三つの思考から紐解く 管理職に求められる経営学の技法

ますます多様な能力を求められるようにみえる管理職。さらに昨今エビデンスやデータに基づいて意思決定することも求められる。迷える管理職に「思考」によって仕事を乗り切ることを提案する。

管理職受難の時代

舟津 昌平

舟津 昌平

東京大学大学院 経済学研究科 講師
1989年奈良県生まれ。2012年京都大学法学部卒業、14年京都大学大学院経営管理教育部修了、19年京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了、博士(経済学)。京都大学大学院経済学研究科特定助教、京都産業大学経営学部准教授などを経て、23年10月より現職。著書に『制度複雑性のマネジメント』(白桃書房、2023年度日本ベンチャー学会清成忠男賞書籍部門受賞)、『組織変革論』(中央経済社)、『経営学の技法 ふだん使いの三つの思考』(日経BP 日本経済新聞出版)など。

かねてより日本企業はミドルマネジメント、つまり中間管理職の役割が大きいと言われてきた。その根拠として調整機能や組織を幅広く見渡している俯瞰力などが挙げられる。ただ、そのミドルが信頼されてきた時期を既に過ぎてしまい、現代は「管理職受難の時代」になりつつある。

ミドルの強みが「目配せ」にあるとして、現代は、目配せをする場所が多すぎるとも思われる。1on1はじめ部下の管理など、あらゆる仕事をミドルが担当する状況になっている企業が多いといわれる。まさに「罰ゲーム化する管理職」である。

この問題は、ミドルが「業務を簡略化する指針」を手にすることによっていくぶんか解決できるのでないかと思われる。今現在、「エビデンスベースド・マネジメント(EBM)」をはじめとして、データやエビデンスといったものでどうにかなるという論調が強まっている。

実際のところ、管理職に大量のデータやエビデンスを持ち込まれたところで、それらは何も語ってくれない。どうしろとも言ってくれない。「他社はこうだ」「アメリカではこうだ」という全体的な傾向がわかったとして、それが統計的に妥当だとして、自社でどうするかは何も語ってくれないのである。

だからこそ、管理職は自らの仕事を簡単にしてくれる技法(arts)を手に入れるべきである。

技法その1:条件思考

管理職にとっての技法として、まず、条件思考を紹介したい。具体例としては「成果主義」を挙げたい。端的には「成果と報酬を連動させる」ことを指す人事制度である。直感的に、この制度に問題があると思われる方は少ないのではないだろうか。

日本企業にとっての成果主義制度は、実は90年代に一度「失敗」している。なぜそうなったか、後学のためにも知っておくべきであろう。

成果主義導入の嚆矢だったのは富士通である。富士通は折に触れて先進性をみせる企業であり、国際的な競争力も有している、日本を代表する企業である。その富士通において導入された成果主義は、結果的には失敗に終わってしまった。おそらくはその理由も経緯も、知られていないのではないだろうか。

なぜ富士通は失敗したか。当初は社内でも期待の高かった成果主義は、結果的にはまったく思い通りにはいかなかった。まず動機付け効果以上に、ネガティブな効果が表れてしまった。たとえば成果を気にするあまりに組織市民行動とよばれる助け合い行動が目に見えて減少し、また上司が成果を認定するがゆえに上司の顔色を窺う部下が増えたとみられる。

いわゆるエビデンスとしては、成果主義が機能するためにはいくつかの条件が必要で、たとえば長期的な能力開発制度を整えてこそ、短期的な成果を問う意味が出てくる。成果主義は「能力開発制度を整えた」うえで、「成果が高い側の労働者の」動機づけには効くものであった。ここからわかるのは、何らかの単一の施策だけで望ましい結果が得られるわけではなく、常に条件に制約されているということである。管理職として何か新しい制度や仕組みが浮上したとき、「この制度を働かせるためにはどういう条件制約があるだろうか」と考えることで、より精緻化される。

最後にこの分野の権威である守島基博(学習院大学教授)の言曰く。「そもそも、成果主義などひとつの制度を導入しただけで全社的な結果が出ると思っている時点で間違いである」。

技法その2:両面思考

次の技法は「両面思考」である。官僚制を例として挙げたい。官僚、というと語感が良くないというか、悪しき旧弊といったイメージが湧くかもしれない。しかし、官僚制組織は、会社にとってあまりにも当たり前かつ根本的に重要な役割をはたすものである。

官僚制を打破するといったスローガンは定期的に聞こえ、新しい組織体制が叫ばれる。一定の周期で現れるこれらの動きは、定期的に生まれるという意味で人気があり、そして定着しないまま忘却されまた繰り返すという意味で、実現したことのない組織の物語でもある。

官僚制は、とかく悪い意味でのみ扱われがちだ。しかし、官僚制はそもそも大きなメリットがあるからこそ用いられる組織体制である。たとえば、情報が明確化され、公式的なルートが明示化される。規則をきちんと定める。記録に残す。こういったルールは当たり前に思えるものの、組織にとって欠かせない要素として機能する。意外な例でいえば、ネット辞典のWikipediaは、きわめて官僚主義的なコミュニティを形成している。

これだけ官僚制が批判を受けながらも生き残っているのは、たしかな機能があるからだ。かつて社会学者のロバート・マートンが「機能に対する逆機能」という考え方を提示したように、機能があり、かつネガティブな側面としての逆機能という概念が存在する。批判が多いのは、この逆機能を指摘する向きだと理解できる。

官僚制組織は効率化に向いているというのが定説である。しかし、神戸大学の松嶋登らは、「シャープの緊急プロジェクト」を題材として、イノベーション創造に官僚制が寄与することを指摘している。官僚制のできることは存外多そうである。

両面思考とは、当たり前といえば当たり前の、物事には良い面と悪い面の両方があり、その両面を捉えて思考すべきという考え方である。特に長い時間軸をふまえる必要がある。「これさえあれば」と言われるような特効薬に似たものは、長期的にみて必ず副作用を発するのだ。

技法その3:箴言しんげん思考

「経営科学は役に立つのか?」。この問いに答えるべく提示する最後の思考法が箴言思考である。

サイエンスやエビデンスといった言葉が流行り出したように見えるのが近年であるだけで、経営科学に関する問題は日本においても著名なドラッカーにまつわる議題として伝統的ですらある。実務家にとって教科書となっているドラッカーは、特に研究者の間では着実に居場所を失っている。その根拠は「ドラッカーの著作は科学的でない」からだ。いったい、科学的とは何なのだろうか。

科学と言えば、フレデリック・テイラーの「科学的管理法」を思い浮かべるかもしれない。彼の手法も、後世からみれば全く科学的ではなかった。しかし、成果は出したのである。

こうした例からわかるのは、厳密な科学知から「箴言」を抽出し、受け手の自由度を高めて活用した方が良いということである。ドラッカーが得意とした箴言が、科学と合わさることで威力を発揮するはずだ。

 以上、「三つの思考」を簡単ながら紹介した。意識しないといけないことが多すぎる現代、しかし管理職なくして会社の成功はない。氾濫する情報を整理し、長い目でみて適切な意思決定を可能とすべく、汎用的な能力としての「経営学の技法」を、ぜひ身につけていただきたい。

迷える管理職には、汎用的な能力としての「経営学の技法」がいまこそ必要だ。

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(参考文献)
松嶋登,& 浦野充洋.(2013).イノベーションを創出する制度の働き.国民経済雑誌,207(6),93-116.