構想を現実から遊離した「妄想」としないために不可欠なフィールドリサーチ

社会構想大の3つ目となる新研究科、社会構想研究科。現状を学術的に把握した上で、社会のあるべき姿を描き、政策やソーシャルビジネスを通じてそれを実現できる人材を育成する。だがそもそも社会構想とは何なのか?社会構想研究科ではそれをどう教えるのか?所属教員が全12回のリレー形式で解説する。

実際の現場を内側から観察する
フィールドリサーチ

河村 昌美

河村 昌美

社会構想大学院大学 社会構想研究科 教授
専門分野:公民共創、地域創生、新事業構想など
担当科目:社会起業 構想実践
元横浜市政策局共創推進室。事業構想大学院大学教授、産業能率大学経営学部兼任教員。行政や企業の新事業構想や地域活性化に関する講師や委員、顧問等を多数務める。著書に『公民共創の教科書』(共著、事業構想大学院大学出版部、2020年)など。

筆者は、社会構想研究科(以下、「本研究科」)の特徴的な科目の一つである「社会起業構想実践」を担当している。

「グランドデザイン構想実践」とともに本研究科の教育の実践部分を担う同科目は、具体的な地域や組織をフィールドとし、「社会や組織のグランドデザインを構想・実装する能力」と「社会貢献と経済活動の好循環を実現する能力」を、実践を通じて育成することを目的としている。

この科目において中心となるメソッドの一つが、フィールドリサーチである。

社会構想における
フィールドリサーチの重要性

社会構想とは、社会の理想的な姿を描いたうえで、「その実現のための戦略的ストーリーであるグランドデザインを描くこと」と「それを戦術的に実装するための事業を創ること」の両輪に取り組むことと筆者は理解している。そしてそれは、リアルな人々が生きる社会の構想である以上、現実から離れたものであってはならない。

当然だが、人が何らかの物事を構想する場合、まずそれは思考空間で行われる。しかし、構想が自己の思考空間に留まっている限り、その多くの部分が思い込み・妄想の域を超えることはない。

構想を現実に即した、手触り感のあるものにするためには、文献による学びや思考を深めるだけでなく、演繹と帰納、つまり思考空間と現実空間の往復による問題発見と仮説検証が不可欠である。

より具体的に言えば、社会構想を志す者は、先行研究や理論を学びつつ現場に入り込み、リアルな人々の想いや営み、様々な資源を自己の五感で感じ、気づきを得ること、そしてその気づきを、経験や専門的知見を用いながら構造的・理論的に分析し、現場からの本質的な課題を発見するとともに、未来のあり方や解決策を試行錯誤しながら構想することが求められる。

その契機となるのが、現場での「観察」、「インタビュー」、「体験」を行うフィールドリサーチに他ならない。

書物からは得られない学びの
源泉としてのフィールドリサーチ

情報学者・脳科学者の安宅和人は著書『イシューからはじめよ』(英治出版、改訂版2024年)において、イシュー(問題)に立ち向かうには論理だけでは駄目で、情報が持つ複合的な意味合いを考え抜く必要があり、そのためには二次情報だけではなく、自ら現場に出向き一次情報を掴むこと、さらにそうして掴んだ情報を自分なりに感じることが不可欠であると述べている。

また、イノベーション研究の第一人者であるクレイトン・クリステンセンらは著書『イノベーションのDNA』(櫻井祐子訳、翔泳社、新版2021年)において、イノベーターが持つべき能力として、①質問力、②観察力、③人脈力、④実験力、そして、それらから得た材料を⑤関連付ける力を挙げている。

①~④はまさに現場でのリサーチによって培われる能力であり、⑤にも現場でのリアルな体験が活きるであろう。これらのことからも、社会構想におけるフィールドリサーチの必要性が理解できよう。

社会構想研究科における
フィールドリサーチのありよう

本研究科第1期生らの「社会起業構想実践」では、千葉県白子町に協力をいただき、同町を実践フィールドとし「グランドデザイン構想実践」と合同で、公式情報やネット上の情報だけでは気づき得ない・知り得ない自治体のリアルを体感し、町の未来・課題解決に資する社会構想を進めている。

学生は、授業としての公式な訪問に加え、イベントやワークショップへの参加、町めぐり、旅行など、様々な形で自主的に白子町を訪れ、リサーチを行っている。町の多くの方々のご厚意にも与り、半年で多くの気づきや知見を得、人脈を作っている。

フィールドリサーチ前後の気づきや意識、情報の変化を学生に尋ねたところ、「資料やデータは見ていたが、実際に出向いてリアルな町の空気感や住民の表情、生の声を聞かなければ、本当の課題に気づくことはできなかった」、「住民のため、行政担当者のために良い提案がしたいという想いが強くなった。それは、真摯に向き合ってくれる町の皆さんとのコミュニケーションの成果と感じた」といった嬉しい回答があった。社会構想においては、現場に入り込むことが重要であると改めて実感させられた。

これら実践講義においては今後、他地域でのフィールドリサーチも行えるよう検討を進めているところである。今後も学生と共にリアルな現場を知り、一つでも多くの地域の実態に即した社会構想を行っていきたいと考えている。

読者の方々にもぜひ本研究科の門を叩いていただきたく、寺山修司の名言を一部お借りして本稿を終えたいと思う。「一緒に書を読んで、町へ出よう!」