社会構想のプロフェッショナル養成機関としての社会構想研究科
社会構想大の3つ目となる新研究科、社会構想研究科。現状を学術的に把握した上で、社会のあるべき姿を描き、政策やソーシャルビジネスを通じてそれを実現できる人材を育成する。だがそもそも社会構想とは何なのか?社会構想研究科ではそれをどう教えるのか?所属教員が全12回のリレー形式で解説する。
社会構想家に必要な4つの要素

富井 久義
社会構想大学院大学准教授
専門分野:社会学
担当科目:社会学基礎理論、実践研究法Ⅰ・Ⅱ、産業社会学ほか
博士(社会学、筑波大学)。専門はボランティア論・市民社会論・環境社会学。主な研究業績に「森林ボランティアの社会的意義の語られ方」(2017、『環境社会学研究』第23号)、「新型コロナウイルス感染症は遺児世帯の生活にどのような影響を及ぼしたか(1)」(2021、『社会情報研究』第2巻第2号)など。
社会構想とは何であるかを、社会構想研究科の教育研究に即して述べてきた本連載も今回で最後となる。最終回ではこれまでの連載を振り返りつつ、社会構想のプロフェッショナルとはいかなる人材であり、社会構想研究科とはいかなる場であるかをあらためて確認することにしよう。
連載第9回で見たように、舩橋晴俊の定義によれば、社会構想とは「望ましい社会についてのイメージをその構成原理の水準で提示するもの」であり、「(1)その時点での社会の問題点・欠陥の指摘、把握、(2)それらが何に起因するのかの解明、(3)望ましい人間社会のあり方の提示、(4)現在の状態から望ましい社会への変革過程・変革方法についての主張、という4つの大きな主題を持つ」1。
社会構想研究科が目指すのは、このように定義される社会構想をみずから描き、その実践に取り組むことのできるプロフェッショナルの育成である。では、そのような人材に求められる要素とはなにか。これまでの連載を踏まえると、つぎの4つを挙げられる。
第一に、社会や組織のグランドデザイン、すなわちよりよい社会を創るための未来の設計図を描く力である(連載第1回・第2回)。未来設計図は、人びとに共鳴や触発をもたらすものであることが求められ(連載第9回)、そのための鍵は、これまでとは別様の社会を構想するための想像力・創造力を発揮することにある(連載第3回)。
第二は、現実を観察する力である。社会構想は、たんに理想のみを追い求めるものではない。複雑かつ多様で、社会全体の持続可能性に影響を及ぼす現代社会の直面する課題に取り組むためには、現実と理想をバランスよく見据えるアプローチが必要となる(連載第11回)。現実を見極めるために現場に入り込み、リアルな人びとの想いや営み、さまざまな資源を五感でとらえ、気づきを得るための具体的な方法論には、現場での観察、インタビュー、体験等をおこなうフィールドリサーチが挙げられる(連載第10回)。さらに、現在直面する諸課題について対話を重ねること、そして「善き市民である」とはどういうことかを考える市民的リテラシーを涵養すること(連載第8回)も、社会の理想と現実をとらえる視座として重要性を持つだろう。
第三は、社会構想を実現するための行動力と、人びとを動かす仕掛けをデザインする力である。みずから描く社会構想の理念を、戦略・デザインに落とし込み(連載第5回)、それを人びとに伝えていくにあたっては、社会課題を具体的な数字で可視化する「描く技術」、問題意識を共有できる人や組織とつながり、未来に向けて協業できる組み合わせを生み出し続ける「つながる技術」、感情を揺さぶるコミュニケーションで人びとを「動かす技術」が要点となる(連載第4回)。また、みずからの社会構想を練り上げるのみならず、関連する行政機構等の仕組みを知ったうえで、ときに制度変革を求めてそこにみずからはたらきかけていくことも必要になるだろう(連載第8回)。社会構想はひとりの力だけで実現するものではなく、そこに共鳴・触発される人びとと共につくりあげていくものであるからこそ、そうした人びととつながり、動く仕掛けを考えることは欠かせない要素となる。
第四は、こうした社会構想の理念・戦略・デザインについて意見を交わす場をもつことである。「社会」構想であるからには、その構想や理念は公共性を帯びることが期待される。その戦略やデザインもまた、人びとに開かれたものであることが求められるだろう。そうした社会構想は、志を同じくする人びとのあいだで議論をかわし、その意義や手法の妥当性、実現可能性を吟味することで研ぎ澄まされる性質をもつ。社会構想をめぐり大いに議論を交わし、そのもつ公共哲学をたたかわせる「コーヒー・ハウス」のような場(連載第6回)。それが社会構想研究科である。
構想の要はスケールの大小よりも
社会の平和と繁栄につながるか
社会構想研究科は、社会構想のプロフェッショナルに求められるこれら4つの要素を学生に提供するカリキュラムを有し、また、学生ひとりひとりがそれぞれの社会構想を体系的に描くのに伴走するにふさわしい教員陣を擁する。
学生ひとりひとりが描く社会構想は、多くの人びとに影響を与える「グランドデザイン」から、日常の些細な気づきを起点にもつ事業や取り組みに至るまで、そのもつ射程はさまざまでありうる。そのなかで社会構想研究科は、その射程のスケールというよりも、むしろひとつひとつの社会構想のもつ哲学・理念・戦略・デザインそれぞれの妥当性こそを問うていく。その妥当性は、社会構想の結実が社会の平和と繁栄につながるかどうかという観点で判断されることになるだろう。
すでに社会構想を描き実践に取り組んできた方々はもちろん、これから社会構想を描いていきたい方々にも、社会構想研究科の門は開かれている。社会構想を志す仲間同士、それぞれの社会構想について大いに議論を交わし、実践に取り組んでいこうではないか。
【注】
1舩橋晴俊, 1996,「社会構想と社会制御」井上俊ほか編『社会構想の社会学』岩波書店, 1-24.