ローカルな課題を研究することで逆説的にも身に付く普遍的な社会構想力
社会構想大の3つ目となる新研究科、社会構想研究科。現状を学術的に把握した上で、社会のあるべき姿を描き、政策やソーシャルビジネスを通じてそれを実現できる人材を育成する。だがそもそも社会構想とは何なのか?社会構想研究科ではそれをどう教えるのか?所属教員が全12回のリレー形式で解説する。
現実を直視しつつ理想の
未来を描く力としての社会構想力

中村 玲子
社会構想大学院大学 社会構想研究科 客員教授
専門分野:公共政策、公共経済学
担当科目:地域社会論
公共政策修士(ハーバード大学)、経済学博士(コロンビア大学)。内閣府個人情報保護委員会委員(常勤)、総務省地方財政審議会委員(常勤)、政策研究大学院大学教授などを経て現職。著作に「統計から読み解く人口減少と一極集中」(『地方財政』、54(4))など。
筆者は社会構想研究科にて「地域社会論」の講義を担当している。「社会構想」という言葉はダイナミックで魅力的に聞こえるが、その具体的な中身は様々で、「社会構想力」を培う教育内容についても、統一されたスタンダードはまだ確立されていない。そこで本稿ではまず「社会構想力」について、自身の講義内容も踏まえつつ私見を述べる。
現代社会が直面する課題は、複雑かつ多様であり、単純な解決策では対応できない。人口減少や高齢化、産業構造の転換、さらには災害リスクの増大といった問題は、地域という枠組みを超え、社会全体の持続可能性に影響を及ぼす重大なテーマである。
これらの課題に取り組むには、「現実」と「理想」をバランスよく見据えたアプローチが必要であり、そのための力が「社会構想力」ではないかと考える。
社会構想力の中核は、現実を直視しつつ理想の未来を描き、その間をつなぐ具体的な計画を構築する力にある。このプロセスには、現状把握に基づくリアリズムと、より良い未来を想像するビジョン、そしてそれを実現するための具体的な実行力が求められる。
課題解決の第一歩は、現実を正確に把握することである。地域社会の課題は一見、ローカルな現象に見えるが、その背景には国全体の政策や国際的な経済動向、歴史的な文脈が関係している場合も多い。
例えば、人口減少は単なる数値の変化ではなく、地域経済の停滞や社会インフラの維持困難といった多面的な影響をもたらす。このように現実の複雑性を捉える力は、社会構想力の基盤である。
現実を直視するだけでは、課題解決にはつながらない。その先にある理想の未来を描き、希望を持たせるビジョンが必要である。例えば、人口減少を逆手に取り、デジタル技術を活用しSDGsにも貢献する形で、人口減少と共存できる地域社会を構想することも一つの方法である。このような未来志向の力は、関係者に希望を与え、行動を促す原動力となる。
現実と理想の間をつなぐものとして、先人の知恵や広い視野、幅広いネットワーク、そして粘り強さが重要な役割を果たす。過去の成功例や失敗例に学び、それらを応用することで、現実に即した具体的な計画を設計することが可能になる。多様な関係者との合意形成を促す力も、このプロセスにおいては不可欠である。
社会の縮図たる地域を題材に
構想力を身に付ける「地域社会論」
以上を踏まえ「地域社会論」では、地域課題をテーマに社会構想力の向上を目指している。地域社会に関連する多様なテーマを取り上げ、受講生が幅広い視点で課題を捉え、現実的な解決策を考える場を提供している。
地域社会の課題は、人口動態や財政、産業構造、地域資源といった多岐にわたるテーマを含む。それらの背景や因果関係を構造的に学ぶことで、受講生は課題を一面的ではなく多角的に理解する視点を得る。
講義に加えて、受講生同士が互いの経験や視点を共有することも重視している。社会人大学院大学においては、異なるバックグラウンドや専門性を持つ受講生同士が互いの知識や経験を共有し、新たな視点を得る機会が豊富にある。ディスカッションや意見交換を通じて、幅広い視野を持つことが促進される。
講義やクラスルームでの経験を通じて得た視点や思考は、地域社会の枠を超え、広く社会全体に応用可能である。視野の広さや柔軟な思考は、政策立案やソーシャルビジネスなどにおける現実的な課題解決において大きな力を発揮しうるものである。
地域課題を出発点としつつも、社会全体の持続可能性を見据えた学びの場、それが「地域社会論」である。この講義を通じて受講生が得る視点やスキルは、地域課題の解決だけでなく、広く社会全体の未来を構想する力となりうる。
地域の未来を描く力は
広く社会全体に応用可能
地域課題は一見、ローカルな問題に見えるが、その中には社会全体の動向を反映した縮図が存在する。こうした課題に向き合うことは、社会構想力を高める貴重な学びのプロセスであり、それを基に広い視野で未来を描くことが求められる。
社会構想力は、現実を的確に把握し、理想の未来を描き、それを実現可能な形に変える力である。「地域社会論」は、地域社会を切り口にこの力を育む場であり、受講生が地域課題を越えて社会全体に貢献する力を身につけることを目指している。
未来を描くことは容易ではない。しかし、先人の知恵や広いネットワーク、多様な視点を取り入れ、困難を乗り越える粘り強さを持つことで、現実と理想をつなぐ道筋を見出すことができる。この講義を通じて得られる学びが、地域社会にとどまらず、社会全体の未来に向けた挑戦への大きな一歩となることを期待している。