実用に資する近代日本の担い手を育てた師 儒学者・安積艮斎

幕末、吉田松陰や岩崎弥太郎ら近代日本の担い手を育てたのは、福島郡山の儒学者・安積艮斎(あさか・ごんさい)。ペリー来航時に幕府の外交文書翻訳を担い、開国期の知の最前線に立つ。人材を見抜き育てる眼力こそ、経営者の原点だ。

広く知られたふくしま、
その背後に

艮斎が揮毫した「忠信の碑」。艮斎が生まれた安積国造神社に建つ。「忠信欺かず 是れ修身の要なり/理に循い私無し 乃ち処事の本なり」──誠実を貫き人を欺かないこと、それが自分を磨く要諦。道理をよく考え私心を交えないこと、それが事に処する根本である。その教育者としての核心が、二つの平易な対句として生地の地に刻まれている。
写真提供:安積国造神社

ふくしまから世に出た人と事業を、いくつか挙げてみよう。日本初の国直轄農業水利事業として明治15年(1882)に完成し、現在もなお地域の水田を支える安積疏水。猪苗代に生まれ、地方の教師や医師の支援を受けて世界的な細菌学者となった野口英世(1876-1928)。会津戦争で飯盛山に散った白虎隊。土木、科学、近代史と、領域はそれぞれ異なる。

こうした名前ほどには知られていないが、幕末日本の学問の中心で2,282名の門人を育てた人物がいる。郡山の安積国造神社に生まれ、江戸・神田駿河台に私塾「見山楼」を主宰した朱子学者・安積艮斎(あさか ごんさい)である。本特集は、この儒者を起点に、ふくしまが育んできた学問・公共・人材の三つの系譜を辿る。

(※全文:5141文字 画像:あり)

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