秋田大学 「夢の実現」を掲げ、グリーン社会や超高齢社会に貢献
秋田鉱山専門学校などを前身に、76年の伝統を誇る秋田大学。今春、新学部が設置されて5学部体制となり、社会の多様なニーズに応える教育・研究機関へと進化を遂げている。教育研究の特徴や成果、今後のビジョンについて、2024年度から同大を牽引する南谷佳弘学長に聞いた。
「夢の実現」を掲げ
豊かな未来社会の実現を目指す
南谷 佳弘
秋田大学長
1986年秋田大学医学部卒業、86年同大学医学部附属病院胸部外科学講座入局。91年同大学大学院医学系研究科博士課程修了。92年コロンビア大学医学部留学、生理学教室客員研究員。2013年秋田大学大学院医学系研究科医学専攻腫瘍制御医学系胸部外科学講座教授、14年同大学学長補佐。19年同大学医学部附属病院長併任、同大学副学長。24年学長に就任、現在に至る。医学博士。専門はライフサイエンス、呼吸器外科学。
──秋田大学の将来像と目指すビジョンをお聞かせください。
本学では、自然豊かな地方において、「Society 5.0」が目指す未来社会を実現させることを目標にしています。
秋田県は住環境が豊かで物価も安く、非常に過ごしやすいところです。高度な専門職や研究者は、どうしても大都市圏に集中しがちですが、Society 5.0が現実となり、通信技術やAIの発達が進めば、必ずしも都会に住まなくても、仕事をはじめ、やりたいことができる社会が実現するはずです。本学では、そういった社会で活躍できる高度な専門職あるいは研究者の育成を目指しています。
また、「秋田大学改革プラン2024」をはじめ、各所で私は「夢の実現」というキーワードを掲げています。ここには、学生や教職員など、秋田大学に関わるみなさんの夢を後押ししたいという思いが込もっています。私はこれまで医療研究者として、あるいは外科医として、自分がなすべきことをする機会を数多くいただいてきました。次は、みなさんの夢の実現を手助けするのが自分の役割だと思っています。
新たな5学部体制により
世界を視野に地域に貢献する
──秋田大学では、どのような教育活動に力を入れていますか。
新しいところでは、2025年度から5つ目の学部として情報データ科学部が新設されました。理工学部の流れも汲んでいるので、コンピュータサイエンスだけではなく、例えば自動運転を担うロボティックスなどにも取り組んでいます。これから求められるのは、企業に勤めて何かを与えられるのを待つのではなく、自ら挑戦する姿勢ですから、アントレプレナーシップ教育にも力を入れています。
また、本年度から理工学部を改組し、総合環境理工学部としてバージョンアップしました。現在、世界中で取り組むべきGX(グリーン・トランスフォーメーション)に、本学としてもいっそう注力していこうという狙いです。
地方大学は、大都市圏の大学以上に地域貢献を求められていますし、私自身も医療従事者として地域貢献を一番に考えてきました。本学は先の2学部に加え、国際資源学部、教育文化学部、医学部の5学部体制で、地域に根付いた実学的な教育研究に重きを置いています。
一方で、昨今の国際社会においては、狭い地域に閉じこもっているわけにはいきません。例えば、国内で唯一資源学を体系的に学べる国際資源学部では、資源学教育の国際拠点となることを目指し、2年次以降の専門教育科目はすべて英語で行うなど、英語による専門教育に力を入れています。AIの普及で翻訳はできるようになったとはいえ、海外の仲間といい関係を築くには、やはり自分で英語を操れるほうが強いと考えているからです。
──リカレント教育については、どのような取り組みに力を注いでいますか。
昨年度、文部科学省の「リカレント教育エコシステム構築支援事業」補助金事業に採択され、県全体をカバーする形で「秋田リカレント教育プラットフォーム」を立ち上げました。本学が統括役を務めますが、ほかにも秋田高専、国際教養大学、秋田公立美術大学、日本赤十字東北看護大学など県内の教育機関、行政や金融機関、経済団体を含め、産官学金が一体となって、今まさにリカレント教育の強化が始まろうとしているところです。
リカレント教育というと、よく最先端のAIに関する講座が開かれていると思います。もちろんそれも大事ですが、企業の方の話を伺っていると、実はもっと基礎的な部分に関する学びの機会も必要なことがわかってきました。理工系の企業に勤めていても、中堅以上の世代ではITリテラシーが不十分なケースも多いと聞きます。そこで、今まさに必要とされているAI関連に臆せず飛び込んでいけるように、基盤となるような知識に重点を置いたリカレント教育を、企業の方々と一緒に取り組んでいこうと思っています。
あるいは、AI関連以外にも医療系のニーズも結構あります。医師も看護師も、求められる専門性が変わっていきますので、折々に改めて学び直す必要があります。その辺りもこれから構築していくところです。
学部教育も含めて、実務的なスキルを磨く上では、研究者教員だけでなく、実社会で経験を積んだ知見を持つ実務家教員の存在が欠かせません。既に本学でも、企業から客員教授として企業人をお迎えし、共同研究に進んでいるケースもあります。たとえ大学院の学位をお持ちでなくても、産業界にはある分野においてはエキスパートだという方が大勢いらっしゃる。ゆくゆくは、そうした実務家教員の方に本学内に研究室を持っていただき、学生の育成に貢献いただける体制を構築したいと考えています。
重点研究分野に注力し
脱炭素や医療DXの技術を先鋭化
──研究について、秋田大学の強みや特色をお聞かせください。
本学のような中規模大学では、全ての分野に満遍なく力を入れていくというのは難しい。研究担当理事と大学全体で本学の強みを改めて検討し、注力すべき5つの分野を特定しました。
1つは先ほども触れた国際資源学部におけるグローバルリソースに関する研究です。学科ではなく、学部として国際資源に特化した学部を持っているのは国内では本学のみと、非常に特色のある領域です。JICAとも連携協定を結び、開発途上国の持続的な鉱物資源開発や人材育成に貢献しています。
フィリピン・ルソン島北部のLepanto鉱山での実習。国際資源学部では、全学生が必修科目として3年次に海外資源フィールドワークに参加する。
2つ目がカーボンニュートラルの鍵を握るモビリティ電動化に関する研究です。内閣府の交付金を活かして、最終的には飛行機に乗せられるほどの小型モータの開発を行っており、今後、本学が重要な研究拠点になると見込んでいます。
電動化システム共同研究センターに導入された国内最大級のモーター特性試験装置。
3つ目はグリーンイノベーションです。秋田県は風力発電に関する取り組みが非常に進んでおり、海岸線沿いには多くの風車が立ち並び、クリーンなエネルギーを生み出しています。ただ、再生可能エネルギーは蓄電が難しいという課題を抱えています。そこで期待されているのが水素やアンモニアです。エネルギー問題の解決は地域貢献にも直結しますから、この領域にも大いに力を入れています。
タジキスタン共和国における地中熱ヒートポンプシステムの実証研究。エネルギーアクセス問題の改善を目指す。
4つ目の知能・応用では、AIやXR技術を活用した医療訓練支援、遠隔診療システムの構築、産業分野での応用研究を進めています。様々な自治体や企業のビッグデータを活かす分析センター設立も視野に入れています。
最後はライフサイエンスです。例えば、アレルギー疾患や免疫分野の基礎研究では、既にかなり高い水準の成果を挙げています。また、秋田県は高齢化率で全国トップを走る先端県ですから、認知症やフレイル予防などの医療DXを深めていくという取り組みも進めています。
──こうした研究の重点化に際し、組織上の工夫はありますか。
今年度から「未来研究統括機構」を設置し、本格的に活動を開始しました。「秋田大学改革プラン2024」の一環として、徹底した組織のスリム化と集約を経て創設されました。先の5分野の研究への重点的投資を行い、研究力アップにつなげていきます。
リサーチ・アドミニストレーター(URA)を重点的に配置しているのも特徴的です。研究に関して大きな課題だと感じるのは、研究者のみなさんが意外と「縦割り」だという点です。隣の研究室が何をしているか、ほとんど知らないことも珍しくありません。
そこでURAを大勢採用し、研究者や事務職員と連携して、様々な研究の横串を刺す役割を果たしてくれることを期待しています。研究戦略の立案や研究資金の獲得、研究成果の活用促進なども行い、学際的な研究でいっそうの成果を挙げていこうと考えています。
教育・防災減災での地域共創
産学連携で持続可能な医療を
──地域連携や社会との共創については、どのような取り組みがありますか。
地方創生の拠点として、2025年に「地域共創機構」を設置しました。先ほどお話ししたリカレント教育についても、この機構の1部門と位置づけています。ほかにも、分校の運営や地域連携・地域貢献活動を行う「地域協働部門」、防災教育に関することや行政への助言などの役割を担う「地域防災減災部門」の計3部門で構成されています。
一口に秋田県といっても、かなり広い県ですから、北部の北秋田市、東南部の横手市、西部の男鹿市にそれぞれ分校を設けています。各市とも連携しながら地域の様々なニーズを取り入れて、どのような展開ができるか探っているところです。
防災減災の面からも地域連携は非常に重要です。秋田県も最近、全国のご多分に漏れず、様々な災害が増えています。そこで地域の防災力強化を目的として、自治体と共同して防災計画を策定したり、住民参加型の「防災サイエンスカフェ」「地域防災に関する公開講座」を実施したりしています。
──産業界との連携についてはいかがですか。
今年の7月、エプソンの子会社である秋田エプソン株式会社と包括的な連携協定を結びました。同社とはこれまでも、迅速免疫染色技術をはじめとする先端医療機器の共同研究を進めてきた実績があります。本協定の締結を通じて、本学の学識・技能・知見と、同社の高度な製造技術・研究開発力を融合し、医療機器や産業技術の発展を目指した共同研究、技術開発、人材育成をいっそう推進していきます。
秋田エプソンとの連携協定締結式。医療機器や産業技術の発展を目指し、共同研究、技術開発、人材育成を推進する。
その他、私が直接関わるところでは、この7月に一般社団法人秋田大学イノベーションアンドコンサルティング(AUIC)を立ち上げました。医学部附属病院の医療DXセンター遠隔医療推進部門(AUTELM)と秋田県医師会が、公民館を拠点としたオンライン診療の実証事業を7月から開始しています。かかりつけ医と秋田大学医学部附属病院の専門医が連携し、地域住民の医療アクセス改善を目指すものです。
こうした取り組みの場合、研究者自身に還元するスキームが通常はありません。そこで、大学の知見と研究成果を社会実装する先進モデルの一環としてAUICも連携することにしました。地域医療の持続可能性を追求し、誰もが安心して暮らせる地域社会の実現を目指していきます。
──南谷学長が描く今後の展望、目標やビジョンについてお聞かせください。
最も大きな課題は人口減少です。近ごろ医療再編がよく言われますが、人口が減り続けるなか、医療は撤退戦にならざるを得ません。ただし、単に撤退するだけでは、その地域の方々が困ってしまう。医療にアクセスできるという機能を残しながら縮小するという最も難しい撤退戦になります。
私が学長になった背景には、ここをしっかり取り組みたいという思いがありました。今、厚生労働省の地域医療構想アドバイザーにもなっており、様々な地域の医療再編に自ら乗り出して関わっています。
ここは秋田県が真剣に取り組まなければいけない課題ですから、県をはじめ各行政機関と連携しながら、持続可能な体制を構築したいと考えています。