「こんな時代」に本居宣長を読むとは?

社会構想大学院大学 社会構想研究科では、社会のグランドデザインを描き、実装できる人材を養成している。本連載では社会構想家の実践から、「グランドデザイン」について解説。本稿では、実証主義的に「日本とは何か」を考え抜いた国学者、本居宣長を取り上げる。

202506_084_1

先﨑 彰容(せんざき あきなか)

社会構想大学院大学 社会構想研究科 研究科長・教授
専門分野:日本政治思想史/戦後社会史/日本倫理思想史
担当科目:社会構想概論/社会システム論

先日、ある政経塾で講演をする機会があった。お題は「本居宣長と日本」。ずいぶんとお堅いタイトルである。衆参議員も多数輩出している民間の政経塾で、新年第一回の講演は、心清々しく、改めて「日本とは何か」を語ってほしいという依頼内容である。

私は一昨年に、拙著『本居宣長 「もののあはれ」と「日本」の発見』(新潮選書)を上梓していて、その内容を事前に予習していることを条件に、50名ほどの若手の政治家志望者が集った。ではそもそも、本居宣長とは何者なのだろうか。馴染みの薄いことは十分にこちらも把握済みだ。そこで丁寧に、とても丁寧に、ここでも話を進めていこう。

本居宣長とは、江戸時代の国学者である。1730年に生まれ、1801年に亡くなった。その間、膨大な著作を遺していて、一番有名なのは『古事記伝』である。今日、『日本書紀』よりも『古事記』の方が親しみを感じるとすれば、それは宣長先生のおかげである。彼が『古事記』こそ最重要の古典だと言って、精密な解釈を施したからだ。

でも、宣長先生は、戦後、大変評判が悪かった。戦前の皇国史観を作ったのは、宣長のような日本神話を重視する国学者のせいだ、と批判されてしまったためである。確かにいろいろ読んでみると、ものすごい政治的なことも言っている。でも、それだけなら、戦前に日本中心主義や日本精神論など、腐るほどたくさんあった。

ではなぜ、宣長をふくめた国学者は、最近でも学者の心をつかんで離さないのだろうか。大学で真面目に研究されつづけるだけの魅力をもっているのか。とりわけ、昨今、「日本人ファースト」を掲げる政党の躍進が言われ、世界中を見回しても、あからさまに自国中心主義がせり出してきている。こういう時代からこそ、「日本とは何か」について、徹底的に考え抜いた国学という学問について、お正月、少し考えてみませんか? という塩梅で講義をはじめてみたのだ。

実証主義的に日本古典を読む

そもそも、日本を肯定する発言は、「神国思想」としてはじまった。時代はなんと、末法思想流行の時代にまでさかのぼる。末法思想とは、仏教版終末思想のことで、時代は末法の世に入ったのだから、日本はもうダメだ、悪がはびこり救わないというネガティブな時代である。そこに、文永・弘安の役という対外的危機が重なる。

日本など「粟散辺土」にすぎないのではないか――こうした否定的な日本観に対して、それはちがう!と言ったのが、北畠親房の『神皇正統記』だ。書かれたのは1340年前後のこと。親房はいう、「我國は神國なれば、天照大神の御計にまかせられたるにや。」一見すると、親房も宣長もおなじようなことを主張しているのだが、実は、決定的にちがう部分があり、それが国学を国学たらしめているのである。

宣長が登場するより、ずいぶんと前だと気づいてもらえればよい。宣長は師匠のような存在として、契沖と賀茂真淵という人がいるのだが、彼らは江戸時代の人である。そして江戸時代は、まずは儒学が大流行した時代だった。彼ら儒学者にとって、聖典は四書五経などの中国古典である。だから大陸への憧れが強烈だった。自分の名前を中国風に書いたりする者まででてきた。

一方で、同じ儒者のなかでも、勉強は勉強、国家にかんしては別! とばかりに、日本を中心に考えるべきだと主張する者もでてきた。佐藤直方という儒学者はいう、「吾国天地ひらけて以来、正統つづき万世君臣の大綱不変のこと、これ三綱の大なる者にして、他国の不及処にあらずや。其外武毅丈夫にて、廉恥正直の風天性根ざす。中興よりも教聖賢出て吾国をよく治めば、全体の道徳礼儀、何の異国に劣ことあらん」。なんとも強い言葉である。本居宣長の周辺には、こうした言葉は溢れかえっていた。では、宣長が、過去の北畠親房とも、江戸時代の佐藤直方とも違うのは、どういう点なのか。

それは、仏教や儒教の思想で日本古典を解釈することを拒絶し、実証主義的に日本古典を読んだことにある。とても冷静だった。なにせ、日本語文法を徹底的に極めた結果、今日、私たちが高校の古典で習う「係り結びの法則」を発見したりしたのだから。こうした宣長という冷静な実証主義者が発見した「日本」はどんなものなのか。詳しくは拙著『本居宣長』を読んでもらうとして、ここでは最後に、宣長研究の第一人者・丸山眞男先生による日本思想の特徴を紹介して、筆を擱くことにしよう。

1丸山先生は、『日本の思想』という、超有名な本のなかで、日本人は普段は外側の思想や制度ばかりを信じ込み、どんどん輸入して何の違和感ももたずにいるという。だから伝統や過去は、例えば、驚いた際に、思わず「国訛り」が出てしまうように、つねに思い出され、またすぐ忘却されてしまうのだという。

どーも最近、「日本人ファースト」とかいう言葉が飛び交って、日本人は日本自身に興味があるらしい。でも、丸山先生を参照すると、現在は、「国訛り」が突然、出てきている時代なのかもしれない。その丸山先生が、最も真剣に研究に取り組んだのが、江戸時代の国学や儒学だった。だとすれば、江戸時代の自国に対するものの考え方を学ぶことは、今、実はトレンドなのかも? しれない。