社会構想研究科がその構築能力の涵養を目指すグランドデザインとは何か
社会構想大の3つ目となる新研究科、社会構想研究科。現状を学術的に把握した上で、社会のあるべき姿を描き、政策やソーシャルビジネスを通じてそれを実現できる人材を育成する。だがそもそも社会構想とは何なのか?社会構想研究科ではそれをどう教えるのか?所属教員が全12回のリレー形式で解説する。
用例から考えるグランドデザイン
下平 拓哉
グランドデザインとは何か。その言葉はよく聞くものの、定義はなかなか見つからない。語を前後に分解してみたところで、助けにはならない。デザインについても、定義は様々であるからだ。
そこで、グランドデザインとは何であるのか、この語のいくつかの用例を手がかりに考えてみよう。
ホーキング博士の場合
2018年3月14日、車椅子の天才科学者として知られたスティーヴン・ホーキングが亡くなった。
この日は奇しくもアルベルト・アインシュタインの誕生日。筋委縮性側索硬化症(ALS)と闘いながら、独創的な宇宙論を展開。最も太陽に近い恒星のケンタウルス座アルファ星へと探査機を送るデザイン(構想)も発表している。
著書『ホーキング、宇宙と人間を語る』では、人間の歴史を「世界はどうなっているのか?」と問い続け、「ひとつひとつ秩序ある法則を積み上げてゆく歴史」であると総括している。
その原題は、ずばりThe Grand Design 。ホーキングはグランドデザインを「宇宙の偉大な設計図」と表現している。人間は自分たちが生きているわからないことだらけの宇宙や世界に、秩序ある法則を見出し、宇宙の設計図を描いてきたというのである。
「新しい資本主義の
グランドデザイン」の場合
一方、日本でグランドデザインと言うと、2023年6月16日に岸田文雄政権で閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」が記憶に新しい。
新しい資本主義の実現に向けて、あらゆる政策を総動員して、成長と分配の好循環を促進し、日本を新たな成長軌道に乗せるものであり、官民の連携を通じて、社会的課題を解決する経済社会システムを構築しようとしている。
すなわち、人、科学技術・イノベーション、スタートアップ、GX・DXへの投資などあらゆる具体的な施策を講じて、日本の設計図を描いているのである。
ヴィクター・パパネックの場合
先にデザインの定義はさまざまと述べたが、この分野の古典、ヴィクター・パパネックの『生きのびるためのデザイン』ではどのようになっているかを見ておこう。
パパネックによると、デザインは「どう役立つべきか」という問いを原点としているという。つまりは、社会(あるいは人々)が本当に必要としている「モノ」とは何か、それが社会で果たす役割とは何かを追求するものである。
また、デザインは「横」「空間」のつながりだけではなく、「縦」「時間」のつながりによっても形成されるものであり、「より良く生きるための道具」として共有されることが重要であると述べている。
ミクロからマクロまで、あらゆる
スケールにおける未来図の作成
これらの手がかりから分かるのは、グランドデザインとは設計図を描くことであり、それは同時に未来を描くことでもあるということだ。その射程は、宇宙、世界から、国、地域、会社、組織、さらには個人、魂にまで及ぶ。
例えば、フランスで最も愛された王アンリ4世には、大計画と言われた夢があった。実現には至らなかったが、永久平和のために、キリスト教国家間の国際連盟のようなものを構想していた。その孫ルイ14世は、太陽王と言われ、ヴェルサイユ宮殿の造営に象徴されるようなフランス絶対王政全盛期を築いた。これらもグランドデザインの一例であろう。
未来予測が困難な時代にこそ
必要な未来図作成の能力
現在、世界の複雑な社会的課題を解決するために、デザイン思考が大いに活用されている。しかし、クーパー・ヒューイット国立デザイン博物館キュレーターのシンシア・スミスは、衝撃的な問題を提起している。世界の全人口の90%が、私たちの多くにとって当たり前の製品やサービスを、全くと言っていいほど受けられていないというのである。
この残りの90%の人々の生活を良くするには、ライフスタイルを改善する具体的な「モノ」が必要で、その「モノ」を作る上で、デザインの役割は欠かせないと指摘している。
もちろん、デザイン思考は万能というわけではない。しかし、未来予測が困難な時代だからこそ、未来を語り、未来を創っていくことが大切である。
エイブラハム・リンカーンは、「未来を予測する最良の方法は、未来を創ることだ」という言葉を残している。グランドデザインとは、より良い未来を創るための新たな未来の設計図を描くことではないだろうか。これが今のところの仮説である。
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