特集1 企業ニーズを捉えた産学共創によるリカレント教育の最新事例とは?

急速なデジタル化、技術革新の進展などを背景に、知識やスキルの陳腐化が早まっている。こうした中、大学でのリカレント教育が果たすべき役割は大きい。本特集では「リカレント教育の新展開」をテーマに、取材を通じて、最新の取組みを探り、今後を展望した。(編集部)

企業ニーズを捉えた
産学共創のリカレント教育

急速なデジタル化、生成AIなど技術革新の進展などを背景に、知識やスキルの陳腐化が早まっている。また、人生100年時代と言われる中、大学卒業後も学び続けることが、企業の持続的な成長にとっても、社会人個人にとっても求められている。

こうした中、知の拠点たる大学でのリカレント教育が果たすべき役割は大きい。一方で、大学が社会人向けに展開するリカレント教育に対しては、企業や社会人が求める学習ニーズを適切に捉えているのかといった課題を指摘する声もある。

そこで、産学共創によるリカレント教育を展開する大学・企業の取組みに注目が集まっている。また、こうした産学共創によるリカレント教育を政府も後押ししている。例えば、経済産業省「共同講座創造支援事業費補助金」は、企業等が、大学・高等専門学校等の高等教育機関において、自社が必要とする専門性を有する人材の育成を図るための講座やコース・学科等を設置することを目的として費用を支出する際、当該費用の一部を助成する事業を展開している。こうした取組みを通じ、企業の求める人材を高等教育機関において育成する環境を整備し、もって、産業界のニーズに即した人材育成の加速化を図ることが狙いだ。

同事業に採択された取組みをいくつか紹介したい。まず、長崎大学が進める水中ドローンの研究と、コミュニティメディアが持つメタバース関連の専門的な知識を組み合わせた「海洋デジタルツイン講座」だ(➡こちらの記事)。

メタバース関連知識と技術を学び、海をフィールドとした3DCGを活用したバーチャルリアリティー空間の作成、海洋構造物や海洋環境のデジタルツインによる可視化、制御に活用することができる人材の養成を目指している。

同講座の開講は、2022年度に続き2回目。23年度は、基礎コース(5回)に加えて、前年度の基礎講座の受講者を主な対象にした応用コース(5回)を新規開講した。基礎コースでは、前半でデジタルツインに関する基本的な知識と構築ワークフロースキルを、多様な産業の事例踏まえて学ぶ。後半では各自デジタルツインを制作し、成果発表まで行う。応用コースでは実務にも応用できる海洋デジタルツイン構築に必要な専門的技術を習得していく演習を行う。そして、演習で学んだデータ構築技術を活用し、各々の分野における海洋デジタルツインを活用したシステムを提案。最終回では、一般向けにも参加者を募集し、受講生のアイデアを広く発信していく場にしていく。

また、山形大学データサイエンス教育研究推進センター(YUDS)と東京本社で山形県に営業所を置く企業どうぐばこが共同で開講したのが「データ駆動型課題解決スキルセット講座」だ(➡こちらの記事)。同講座は、企業内研修制度と学生スキルアップ講座を融合した社会人と学生の共同講座。全10回のプログラムで構成され、前半は参加者による座談会と講義を通して、統計解析や機械学習の基礎を学び、演習でデータ可視化のアプローチの考え方を学ぶ。そうして得た知識を活用し、後半は実データを用いて、企業が抱えるニーズや課題に対するアプローチの検討に入る。具体的には、学生と社会人をミックスした2グループに分かれ、東京の出版社のオンライン学習サービスの実データを用いて、教材のブラッシュアップに、どうデータを活用していくかを検討した。

産官学金連携のコンソーシアム
で実践的リカレント教育を展開

企業にとってデータサイエンティスト育成の必要性が高まっている中、2017年4月に日本で初となるデータサイエンス学部を開設した滋賀大学は、2019 年4月にはデータサイエンス研究科を開設し、IT 企業や製造業をはじめとした幅広い業界から多くの社会人を受け入れてきた。

そうした中、データサイエンス領域で高まる企業ニーズに応じて、様々なプログラムを提供する「企業のための人材高度化コース」を展開している(➡こちらの記事)。

同コースは、企業の要望に応じてオーダーメイド研修会の提供・開催、大学院データサイエンス研究科への企業派遣社会人の受け入れなどを行っている。その取り組みの一つに、トヨタグループとの連携で行う研修プログラム「機械学習実践道場」がある。2017 年以降、7 年間継続して実施し、トヨタグループのエンジニアをビッグデータ分析の指導者(中核人材)候補として育成している。年を経るごとに入門生が増えていき、現在は250 人規模まで拡大。トヨタ自動車との自動運転分野の共同研究へと発展している。

続いて、「ふくい企業価値共創ラボ」は、大都市圏の中核人材を、福井県の経済成長を担う地域企業とマッチングし、経営課題解決に取り組むプログラムだ(➡こちらの記事)。外部中核人材の登用により地域企業に付加価値を創造し、地域活性化を図る。参加者には、実践型リカレント教育を実施し、参画企業とのマッチング・定着までフォローするという。本プログラムは、協同組合全国企業振興センター(通称:アイコック)、福井県、福井県立大学、福井銀行・福邦銀行による産官学金連携のコンソーシアムで運営されている。

プログラムの対象は、大都市圏で活躍する専門性・スキル・マネジメント能力を有する中核人材で、福井県立大学の協力研究員として受入れられる。協力研究員は半年間、福井県に住みながら、福井県立大学のリソースを活用したリカレント教育を受講し、マッチング先企業での経営課題解決に取り組みながら、地域事業および自身の付加価値づくりに挑戦していく。また、その地域の魅力や可能性を発見し、大都市圏以外で働く機会を得ることもできる。地域企業にとっても外部人材の知見やスキルを活用し、経営課題の解決策を図るまたとない機会になる。

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日本のリカレント教育の課題
今後のあるべき方向性とは?

本特集では、産学共創によるリカレント教育の実際を追ったほか、リカレント教育をめぐる課題などについても検証した。大阪教育大学教授の出相泰裕氏には、成人学習の阻害要因や、大学院に進学する社会人を増やすためには、何が重要なのか、そして今後のリカレント教育の方向性について話を伺った(➡こちらの記事)。

続いて、東京通信大学教授の加藤泰久氏には、多忙な社会人がオンライン学習に取り組めるようにするために、どのような工夫が必要なのか、学生1人ずつに割り当てている「アカデミック・アドバイザー(AA)」と呼ばれる専任教員など、東京通信大学の取組みなどを伺った(➡こちらの記事)。

また、文教大学准教授の種村聡子氏には、全国各地で観光分野の人材育成が進められている中、その現状や、求められる人材要件、観光経営人材の育成モデルに関する研究などについて話を伺った(➡こちらの記事)。

最後に、愛知大学教授の加藤潤氏には、日本のリカレント教育の課題や、日本において、社会人の学び直しを促進するためには、どのような政策や制度設計が求められるかについて話を伺った(➡こちらの記事)。

本特集では「リカレント教育の新展開」をテーマに、企業・大学、有識者への取材を通じて、現状の課題感や実際の取組みを探り、今後を展望した。リカレント教育に取り組む企業や大学等の一助となれば幸いだ。