マネジャー育成の3つの核心 「準備」「ネットワークづくり」「点検」

近年、マネジメントの難易度は上がり、管理職に就くことへの抵抗感は強まっているとも言われる。こうした状況において、マネジャーを育成するためには何が重要となるのか、また、どのようなスキル・能力を育む必要があるのか。産業能率大学・米井隆教授に話を聞いた。

マネジャーになる前の段階から
育成の機会を提供すべき

米井 隆

米井 隆

産業能率大学 経営管理研究所 マネジメント研究センター 主席研究員/総合研究所 教授
明治学院大学経済学部卒、立教大学大学院 ビジネスデザイン研究科博士前期課程修了(経営管理学)、株式会社セブン-イレブン・ジャパン、サントリーフーズ株式会社勤務を経て、学校法人産業能率大学総合研究所教授。階層別研修、次世代リーダー育成研修、ビジネススキル研修・テーマ別研修など、多数の研修を手掛ける。

── マネジャー育成において、重要なポイントをどのように考えていますか。

私はマネジャー育成において、「準備」「ネットワークづくり」「点検」の3つが重要であると考えています。まず「準備」とは、マネジャー候補者に対して、知識やスキル、マインドなど、マネジャーになるための準備機会を提供するものです。

近年、マネジメントの難易度はかなり上がっていると考えています。人材不足や業務の多忙化、プレイングマネジャー化、働き方やキャリアに対する価値観の多様化など、様々な要因が挙げられます。実際、こうした状況において、若手社員の間ではマネジャーになることへの抵抗感が強まっているようです。

私がマネジャー候補者に対する研修でよくお話しするのは、マネジャーを「やりたいか、やりたくないか」という軸と、「向いているか、向いていないか」という軸についてです。「やりたいか、やりたくないか」は本人の意思なので、「やりたくない」と宣言することもできるでしょう。ただし、「やりたくない」という判断が一時の感情によるものなのか、きちんと検討した上でのものなのかを考える機会を設けることが欠かせません。

そもそもマネジャー職に対する理解の解像度が粗いために、漠然としたイメージで「やりたくない」と考えている可能性もあります。実際にマネジャーになることのネガティブな側面とポジティブな側面を整理してもらう話し合いを研修で実施してもらうと、意外なことに双方とも思いのほか出てきません。

ネガティブな部分としては、「忙しそう」「ワークライフバランスが崩れそう」「責任に見合う給料が得られない」などの声がよく聞かれます。一方でポジティブな部分については、「周りを巻き込んで結果を出せる」「影響力の高い仕事ができる」といった話は出るものの、それ以上の意見はなかなか出てきません。

それは普段、自分が見聞きしている範囲内でしかマネジャーの仕事を理解していないからです。例えば給料について言えば、マネジャーに昇格した直後は、残業代がつかなくなって一時的に手取りが減るという現象があります。しかし、これを5年や10年の期間で見たとき、マネジャーの方が生涯獲得賃金は上回るのが日本企業の一般的な姿です。もっと視野を広げて、マネジャー職への理解を深めることが準備として大切です。

「向いているか、向いていないか」については、実際にやってみないと分からないところがあります。自分では「向いていない」と思っていても、やってみたら向いている人もいますから、「向いていないから、やらない」という選択肢で果たしていいのかは、踏み込んで考える必要があります。マネジメント経験を積むことはその人自身の成長にもつながるものです。マネジメント経験が自分自身の成長にどのようにつながっていくのか、考える機会を提供する必要があると考えています。

そもそも、上司が嫌々マネジャーをやっている職場の部下は不幸です。マネジャー昇格の辞令が出るタイミングになってから意志を固めるのでは遅く、頑張ってみるための素地を早くから整えてあげることが不可欠です。マネジャーになる前の段階から、育成の機会を提供することが重要なのです。

「ネットワークづくり」で
マネジャーの孤立を防ぐ

── 「ネットワークづくり」や「点検」は、どういった取組みになりますか。

同じ時期にマネジャーになった「管理職同期」のコミュニティをつくることは大切だと考えます。理由は2点です。一つは部署横断的な調整能力の向上や、大きな仕事をする上での土台としてのネットワークが構築できるからです。マネジャーには、他部門との調整が期待されることも多いでしょう。社内のネットワークを構築することは必要不可欠です。

もう一つは「相談できる関係」をつくることができるからです。マネジャーの多くは弱みを見せられない、自分の悩みを相談できないと感じています。そうした孤立を防ぐために、気軽に相談できる仲間がいる環境を整えておくべきです。

その他には、社外でのネットワーク構築にも意義があるでしょう。メンバーを育てる立場になるということは、マネジャー自身にも成長志向があるかが問われます。社内にいるだけでは固定観念に縛られがちですし、社外の人とのつながりは、視野を広げるきっかけになります。

「点検」とは、自分のマネジャーとしての仕事ぶりについて、内省する機会を持つことです。多忙な業務の中で、自分で内省の機会をつくるのは難しいマネジャーもいますから、組織として提供してあげるべきです。

「点検」はネットワークづくりにも紐づいています。「他のマネジャーはどのような悩みを抱えているのか」「どうやって物事を解決しているのか」「部下をどのように育成しているのか」など、仲間と話し合うことが「点検」につながります。

「対話する力」や
「人間関係の構築力」が重要に

── 先行き不透明な時代において、マネジャーに求められるスキルや能力は、どのように変化していると見ていますか。

マネジメントの基本は変わらないと思います。職場の方向性を示し、その方向性に共感するチームをつくり、必要なリソースを獲得しつつ、PDCAをしっかりと回して成果をあげていくという基本自体は変わりません。

しかし先行き不透明な時代においては、マネジャーが全ての方向性を示してチームを牽引し、全員がそれに従うというマネジメントスタイルは難しいと思います。それよりも、それぞれのメンバーが自分の能力を発揮できる環境を整え、一人ひとりがリーダーシップを発揮する「シェアド・リーダーシップ」のようなスタイルが主流になっていくでしょう。

そうなると、求められるスキルや能力も変わってきます。例えば、「対話する力」がとても重要です。近年、1on1ミーティングを導入する企業も増えていますが、一対一でしっかりと話をしたり、職場での会議も単なる伝達の場ではなく対話の場にしたりする能力が必要とされます。

また、部下一人ひとりの興味・関心やキャリア意識に目を向けることも重要です。会社の中での活躍を前提にしつつも、必ずしも同じ組織に長く留まるとは限らない時代になっています。部下一人ひとりがどのようなキャリアを歩みたいのかを理解し、それに即した成長機会を提供しなければなりません。

そのために大切なのは「人間関係の構築力」です。例えば1on1を実施する際、「何を話すか」というノウハウ的な知識よりも、「この人と話したい」と思わせる関係性をつくる力が問われます。部下が「この人と話してよかった」と思える関係性をどう築くか、それがマネジャーに強く求められるようになってくるでしょう。

私は1on1の研修も行っています。マネジャーの多くは、これまでの自身のキャリアの中で、上司との一対一の対話が「良い経験」であったとは捉えていません。自分が良い経験をしていないのに、良質な1on1を部下に対して実践するのは難しいでしょう。

私が実施するA社の研修では、私自身が一人ひとりのマネジャーと1on1を行っています。そして1on1を実施した後に一緒に振り返りを行い、「どうしてこの1on1が有意義なものになったのか」などを考えることで、良質な1on1を実践するためのヒントを得てもらうようにしています。

「経験と内省」の提供が
部下の育成につながる

── 部下を育成するためには、何が重要になりますか。

シンプルに言えば、部下に対する「経験と内省」の提供が重要です。デイヴィッド・コルブの経験学習モデルが示すように、「具体的経験」→「内省」→「概念化」→「試行」のサイクルを回すことで、人は学びを獲得していきます(図1参照)。

図1 コルブの経験学習モデル

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マネジャーの仕事とは、部下に成長のための経験を提供することです。そして、その経験に対して内省をしっかりと行い、他の状況でも通用するような教訓を引き出し、新たな状況でその教訓を試す支援を行うことです。

しかし現実には、部下への「機会提供」ができていないマネジャーも少なくありません。「自分がやった方が早い」という考えが根強く、多くのマネジャーがプレイングマネジャー化しています。部下に対する関わり方をアップデートし、「任せてみよう」と考え方を変えていく必要があります。

また、部下一人ひとりに対する現状把握のレベルも上げていく必要があります。その人の成長にとってどのような経験が適切かを見極めるのは、簡単ではありません。ICTで人材を可視化するシステムもありますから、積極的に活用すべきでしょう。そして「現状把握」→「育成計画づくり」→「指導・育成」→「確認・改善」のステップを進めていきます。

マネジャーは部下育成の基本ステップを理解するとともに、部下に対する関わり方として「マインド」「知識・スキル」「アプローチ」についてアップデートを図らなければいけません(図2参照)。部下育成力を高め、組織成果を最大化することは、マネジャーの重要な使命です。変化の時代において、部下育成力はマネジャーに不可欠な能力であると言えます。

図2 部下育成力とは何か?

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