グランドデザイン構築に向けて、まずは国の仕組みを理解しその動きを注視せよ

社会構想大の3つ目となる新研究科、社会構想研究科。現状を学術的に把握した上で、社会のあるべき姿を描き、政策やソーシャルビジネスを通じてそれを実現できる人材を育成する。だがそもそも社会構想とは何なのか?社会構想研究科ではそれをどう教えるのか?所属教員が全12回のリレー形式で解説する。

社会のグランドデザイン構築には
地方制度の理解が不可欠

西田 淳一

西田 淳一

社会構想大学院大学教授、元・大阪市西淀川区長、元・大阪府商工労働部長
専門:地方制度、地方政策
担当科目:総合政策概論
1979年中央大学法学部卒業、三井物産株式会社入社。2012年同社を早期退職、公募にて大阪市西淀川区長に転身、区政・市政改革を推進。16年大阪府・市副首都推進局企画担当部長、17年大阪府商工労働部長。22年京都大学公共政策大学院修了。公共政策修士(専門職)。大阪経済大学経済学部客員教授を経て、24年4月より現職。高知県関西・高知経済連携強化アドバイザー、舞鶴市成長戦略アドバイザーほか。

社会構想とは、公共空間に軸足(対象領域)を置き、人々の社会活動から生じる公共性を伴った課題に対して、社会の「より良いあり方」をグランドデザインすることであると、筆者は捉えている。

その際にプラス、マイナスの両面で必ず影響してくるのが、公共空間を形作る国の地方制度や統治機構である。その現状や課題への理解を深めることで、描く構想の実行性が担保でき、グランドデザインがより確かなものになる。

この認識に立ち、筆者は総合商社と自治体の現場で積み重ねた実務経験による「実践知」をもとに、日本の地方制度や統治機構の現状や課題、その中で押えるべき論点を講義で紹介している。

その中から、動きを注視すべき2つの事案を以下、例として紹介する。

中央集権から地方分権へ、
そして再び中央集権へ

1990年代半ばより政府や民間、大学などの有識者が「地方分権改革」に精力的に取り組んだ結果、2000年に「地方分権一括法」1が施行され、理念において、国と地方の関係が「上下・主従」から「対等・協力」のそれへと変わった。

「上下・主従」の象徴であった、国から自治体(首長)への「機関委任事務」の廃止(第1次地方分権改革)や、不十分ながらも地方の財源強化にメスを入れた「三位一体の改革」2などが実現された。

地方自治の主体である地域住民には、当時も今も恐らくほとんど知られていないが、明治以来、変わることなく続いてきた日本の中央集権体制(筆者はその実態から「霞ヶ関官僚体制」と呼んでいる)の基本となる理念が、地方分権の方向に180度変わるという、画期的な変化が起こったのである。

この結果、例えば、自治体や地域住民(団体)がより主体的に独自性をもって計画を立てることや、条例を新たに制定し修正を加えることも可能になった。

しかしながら、改革当初から10年を経た頃より、理念はそのままに、自治体からの提案を受け国が判断するという、「提案募集方式」3なる国主導のあり方に再度、変わってきている。改革は続いているが、実際には形を変えた「上下・主従」の関係に再び戻っている現状は否定できない。

立ち消えになった「道州制」
をめぐる議論

もう1つは、国の統治機構を多極分散型に変革する「道州制」をめぐる事案である。

地方分権改革の一環、あるいはそれに併走する形で、道州制の導入に向けた検討が、小泉内閣(2001年4月~2006年9月)の時より本格化し、「第28次地方制度調査会」が答申をまとめた。

引き継いだ安倍政権のもとで、「道州制特区推進法」4が制定(2006年12月)。これを受け、「道州制ビジョン懇談会」で道州制の具体的答申(中間報告)がまとめられ、民主党政権を経て第2次安倍政権に引き継がれた。結果、2014年に自民党道州制推進本部で「道州制推進基本法案」(骨子案)の修正案が作成された。

しかし、それが国会に上程されることはなかった。以降、統治機構の改革には踏み込まない「地方創生」事業(「まち・ひと・しごと創生法」)が主流となった。国主導への回帰と言えるこの動きも、見逃してはならない。

新政権も、「道州制」には触れず、国主導で「地方創生」事業をさらに強化しようとしている。制度疲労と言われて久しい「霞ヶ関官僚体制」は更に強まっている状況にある5

もし修正法案が国会に上程され、審議を経て可決されていたなら、国と地方の関係は、中央集権から多極分散型(道州制)へと大きく変わっていたであろうし、社会構想の研究テーマや対象、グランドデザインも異なっていたであろう。

2012年から大阪府市で、道州制にも関係する都構想や副首都ビジョンの作成に関与した者として、残念な思いで受けとめている。

国の動きを知るためには
自ら情報を取りに行くことが必要

これら2つの事案が示す通り、現状では国(霞ヶ関官僚)主導のあり方に戻りつつあるが、このような国と地方の行政の動きは外部からは掴みづらい。

地方制度や統治機構の現状や課題をグランドデザインに適切に反映させるには、公開情報の活用と合わせ、みずから省庁や自治体に積極的にアプローチし、情報を入手する必要がある。入手する情報の質と精度を上げることで、冒頭で述べたようにグランドデザインが確かなものとなり、実行性が高まる。励行をお勧めする。

筆者は、政府や有識者で議論や答申は尽くされたが、いわば8合目で登頂を止め、そのまま雲隠れしてしまった「道州制」の研究を続け、実行性あるグランドデザインの作成に取組み、講義でも紹介していく考えである。

【注】
1 正式名称は「地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律」(1999年法律第87号)。国から地方への権限や財源の移譲を進める法律の総称。
2 国庫補助負担金・税源移譲・地方交付税の3つを一体として見直すという、小泉元首相がリーダーシップを発揮した分権改革。
3 2016年第5次地方分権一括法より開始。
4 正式名称は「道州制特別区域における広域行政の推進に関する法律」(2006年法律第116号)。条件を満たせば北海道だけでなく他の府県にも適用が可能。
5 地方分権や道州制の必要性を早くから著書などで発信してきた大前研一氏は最近、憲法8章(地方自治)の改正、統治機構、選挙制度の改革を、新政権は先ずやるべしとの見解を述べている。