、どんな要素が重要となるのか。素材メーカー大手のAGCに勤務しながら、副業として個人の事業やNPO、大学院での研究など、活躍の場を広げている磯村幸太氏は、「越境したコミュニティで得た学びを職場のコミュニティに持ち帰る『知識の仲介』を実現するためには、いくつもの壁を乗り越えなければならない」と話す(➡こちらの記事)。その大きな壁の一つは、組織外で得た知識に職場メンバーが反発することだと指摘する。

磯村氏は、AGCに在籍しながら、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科修士課程を修了。研究テーマは、「越境したコミュニティで学んだことを職場のコミュニティで活かす方法」だ。その方法をかみ砕いて言うと、「越境したコミュニティでの経験を内省する」、「越境先で感じた『違和感』をもとにして、越境したコミュニティと自分自身との『違い』を整理する」、「職場のコミュニティで実践するための具体的計画を立てる」と3つのステップで構成されており、そうしたプロセスによって「迫害」を乗り越えていくという。

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複業や共助型起業コミュニティ
を通じた個人の「越境」学習

人生100年時代と言われる中で、キャリアに不安を抱く社会人も少なくない。そうした中で、個人の成長やキャリア開発として「越境」する社会人も増えている。

一方で、例えば、働きながら無理なく起業し、本当にやりたいことをビジネスにしたいと思っても、実際にはリスクを考えて踏みとどまってしまう人も多い。そこで、これを支援するのが一般社団法人Fukusenが運営する「共助型起業コミュニティ FukusenFarm」だ(➡こちらの記事)。

「Fukusen」の会員になると、月額1万円を支払い、これを一般社団法人の会費としてストックする。会員になると、新事業をつくるためのレクチャー動画が見放題となり、事業の立ち上げに必要な知識を学ぶことができる。アイデアが生まれたら、Zoom上のビジネス相談ライブにエントリーし、代表理事の細野氏と壁打ちをする。さらに、会費のストックから上限50万円を使い、ビジネス実験ができる。実際に会員からは、農作業で恋を育む「農コン」といった事業も動いている。

続いて、“挑戦する全ての人の機会の最大化”を目指し、複業したい人と複業人材を仲間にしたい企業や自治体がWeb上で自由に出会えるマッチングプラットフォーム「複業クラウド」を運営するAnother works。

登録人材は現在、6万人以上。うち地方自治体のボランティア案件やプロボノ案件のような、いわゆる感情報酬や経験報酬が得られる案件への応募件数は累計5,000件ほど。

代表の大林尚朝氏は、「何か迷った時には、まず複業で旅をしてみる。複業で大きく環境を変えることなく越境してみて、越えた先の世界を見てみるというのは、人生の選択肢を拡げることにも、幸福度を上げていくことにもつながっていくと思います」と話す(➡こちらの記事)。本特集では、「境界を超える経験」をテーマに、企業や有識者などの取材を通じて、その意義や課題などを追った。企業や社会人にとって、今後の取組みの一助となれば幸いだ。