秋田県五城目町 「遊び」と「学び」を共創するコミュニティ

秋田県中央部に位置する五城目町。人口約7,600人の町で近年、数々の新しい「遊び」と「学び」が生まれている。仕掛け人の一人がハバタク代表取締役の丑田俊輔氏だ。教育にかける思いやこれまでの取り組みから得られた手応え、他地域への展開を含めた今後のビジョンを聞いた。

「遊び」と「学び」が
コモンズの豊かさを深める

丑田 俊輔

丑田 俊輔


ハバタク株式会社 代表取締役/私立新留小学校設立準備財団 共同代表/シェアビレッジ株式会社 代表取締役/プラットフォームサービス株式会社 代表取締役
1984年生まれ。慶應義塾大学商学部卒。2004年、千代田区の公民連携まちづくり拠点「ちよだプラットフォームスクウェア」の創業に参画。日本IBMを経て、2010年、新しい学びのクリエイティブ集団「ハバタク」を創業。2014年より秋田県五城目町在住。住民参加型の小学校建築「越える学校」、地域の森林資源とデジタル技術でつくる集合住宅「森山ビレッジ」などを手掛ける。書籍『コモンズの再発明』を出版。

──「遊びと学び」をテーマにした事業に取り組み始めた背景をお聞かせください。

源流をたどると、学生時代に東京・千代田区神田の「ちよだプラットフォームスクウェア」というまちづくりの拠点づくりに関わったことが最初のきっかけでした。千代田区の公共施設を活用し、民間の賃貸者として日本で最初期のコワーキングスペースを立ち上げたのが2004年のことです。

神田は江戸の下町で、2年に一度「神田祭」が催され、神輿を担いだり、町会のイベントもたくさんあったりと、ほぼ1カ月間まるごと遊び尽くすような文化が残っている地域です。そういう江戸の粋な文化や遊びのある町に関われたことが、とても大きかったですね。単に儲かる事業だけをやるのではなく、地域コミュニティとの関係性の中で事業をつくっていく。そうすることで、結果的に中長期で入居してくれる人が増えたり、町会の方々が所有するビルをお借りしてエリア全体のまちづくりにつながったりもしました。そこには「共(コモンズ)」の領域の豊かさがあり、それをつなぐ媒体になるのが、遊びとか学びのようなものだろうと当時からずっと感じていたんです。

暮らしに息づく学びの生態系
コミュニティの定義を拡張したい

──その後、2010年にハバタクを起業しています。

はい、「共創的な学び」を軸にしたあらゆる教育関連の事業を起こそうと、ちよだプラットフォームスクウェアに入居する形で会社を立ち上げました。大学卒業後はIBMに就職し、テクノロジーを活かして事業を展開する巨大カンパニーの一員として、インターネット以降の時代がまったく新しいフェーズに入ったことを実感していました。同社は2000年代後半には既にワトソンというAIの開発を進めていたんですが、自分の子どもが生まれたこともあり、教育システムや人の学びの環境そのものも、大きく変容していくべきだと強く感じて起業に至りました。

ハバタクでは当初、学校を中心に「学びをアップデートしていこう」と考えていて、全国の高校向けに海外修学旅行を企画したり、オンラインの英語学習プラットフォームを立ち上げたりしていました。ところが、縁あって2014年から五城目町で暮らし始めると、学校以外にも豊かな学びの舞台があることに気づきました。田植えや渓流での自然体験のほか、長い伝統のある朝市での出店など、日常そのものが学びの機会になる。暮らし全体の生態系として学びの舞台を捉える必要があると思うようになりました。遊びや好奇心から始まり、仲間と一緒に何かに夢中になっているうちに、結果として学びや仕事につながる。五城目町での生活を通じて、そんな実感が深まっていきました

その延長線上で立ち上げたのが、シェアビレッジ・プロジェクトです。町に残っていた茅葺き屋根の古民家を仮想の「村」に見立て、コミュニティづくりを2015年から開始しました。全国から「年貢」として会費を納めてくださった方がデジタル村民となり、第2の田舎を持つように里帰りできる仕組みをつくりました。

従来の考え方では、五城目町という物理的な自治体があって、住民票がある人だけが地域コミュニティを構成します。でも、地域を学びの生態系と捉えるなら、共同体やコミュニティのあり方そのものをアップデートするべきです。地域コミュニティの構成メンバーの定義を拡張する必要があると思います。私自身も秋田と東京、最近では鹿児島も含めて多拠点で活動しています。住民票がなくても、五城目町の「仮想の村」に所属して、集落のお祭りや茅葺きの吹き替えに参加したり、子どもたちもまた、複数の拠点で学んだりすることが自然になる未来がきっと来るだろうと思います。

「出島」が域内外の人をつなぎ
子どもたちも地域で活躍する

──これまで五城目町では、どのような変化が生まれていますか。

例えば、町の中心部の朝市通りに「ただのあそび場 ゴジョーメ」という場をつくりました。地域住民の共助で運営するコモンズとしての遊び場です。ここの2階は「ハイラボ」という名前で、デジタルテクノロジーを活かした遊び場としても機能していて、学校に馴染みにくい子も含めてプログラミングや電子工作に没頭しています。学校教育を完全に否定しているわけではなく、行けるときは学校に行き、自分のペースで自由に学びたいときはハイラボで過ごす。朝市がある日は出店して、自分を表現したりお小遣いを稼いだりする。学校、家庭、地域を行ったり来たりしながら、ハイブリッドに学ぶ環境が生まれています。

そうした子どもたちの中には、「手に職をつけたい」と電気工事士の資格を取る子も現れました。コロナ禍で休業した町の温泉を住民参加型で再生するプロジェクトでは、その子がしっかりプロとして活躍していました。地域で学ぶ子どもたちが、町の出来事に「仕事」として関わることで、さらに学びを深めていく。そんな循環が起こっています。

温泉再生に際しては、常連のお年寄りを含めて30人弱が出資し、合同会社をつくりました。初代代表を務めたのは当時高校3年生だった女の子です。町の様々な関係性の中でプロジェクトに合流し、自らも出資して責任を担ったことで、多くの学びを得たと思います。卒業後はアメリカの大学に進学し、秋田と海外を行き来しながら活動を続けています。

このように、学びや遊びが地下水のように流れ続けている環境があることで、人のつながりという資本や、コモンズとして共有される資源が豊かに育まれていく。その上に初めて、目に見える形で行動変容や新しいプロジェクトが生まれ、移住者やUターンする人が増えたり、地元の人が新しいお店を始めたりといった動きにつながっているのだと思います。

530年も続く伝統の五城目朝市のうち、週末に開催される「ごじょうめ朝市plus+」。若い世代の出店も多い。

530年も続く伝統の五城目朝市のうち、週末に開催される「ごじょうめ朝市plus+」。若い世代の出店も多い。

──こうした町の変化は、どのようにして起こったのでしょうか。

廃校になった旧馬場目小学校を再生し、2013年末に「BABAME BASE」という施設ができたことが大きかったと思います。正式名称は「五城目町地域活性化支援センター」といって、町が教室をシェアオフィスとして貸し出す事業を始めました。その第1号としてハバタクが入居し、五城目小学校と国際教養大学の連携授業「五城目で世界一周」の企画を皮切りに、地域のいろいろな人との出会いが生まれていったんです。

先ほどのシェアビレッジも、ここから歩いて行ける距離にあります。この2つの拠点が「出島」のような役割を果たし、外から人を呼び込んだり、地元の中で「何かやってみたい」と思う人が自然と迷い込んできたりして、2014年から15年にかけて、地域のあちこちで生き生きと新しい動きが始まりました。町に出る人が増えると、小商いが成立しやすくなります。

実際、カフェやパン屋、革職人のショップ、飲食店などが次々に誕生し、この10年で30店舗ほどのお店や場が新たに生まれています。また、BABAME BASEの入居企業も延べ40数社ほどに上ります。

そうした流れのなか、2023年末には「森山ビレッジ」も竣工しました。半径30km圏内の森林資源とコミュニティの力を活かし、デジタルデータをもとにしたものづくりの手法で、子どもたちをはじめ多くの人たちが家づくりに参加するというユニークなプロセスを経て生まれました。5棟からなる住宅群は、子育て世帯が居住したり、2地域居住用の住宅や、1棟貸しの宿泊施設として活用されており、新たな住まい方を実験する「ネオ集落」として営まれています。

森山ビレッジの設計に際しては、茅葺古民家や入母屋屋根、中門造りといった秋田の伝統的な農家の家の形をデジタルで再解釈。ユニークな「デジタル民家」が完成した。

森山ビレッジの設計に際しては、茅葺古民家や入母屋屋根、中門造りといった秋田の伝統的な農家の家の形をデジタルで再解釈。ユニークな「デジタル民家」が完成した。

教育留学がもたらす価値
地域同士が学び合える可能性

──学校教育についてもユニークな取り組みをしていますね。

五城目小学校が2021年に新校舎として生まれ変わる際、住民参加型の建築プロセスをサポートさせていただきました。「越える学校」というコンセプトのもと、学校・行政・町民が一体となってつくり上げたものです。校舎の中心部には町のライブラリーを新築し、誰もが気軽に訪れて学べる場所ができました。地域に開かれた学びの拠点であることが大きな特徴です。

さらに、この小学校を舞台に「みんなの学校」というプロジェクトも始まりました。0歳から100歳を超える方まで通える学びの場を目指す取り組みです。学校の中で社会教育講座を実施し、今年度は26講座を開講しています。人口8,000人弱の町でありながら、年間2,000人近くが参加しており、本当の意味で地域に開かれたプロジェクトになっています。

もう1つ、町が取り組んでいる壁を越える取り組みが「教育留学制度」です。県外の小学1年生から中学2年生までを対象に、1~2週間の短期間、町内の小中学校で受け入れています。非常にニーズが高く、募集を開始するとすぐに枠が埋まってしまうほどで、遠く沖縄から来る家族もいます。

「町の税金で域外の子どもに価値を提供している」と誤解されがちですが、実際は違います。小さな町で育つと、同じメンバーで幼少中を過ごす場合が多い。そこに他地域で育った子どもが加わることで、新陳代謝が生まれ、多様性が一気に広がります。むしろ地元の子どもたちのための施策と捉えることもできる。それが教育留学の面白さだと、数年間の取り組みを通じて実感しました。異質な存在と出会うことで好奇心に火がつき、創造性が引き出され、新たな学びを受け取ることができると考えています。

この仕組みは特別な条例を必要とせず、どの地域でも実現できるはずです。ぜひ、全国でどんどん真似してほしいですね。地域同士が相互に行き来しながら学び合うネットワークが広がっていく。そんな未来が生まれていくのではないかと期待しています。

あえて「ふつう」を目指し
学校の概念をアップデート

──鹿児島でも新たな学びの場づくりが進んでいると伺っています。

鹿児島県中央部の姶良市にある小さな廃校を舞台に、2027年4月の開校を目指して新たな小学校づくりを進めています。現地パートナーで複数の保育園を運営している古川理沙が、閉校になった旧新留小学校の前を通りかかったときに「競争入札」の看板を見つけ、私に声をかけてくれたのがきっかけでした。ハバタクを起こしたときから「公教育のモデルになるような学校をつくってみたい」と薄々は思っていたこともあり、「このチームなら面白いことができそうだ!」と乗り出しました。学校や保育園といった次世代が学ぶ場は、どの町にも必ずあるインフラですから、これを活かさない手はありません。

コンセプトは「ふつうの学校」です。定義や解釈に幅があって、物議を醸しやすい言葉ですが、本来「ふつう」とは「普く通ること」。特別なメソッドやカリスマに頼るのではなく、その地域の人材やリソースを活かし、子どもだけでなく地域や先生にとっても居心地がよく、学びが深い学校を目指しています。

教育を変えようとする試みは全国で数多くありますが、それを公立小学校へ転用するにはまだ隔たりがあると感じます。先進的な学校ができて、全国からクリエイティブな児童生徒が集まっても、地元の子どもはなかなか通えなかったり、スーパー校長先生が異動すると元に戻ってしまったりといった事例をいくつも見てきました。だからこそ、どの地域でも、その土地の関係性や風土に根ざしてつくれる学校のひな形を提示できればと思っています。

鹿児島県姶良市の小さな廃校を舞台に、着々と開校準備が進む「ふつうの学校」。地域からも大きな期待が寄せられている。

鹿児島県姶良市の小さな廃校を舞台に、着々と開校準備が進む「ふつうの学校」。地域からも大きな期待が寄せられている。

まだ開校できるか確定していない段階ですが、地元の方々が本当に期待してくださっています。やはり学校は地域のコモンズとして大切な場所なのだと改めて感じますし、五城目で積み上げてきた実践も鹿児島に還元できるはずです。いくつもの「ふつうの学校」が全国に生まれ、ネットワークして学び合い、留学制度などを活かして行き来する。そんな未来を描いています。教育委員会や文部科学省など、学校教育をリードする機関とも協力しながら、学校の概念をアップデートしていきたい。そうなれば、学校をハブとして、各地域でものすごく面白いことが起こるだろうと信じています。