1人1台環境をめざして、学校現場に必要なデバイスとICT環境

【第3部】

コンピューターを教具から文房具へ変えていくためには、子どもたち全員がいつでも使える『1人1台』の学習環境が求められる。文部科学省の「GIGA スクール構想」の推進により、全国レベルで学校現場の ICT 活用が大きく前進する段階にきた。1人1台環境の学びはどのように進めていくべきか、国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの豊福准教授に聞いた。

豊福 晋平

豊福 晋平

国際大学 グローバル・コミュニケーション・センター 准教授・主幹研究員
1967年北海道生まれ。横浜国立大学大学院教育学研究科修了、東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程中退、1995年より国際大学 GLOCOM に勤務、専門は学校教育心理学・教育工学・学校経営。長年にわたり教育と情報化のテーマに取り組む。主なプロジェクトとして、全日本小学校ホームページ大賞(J-KIDS大賞)企画運営(2003~2013)、文部科学省・学校の第三者評価の評価手法等に関する調査研究「学校からの情報提供の充実等に関する調査研究」(2008)、文部科学省・緊急スクールカウンセラー等派遣事業・東日本大震災被災地のための学校広報支援「ともしびプロジェクト」(2011~)など。
趣味は猫と写真とランニング。座右の銘は「未来を予測する最善の方法は、それを発明してしまうことだ」(アラン・ケイ 1971)

1人1台環境では活用頻度の向上が、学びの質を高める

神谷:これまで学校の ICT 活用といえば、コンピューター教室に移動して使用したり、学校共用の端末をグループに1台配付して使うというケースが多く見られました。しかし、「GIGA スクール構想」の施策が進められると、多くの学校で子どもたちが普通教室で1人1台のコンピューターを使う環境が整備されます。1人1台になると学びはどのように変わるのでしょうか。

豊福:その質問については「SAMR(セイマー)」モデルで説明するのがよいでしょう。SAMRモデルとは、学校現場における ICT 活用レベルを示すモデルで、「Substitution(代替)」「Augmentation(増強)」「Modification(変容)」「Redefinition(再定義)」の頭文字を集めた用語です。ICT 環境ごとに、どのような学習が可能になるかを4つのタイプで示しています。

教育情報化のSAMRモデル

学校現場における ICT 活用レベルを示した「SAMRモデル」。

出所:豊福晋平(2019-2020)

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まず、1人1台の環境が整備されていない今の日本は「Substitution(代替)」の段階に当てはまります。この環境では、教師が授業の中で ICT を教具として使い、子どもはほとんど使いません。GIGA スクール構想がめざすのは、1人1台環境で使う「Augmentation(増強)」の段階です。この環境では子どもたちは PC に触る時間が圧倒的に増え、学習者中心の文具的な活用が可能になります。

さらに毎日 ICT を活用する学習が高度化する「Modification(変容)」「Redefinition(再定義)」の段階では、学びの個別化・協働化・社会化がなされ、その先には教育課程の転換も起こります。

神谷:1人1台環境が整備されて、子どもたちも学習で使えるようになると、さらに学び方が変わっていくのですね。

豊福:そうですね。ただ、私がいつも強調しているのは、SAMR モデルでは1人1台環境を示す「A」の段階が最も重要だということです。1人1台になると、子どもたちが ICT を活用し、扱える情報量が圧倒的に伸びるという環境が生まれますが、ここで月1回しか使わない教師・子どもと、毎時間使う教師・子どもとでは、経験のレベルに差が生まれ、その先にある学びの見え方や認識も異なってきます。

アナログからデジタルへ、学び方を大きくシフトするような活用頻度の向上をめざしていかない限り、学びの質は高まらないし、学びの変革も起こらないのです。つまり、デジタルシフトがないとデジタルトランスフォーメーション(DX)は生まれないということです。そのためにも導入したコンピューターが活用されず『埃をかぶったまま』という状況にならないよう、日常的に使える ICT 環境の整備が求められます。

デバイス選びで考えるポイントと、最低限必要な ICT 環境とは?

神谷:ここからは具体的に学習者用コンピューターについてお話を聞かせてください。1人1台環境では、学習者用コンピューターをどのように選択すべきか、教育関係者の関心は非常に高いです。豊福先生は、機種選択の際はどのようなポイントが大事だと思われますか?

豊福:学校現場に導入される機種は、Windows、Chromebook、iPad、これら3OS のどれかになります。前提として、選定に携わる『大人たち』は3OS の見た目や操作性の違いに悩みますが、使う側の『子どもたち』は機種に関係なくすぐに使えるようになります。ただ考慮したいのは、ローマ字入力ができない低学年です。

海外では5年ほど前まではタイピングが苦手な低学年に iPad を導入する傾向がありましたが、昨今は家庭ですでにタブレットを使用している機会が多いことから、低学年からキーボード付きのコンピューターを導入するケースが増えてきました。

神谷:なるほど。海外では、そのような傾向があるのですね。確かに、低学年にどのデバイスを与えるかは、学校関係者の方が頭を抱える部分かもしれません。ただ、私もいろいろな小学校に取材に行きますが、最近は3年生でローマ字を習うのを待たずに、2年生の段階から休み時間に遊び感覚でコンピューターに触る時間をつくってタイピングを伸ばすという取り組みをされている学校もあります。

子どもたちは意外にも、キーボード入力に対しては前向きで、『大人と同じ感じでかっこいい』と思う子も多いですよね。

豊福:あと、学校関係者は、授業が止まってしまうことにとても敏感で、デバイスの堅牢性や安定感も心配されます。不具合は多いのか、落としたら画面が割れてしまうのか、そんな心配があるのもわかりますが、私のなかでは、使われないデバイスほど故障しやすいという経験則があります。つまり、日常的にデバイスを扱う習慣がなければ、子どもたちは操作に慣れないばかりか、自分の道具として大切に出来ません。

これは当たり前のことですが、デバイスが壊れても学習への影響が少ないのであれば、雑に扱ってしまいがちですよね。

神谷:それは、とてもよく分かります。子どもたちが文房具として必要不可欠だと思えることが故障率の低下につながるということですね。ただ、どうしても子どもたちの使い方を見ていると壊れてしまうこともあるので、学んだデータが無くなってしまうことだけは避けたいですね。

豊福:今、最も多くの自治体や学校が Chromebook を選択している理由のひとつが、それだと思います。Chromebook は端末にデータが残らず、すべてクラウド上で保存するので、もし壊れても予備機の Chromebook があればすぐに元の学習環境が復元できます。これに対して、iPad や Windows はデータが端末に残る仕様なのでどうしてもキッティングが必要になり、学習環境の復元に時間がかかります。

その結果、学習が止まってしまう場合もあります。また、端末とクラウドは切り離して設計することも重要です。例えば、iPad を導入しても G Suite や Microsoft 365 を使用している学校は多いのですが、これは AppStore で提供している授業支援などのアプリが iPad 上でしか使えないため、他 OS の端末で同じように使いたいときに制限が生じるからなのです。

直感的な操作性の良さを評価して iPad を導入する自治体や学校も多いですが、本来は自宅端末の活用などを意識しながら端末の OS に依存しない学習環境を考えておくことが重要なのです。

これからの端末利用環境で考察すべきポイント

  • 故障・破損時の学びの持続のために代替予備機の整備を(修理より代替を推奨)
  • ネットワークはクラウド常用に備えた高速帯域化が必要(バックボーン強化、Wi-Fi6対応)
  • 校外利用(例:コロナ禍における家庭利用)を前提とした通信のアクセス環境保証が必要
  • 全教室で大型提示装置の常設化、黒板/ホワイトボードとの住み分け
  • 学校配備に加え、将来的に『端末を持ち込む』事を考慮した電源設備へ
  • 授業だけでなく、保護者や児童生徒との迅速かつ柔軟な連絡手段(ライフライン)など学びの環境全体を考える
  • 教室内利用を前提とした授業支援システムよりも、学習者の持続的な学びを保証するクラウド LMS/MDM 活用の方が重要

神谷:端末管理の面についてはどうでしょうか。学校関係者は端末管理をどうするか、この点も頭を抱えられるポイントだと思うのですが。

豊福:それについては、Chromebook が一番優れています。Chromebook は、Google の純正 MDM である「Chrome Education Upgrade」を使って、何千台、何万台もの端末をクラウド上で一括管理できます。これに対して、iPad の MDM は Apple 純正の製品より、サードパーティ製品を使うのが一般的なので、ランニングコストが発生してしまうケースがあります。

Windows については独自の管理端末ツールである「Intune for Education」を GIGA スクール限定で特別価格提供をする事になったので期待はできますが、実績が少ないため実際の利用環境でどこまで機能するのか言い切れないところが現時点での課題です。端末管理、学習環境の復元、セキュリティ面を総合的に考えると、Chromebook は最も教育利用に向いているデバイスだと私は思いますね。

3OSオフィススイートとLMSの対応

LMS(Learning Management System)
インターネットを通じて、eラーニングコンテンツを配信するプラットフォーム
MDM (Mobile Device Management)
学校や企業で貸与される大量の端末を効率よく管理する為に開発されたシステム。スマートフォン、タブレット、ノートPCなどのモバイル端末と利用者のアカウント情報を紐付けたり、ブックマーク、利用可能なアプリなどを一気に設定できる。セキュリティ対策として、データを遠隔から削除したり、端末を完全にロックしたりする事もできる。

出所:豊福晋平(2019-2020)

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神谷:なるほど。昨今は、教師の働き方改革への対応も迫られているので、端末管理など現場の負担が少ない端末を選びたいものですね。

豊福:そうですね。ちなみに ICT 活用について取り上げるときは、いつも学習面の話が多いのですが、私は学校の ICT 活用は教師の働き方改革にもメリットをもたらすと話しています。紙を印刷せず、クラウド上でファイル管理ができますし、転記や転写の手間も省けます。

GIGA スクール構想では、インフラや機器整備の話ばかり注目されますが、教師の働き方改革など、さまざまな課題を複合的に捉えて整備を考えることが重要です。

神谷:GIGA スクール構想については、単なる1人1台環境の実現ではなくて、子どもたち、教師、保護者にとって新たな学習基盤の確立なのだと、豊福先生のお話からよく分かりました。子どもたちが将来、本当に社会で通用する力を身につけるためにも、これまでとは違う、大胆な発想で ICT 活用を進めてほしいと願っています。

デジタルシフト(情報密度100倍)の効果は学習面に限らない

1人1台環境が整備されると、教師の業務もデジタル化され、働き方改革にもつながる。

出所:豊福晋平(2019-2020)

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2030年の教育政策に向けて、VUCA の時代を生きる子どもたちのために

神谷:豊福先生には最後、これからの教育についてお話をお伺いしたいです。GIGA スクール構想による整備が終了し、1人1台環境が実現した後、長期的に教育はどのような方向に変わっていくのでしょうか。

豊福:そのひとつの方向性を示したのが「OECD ラーニング・コンパス(学びの羅針盤)2030(※参考:https://youtu.be/_9NlJvMcOxM YouTube設定にて日本語字幕表示可能)」です。これは教育の未来像を描いたもので、教育の最終目標は「経済発展のための企業人材育成」ではなく、「個人や社会全体のウェルビーイング(幸福)」であるとし、それを達成するための学習の枠組みを提案しています。

テクノロジーの進化が激しく、先の予測がむずかしい『VUCA(Volatility=変動性、Uncertainty=不確実性、Complexity=複雑性、Ambiguity=曖昧性)』と呼ばれる時代、子どもたちに求められる能力は、自ら変革を起こすために目標を設定し、責任ある行動がとれる力で、これを「学習者のエージェンシー」(student agency)と呼び、教育はその能力を後押しすることが役割だと提唱しているのです。

つまり、世界の教育現場ではすでに、テクノロジーではなく、人間の豊かさや社会の幸せなど根源的なものに向き合い、その課題解決に取り組む学びを実践し始めています。一方で、日本の教育は、未だ教師主導の授業から脱却できず、ICT 活用も進められていませんが、果たしてこの境地にたどり着けるのでしょうか。

これからの1人1台利活用で学びを大きく変えていく必要があります。

~対談を終えて~

日本の学校現場は長年、『教育とはこうあるべき』、『学校とはこうあるべき』という既成概念に縛られていました。それが、教育全体の質を高めるために機能した時代も過去にはあったでしょうが、一方で、ICT などの新しい学びの手段を遠ざけてきた事実は否めません。学ぶことを自らアップデートできない学校で、子どもたちが未来をたくましく生き抜く力を身につけることはできるでしょうか。

VUCA の時代を生きる子どもたちのためにも、学校の挑戦が求められます(神谷)

神谷 加代

聞き手:神谷 加代

株式会社インプレス 『こどもと IT』編集記者
2010年に、10年在住したサンフランシスコから日本へ帰国。その後、フリーランスライターとして8年間、教育ICT分野の取材・執筆に携わり、現在は教育専門メディアの編集記者。日本へ帰国してから、子供の小学校生活を通して日本とアメリカにおける教育の違いを体験し、なかでも教育現場のテクノロジーに対する考え方や取り組み方に課題を感じて、ライターとしての活動を開始した。フリーランス時代に、取材で訪れた学校は300校以上。著書に『子どもにプログラミングを学ばせるべき6つの理由「21世紀型スキル」で社会を生き抜く』(共著、インプレス)、『マインクラフトで身につく5つの力』(共著、学研プラス)など。

"withコロナをきっかけに考える 新しい学びのカタチ" の連載記事

【第1部】コロナ禍で見えた学校現場の課題 これから目指すICT活用とは?
【第2部】コンピューターを教具から文具へ。学習者中心のICT活用に必要なポイント