【リーダーの構想】強みの掛け算で生む希少性 ブルーオーシャンで選ばれ続ける事業構想
循環器を専門とし国内外の病院で医師として勤務した経験を持つ株式会社エリクシア代表取締役・産業医の上村紀夫氏は、2008年にロンドン大学ロンドンビジネススクールで経営学修士(MBA)を取得し、戦略系コンサルティングファームでの勤務を経て、2009年2月に同社を設立した。医療・心理・経営・法令/労務という四つの領域を組み合わせ、企業のメンタルヘルス対策や離職防止に取り組んできたエリクシアは、設立から17年が経過した現在、東京都千代田区紀尾井町に本社を置き、産業医サービスやストレスチェック、研修、経営コンサルティングなどを提供している。上村氏に、自身の強みを起点に独自市場を見つけて事業領域を切り開いてきた歩みと、今後の展望を聞いた。
医師から経営者への転身
上村氏が医師から経営者への道を歩んだ背景には、複数の要因が重なっている。専門性を突き詰めても、同じ領域の専門医が集まる学会に出れば代わりの利く存在にすぎないと感じたこと、そしてアメリカでの勤務時代に先輩医師から掛けられた何気ない一言をきっかけに、ビジネススクールという選択肢を知ったことが重なったという。ロンドンビジネススクールでの留学を経て帰国後は戦略系コンサルティングファームを経て、2009年2月にエリクシアを設立した。
差別化の秘訣
エリクシアの経営を貫く発想は、上村氏が「掛け算」と呼ぶ考え方にある。一つの領域から染み出るように事業を広げるのではなく、あえて独立した複数の強みを掛け合わせることで、他にない希少性を生み出すという発想だ。上村氏は、医師としての経験で得た医学知識、もともと得意としていた複雑な事象を整理し単純化するフレームワーク構築力と個人・集団双方への心理的な対応力、そして戦略系コンサルティングファームでの経験で得た事業運営の視点という四つの要素を組み合わせ、この掛け算を体現してきたと説明する。市場調査を起点に事業領域を選ぶのではなく、自身の強みが最も生きる市場を選び取るところから事業を組み立ててきた点も特徴だという。
株式会社エリクシア代表取締役・産業医の上村紀夫氏
創業時に産業医という領域を選んだのも、この強みの掛け算に基づく判断だった。当時、産業医領域では医学的知見を軸とした支援が中心だったため、経営や組織運営の視点を組み合わせることで独自性を出せると考えたためだ。当時の産業保健領域では、健康診断や作業環境管理など、身体面・職場環境面の健康管理が中心だった。そうした中で、現場で企業の課題を見ていくうちに、メンタルヘルスが今後の重要なテーマになると捉え、上村氏は同領域を事業の柱として位置づけるようになったという。
独自市場で磨かれた、企業課題を読み解く力
エリクシアは産業医サービスを起点に、従業員意識調査型のストレスチェックサービス「ココロモニター」、メンタルヘルス・健康管理クラウドサービス「EL-Navi(エルナビ)」、研修サービス「ココロラーニング」などを展開してきた。これらは単なる周辺サービスではなく、企業が抱えるメンタルヘルス課題を多面的に支えるために広げてきたものだという。産業医業務に付随して寄せられる人事・労務、メンタルヘルス対応などの相談実績は、現在までに累計5万件程度に上る。
こうした相談の蓄積は、個々の不調対応にとどまらず、企業課題を読み解く知見へとつながっているという。一見すると個別の相談に見える案件も、複数の企業から寄せられる相談を重ねていくと、組織運営上の共通課題として浮かび上がってくる。エリクシアでは、こうした知見を各現場で完結させるのではなく、フレームワークとして蓄積し、他の事例にも応用することで支援の精度を高めてきたという。長年にわたり蓄積してきた知見やフレームワークをまとめたのが、2020年3月に上梓した著書『「辞める人・ぶら下がる人・潰れる人」さて、どうする?』(クロスメディア・パブリッシング)だ。上村氏によれば、この出版を機に問い合わせや講演依頼も増えたという。
信頼で広がる、1社1社に向き合う事業モデル
エリクシアはこれまで、弁護士や社会保険労務士、税理士などの専門家や、企業の人事担当者など、企業課題に近い立場にある人々からの紹介を通じて顧客基盤を広げてきた。紹介を受けてきた背景には、医療の視点だけでなく心理・経営・労務の観点を踏まえ、より安全で実行可能な対応策を提案してきたことがあるという。メンタルヘルスや労務対応は画一的なサービス提供では解決しにくく、専門家から見ても安心して紹介できる支援先であることが、信頼の広がりにつながってきた。その結果、紹介された企業の一社一社と深く向き合う機会が生まれ、個別の事情に応じた伴走型の支援が磨かれてきたという。こうした支援の積み重ねが、顧客企業との長期的な関係を生み、現在も契約継続率98パーセントという高い水準につながっている。
専門的な見立てを現場の判断につなぐ
企業のメンタルヘルス対策では、施策を増やしても不調者が減らないケースは少なくないと上村氏は指摘する。重要なのは、不調の傾向や背景にある組織課題を見極めることだが、それを一つの立場だけで捉えるのは難しい。人事担当者は自社の事情に詳しい一方、類似ケースに接する機会は限られる。対して、産業医や精神科医は多くの事例から傾向を捉えやすいものの、その見立てを企業の制度や組織運営に即した対応策へ落とし込むことには難しさもある。
エリクシアの強みは、まさにこの見立てと実行の間をつなげられる点にある。医療・心理の知見に、経営や人事・労務の視点を重ね、現場で実行できる対応策を提示する。上村氏はその支援を、状況に応じて目的地までの経路を示す「地図アプリ」に例える。課題解決まで伴走し、人事担当者や管理職の判断負担を軽減してきたことが、選ばれ続ける理由の一つだという。
AI時代に高まる価値
今後はAIの普及により、情報整理や一般的な助言は自動化が進む可能性がある。もっとも、人事・労務・メンタルヘルス対応の現場では、必要な情報を適切に整理してAIに入力すること自体が難しい場合が少なくない。情報が不足したままでは、AIが示す対応策も実際の状況に合わない可能性がある。だからこそ、不足している情報を引き出し、状況を見立て、対応策の妥当性を判断する専門性が求められるという。エリクシアはAIツールそのものを開発するのではなく、AI時代にも必要とされる判断支援の領域で専門性を磨いていく方針だ。既存サービスを時代の変化に合わせて進化させながら、より大規模な企業にも支援を広げていく考えを示した。
医師としてのキャリアに限界を感じたことを出発点に、上村氏は医療・心理・経営・法令労務という異なる専門性を掛け合わせることで、企業のメンタルヘルス対策における独自のポジションを築いてきた。信頼を軸に一社一社と向き合う事業モデルを土台に、AI時代における判断支援の専門性を磨きながら、より大規模な企業への支援拡大を見据えるエリクシアの次の展開が注目される。