AI時代に進化し続ける組織と人材とは 事業構想大学院大学セミナー

事業構想大学院大学は2026年9月9日、東京校(表参道駅から徒歩1分)およびオンラインで、企業経営者や人事責任者を対象としたセミナー「変化を機会に変え、新たな価値を創出する企業へ ― AI時代に進化し続ける組織と人材 ―」を開催した。参加費は無料(事前登録制)。講師を務めたのは、社会構想大学院大学 研究科長・教授で株式会社EdLog代表取締役社長の中川哲(なかがわ さとし)氏である。中川氏は日本マイクロソフトを経て2017年に文部科学省へ入省し、全国の学校における1人1台端末環境の整備政策の立ち上げに携わった経歴を持つ。

AI時代に企業の競争力を決めるもの

中川氏はまず、生成AIによって「何を知っているか」は差別化要因ではなく前提条件になりつつあると指摘した。専門知識の価値も、保有することから、生成AIの答えを検証・翻訳し責任を負うことへと移りつつあるという。

続いて、スタンフォード大学の研究チームがアンソロピック社の対話型AI「クロード」の会話約25万件(2026年4月25日〜5月9日、2026年8月26日公表)を分析した調査を紹介。重大性を評価できた会話の56%が「重大」以上で、なかでも法務・財務分野は24%が「極めて重大」に分類されるなど、AIが最も深く入り込んでいるのは技術領域ではなく判断・助言の領域だと述べた。また人間が主導する対話は72%を占める一方、重大局面ほどAIの回答を「理解する」にとどめる割合が上昇(21%)する逆説も紹介し、判断材料が多いほど人は考えることを放棄しがちになるという意思決定論の知見と重なると指摘した。

もう一つの軸が「生成AIには原理的に到達できない領域がある」という論点である。生成AIは「熱い」「痛い」を経験したことがなく、それらしい言葉を選んでいるにすぎない。認知科学者スティーブン・ハルナッド氏が1990年に提起した「記号接地問題」にあたるとし、一橋大学名誉教授の野中郁次郎氏の知識創造モデルにおける「共同化」「内面化」には生成AIが構造的に参加できず、性能向上でも埋まらないと説明した。

中川氏は、生成AIのふるまい自体は世界共通で一定であり、差がつくのは人間側の関わり方だと強調した。19カ国比較でも、AIの回答を理解しようとする姿勢は各国の政府AI活用準備度指数と正の相関(相関係数0.54)を、そのまま実行する傾向は負の相関(マイナス0.46)を示したという。処方箋として、ヘーゲルの弁証法にヒントを得て、あえて反論や厳しい評価を求め摩擦を起こす「反論を求めるアプローチ」を提示。摩擦は会話の49.7%で発生し、そのうち78.7%で利用者が能動的に修正・再質問を行っていた。

さらに、経営者が設計すべきは生成AIの「位置取り」だとした。前・横・後ろのどこに置くかを整理したうえで、知識や経験が豊富な人材ほど、横に置いて反論させず後ろに置いて任せきりにしてしまう構造的な罠があると指摘した。

変化を機会に変える企業の構造

変化を機会に変えられる企業に共通する4つの構造も示された。自社を製品ではなく機能で定義し直すこと、前提そのものを疑う「ダブルループ学習」を組み込むこと(手段だけを議論する「シングルループ学習」はAIに代替されやすい)、心理的安全性を前提に摩擦を歓迎すること、現場の違和感を経営への問いに変える経路を持つこと――である。中川氏は、これら4つはいずれも技術ではなく「組織と人材」の話だと締めくくった。

投資すべき4つの領域

生成AIが構造的に届かない領域への投資として、反論を求める会議設計による「問いを立てる訓練」、異業種・異領域との協働や社会人大学院への投資による「越境と多面的視座」、OJTや対話・振り返りの時間を確保する「暗黙知の場の設計」、心理的安全性を制度化する「摩擦を歓迎する文化」の4つが挙げられた。中川氏は、いずれも生成AI導入の予算ではなく、人と場への投資だと強調した。

生成AIの先にある構想力

講演の終盤には、生成AIの進化で「やり方」が低コスト化する結果、何を実現したいのかという「目的や理由」=「構想」する力の重要性が増していく、という見取り図が示された。構想には世界を多角的に見る力が必要であり、だからこそ幅広い教養(リベラルアーツ)を学ぶ必要がある。事業構想大学院大学と社会構想大学院大学をあわせた学校法人先端教育機構の4研究科は、それぞれの分野で構想人材を育成し続けることを目指しているとして、セミナーは締めくくられた。

質疑応答では、人材育成の現場に携わる参加者から経験を通じた学びを実務にどう落とし込むか考えたいとの感想が、学校教育に携わる参加者から学習指導要領の内容を現場にどう定着させるか模索しているとの発言があった。オンライン参加者からは「現在組織の立ち上げ、運営の立場でAI取り込みを進めており、今回のお話は大変興味深かったです」との声が寄せられた。中川氏は、知識は体験と結びつくことで初めて定着するとし、批判的な検討で終わらせず次のアクションへつなげるファシリテーションが重要だと応じた。