観察によって社会のあり方を見出すには:今和次郎に学ぶグランドデザイン

2024年、社会構想大学院大学に設置された社会構想研究科。社会のグランドデザインを描き、実装できる人材の養成に取り組んでいる。しかしそもそも、社会構想、グランドデザインとは何なのか?それなしには今日の世界があり得なかった12人の社会構想家の実践から、同研究科の教員がリレー形式で解説。

同時代の社会を緻密な観察を通じ
研究する「考現学」の提唱者

大谷 晃

大谷 晃

社会構想大学院大学 専任講師
専門分野:地域社会学、都市社会学、政治社会学、社会調査論(質的調査)
担当科目:現代社会論、社会政策論
中央大学大学院文学研究科社会学専攻博士後期課程修了。博士(社会学)。東京都立川市の都営団地自治会を中心に、地域社会に長期的に関わる参与的行為調査を行う。中央大学法学部兼任講師等を経て現職。

「フィールドワーク(field work)」を通じた社会構想のあり方とは、どのようなものでありうるだろうか。連載第4回は、歩く学問の優れた先達である、民俗学者・建築家の今和次郎こんわじろう(1888-1973年)の実践を取り上げ、上記の問いに対するヒントを考えてみたい。

今は、青森の弘前に医者の子として生まれた。上京後、東京美術学校で装飾や建築のデザインを学ぶと、早稲田大学で建築学者の佐藤功一の助手となり、その後教授となる。佐藤ら建築学者と、柳田國男ら民俗学者による研究グループ「白茅会」に参加し、全国の農山村の民家の外観や間取りのスケッチを行った。このときの研究成果を取りまとめたのが、著名な『日本の民家』である。

そして、1923年の関東大震災を契機に、都市における観察調査を中心とした「考現学(Modernologio)」を打ち出していく。これは、柳田國男らの民俗学が過去の人びとの生活に目を向ける「考古学」であったのに対し、現在の街における建物や人びとという存在に目を向ける、科学的な観察の方法を確立する試みであった。

今は仲間たちと街にくりだし、バラック住宅や看板などの物件的ものから、道を行く人びとの服装やふるまいまで、「路傍の石」のように道端に転がっているさまざまな対象のデータを採集し、記録していった。

誰からも顧みられることのない
社会の細部に焦点を当てる

さて、このような今和次郎の歩みと学問から、どのような社会構想のあり方を学べるだろうか。

今和次郎(1888-1973年)提供:工学院大学

第1に、彼の歩く学問・観る学問は、極めて素朴な観察記録を生み出す挑戦的な仕事であった。藤森照信も指摘しているように、彼の学問は徹底的に「目に見える」ものを捉えようとしたものであった。彼の著作をめくっていくと、無数の建物のスケッチや、街を歩く人びとの服装や髪型を集計した結果をまとめた表など、その膨大な「野良仕事」の記録に圧倒される。

民俗学や社会学は、「目に見えない」人びとの語りや生活、意識や文化に着目しがちであり、そのような方法論も確立されている。一方で、確立された領域や既存の理論に頼りすぎると、取りこぼされてしまう現実も多く生んでしまう。

まさにいま焼け野原から復興していく東京のありさま、人びとの生きざまを描き残す彼の学問は、私たちが先行きの見えない社会を捉えていく際に、大きなヒントを与えてくれる。社会構想をするために、きわめて愚直に、基本的な観察を重ねていくことの重要さ、新たな学問をつくるという挑戦的な面白さを伝えてくれるのである。

第2に、彼の学問は、社会の主流から見落とされ、見過ごされ、些末と思われている人や物事をすくい上げ、別様の社会を描くことで、現代社会に問いを投げかけていく試みであった。

今は『考現学入門』の冒頭、東京のモダンな建築に対して流行から取り残されていく、ブリキ屋のユニークな作品を登場させる。そして、そのブリキ屋に自身を重ね、共鳴する。同じく民俗学の分野で著名な宮本常一は、膨大な聞き書きの記録から『忘れられた日本人』を著したが、今の作品はいわば路傍に転がっている「忘れられたモノ」の観察記録である。

こぼれ落ちた物事を観察により
すくい上げることが社会構想の第一歩

当然であるが、社会を構想するというのは、私たちが現状の社会のあり方に対して問題意識を持っているからこそである。どのような人びと、物事が見落とされ、見過ごされてきたのかを提起していくことが、社会構想の第一歩と言える。

現代の多くの大学ではフィールドワークをはじめとする現地調査が重要視されている。本学でも、社会構想研究科の「フィールドリサーチ」のように実際に地域社会の現場に足を運び、目で見て、人びとの声から学ぶ科目が設置されている。

私たちの学び、社会構想への問題意識は、経験から出発する。アメリカの社会学者C・W・ミルズがかつて「社会学的想像力(the sociological imagination)」という概念を用いて提起したように、個人的・個別的な問題(trouble)を公的問題(issue)としていく力が、社会構想には重要である。

本稿では、今和次郎という人物を取り上げたが、関心を持たれた読者はぜひ彼の本を手に取って頂ければと思う。経験的研究として彼が残した、その野心的で遊び心のあるスケッチは、いまも我々の社会構想の取組みに語りかけてくれる。

【参考文献】
赤瀬川原平、藤森照信、南伸坊(編)、『路上観察学入門』ちくま文庫、1993年。
今和次郎、『考現学入門』ちくま文庫、1987年。
『日本の民家』岩波文庫、1989年。
Mills, C. Wright. The Sociological Imagination, Oxford University Press, 1959.