ローソン竹増社長 企業と社会それぞれの常識がずれ始めたときに問題が起こる

コンビニエンスストア大手のローソンを率いる竹増貞信社長は、三菱商事時代に5年間広報部に在籍した経験を持つ。当時の経験が現在の経営にどう活かされているのか、そして変化する社会環境の中で求められる広報人材像とは。今後の事業展望と合わせて話を聞いた。

広報とメディアは「運命共同体」

竹増 貞信

竹増 貞信

株式会社ローソン 代表取締役 社長
大阪大学 経済学部卒業後、三菱商事に入社。畜産部、広報部、総務部 兼 経営企画部 社長業務秘書を経て2014年よりローソンの経営に参画。2017年より代表取締役社長に就任し現在に至る。ほか、消費者庁 食品ロス削減推進会議 委員(2023年より現任)、株式会社成城石井 取締役会長(2024年より現任)を務める。

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── 現在の経営者という立場から、広報活動や広報部門の位置づけをどのように捉えていますか。

広報は経営そのものであると考えています。会社にとっても、社会にとっても企業の広報部はなくてはならないものです。三菱商事では広報部に5年間おりました。当時の印象深い出来事として、2006年に製紙業界における日本で初めて起こった敵対的TOBがあります。そこに三菱商事がホワイトナイト(友好的な第三者の買収者)的に登場するのではないかという一連の事案で、社会の評価が企業のレピュテーションに直結することを実感しました。当時は早朝から社長の自宅に取材にこられる記者の皆さんと朝食会を行ってから、社長と一緒の車に同乗して出社していました。その車中では、昨晩から今朝までの出来事や、記者の方々の関心事について共有していました。

── 当時の経験から得た、最も重要な洞察は何ですか?

企業の常識と社会の常識がずれ始めたときに問題が起こるという気付きです。会社のことを世間一般に理解してもらうように情報発信することは紛れもなく大事ですが、むしろ社会の声を経営陣にわかってもらうために情報を収集することの方が重要だと考えるようになりました。

── 広報の機能において「情報の発信より収集のほうが重要」というのは意外です。

常に社会がどう評価し、どう行く末を考えているのかを把握することが、まさに社会と情報交換をしているということと同義なのです。特に経営判断をしなければいけない社長を含めた経営陣の方々にとって、広報部が情報を収集して届けるという活動は不可欠です。社会のことを理解しないと正しい経営判断はできません。

── メディアや記者への対応力が問われますね。

一人ひとりの記者が、いわば社会の代表です。例えば新聞が数百万部発行されているということは、1000万人以上の読者の方々が後ろにいらっしゃるということ。その1000万人の社会の代表として記者の方がいらっしゃいます。テレビも視聴率1%で100万人ですから、数%あれば数百万人になります。広報はそれぞれのメディアを代表する記者と対峙していくわけです。

平時は、記者の方とお互いの知見や社会の出来事について意見を交換しあうなど、充実した時間もたくさんありました。

── 企業広報とメディアは特殊な関係性にも見えます。

運命共同体のような関係だと思います。企業広報は会社の企業活動を通じて社会を良くしていきたい、より良い社会を作っていくことを考えています。ジャーナリストの方々も、社会における矛盾や課題を自分のペンの力で世間に問い、より良い社会を作っていこうとしています。向かっている方向は同じで、そこには立場の違いがあるだけです。

変化するメディア環境と
BtoC企業特有の課題

── コンビニエンスストアという業態ならではの広報活動における難しさや醍醐味はありますか。

基本的なところは、どの企業の広報も変わらないと思います。ただ、我々は広く消費者の皆様と接していく業態でありますので、ステークホルダーはほぼすべての皆様になります。

またSNSが全盛の、いわゆる1億総ジャーナリスト時代と言われている中でBtoCの事業を展開していくのは非常にタフで、私が広報をやっていた頃と比べると、ずいぶん環境が変わってきたというのが実感です。

── 誰でも情報発信をすることが容易になりました。従来のメディアとSNSなどで、広報活動のやり方に違いはありますか。

基本的には「テレビだから」「新聞だから」「SNSだから」というような形で区別はしていません。あまり意識しすぎない方がよいと思います。常に公平に、基本的にはお互いをリスペクトし合える関係を構築した上で、真摯にお付き合いをさせていただくということに尽きると思います。

── 現代において広報人材に求められる素養や姿勢について、考えをお聞かせください。

どの社会人にも求められることと同じだと思います。公正性や公平性、それから正義・不正義を見分ける力など、そうした社会人として求められる一般的な素養があれば、どなたでも広報担当者としてしっかりと役割を果たせるのではないでしょうか。

── そのような素養はどのようにすると養われていくものですか?

特別なことをやる必要はなく、常識力を身に付けることが重要です。それと常識も社会の変化とともに変わっていくので、常に一般的な常識を素養として身につけ続ける、つまり自分をアップデートし続ける姿勢ですね。

── 昨今、企業の危機管理対応や広報が注目されています。その観点で日々心がけていることがあれば教えてください。

広報だけではなく、あらゆる社内の事業を担当しているすべての人に言えることですが、BAD NEWS FIRST(もしくはFAST/「悪いニュースほど早く」:編集部注)の徹底です。なぜ早くかというと、早ければ早いほど、しっかりとしたコミュニケーションをとっていれば物事が大事に至る前に適切な対処が打てるということです。とにかく小さくてもくすぶっている事案とか、もしかするとこれは方向性によっては問題になるかもしれない、といった段階からも報告していただくことを、常日頃から伝えています。

BAD NEWS FIRSTを徹底する。

社会課題解決を起点とした事業展開

── 貴社では「アートトイレ」や「盛りすぎチャレンジ」など、ユニークな取り組みが目立ちますが、どういった意図でしょうか?

アートトイレは「ありがとう」や「感謝」をテーマに制作されたアートを壁面などに施したトイレです。お客様にもトイレの清潔さを保つように使っていただけています。盛りすぎチャレンジは、インフレーションが続く中で買い物の楽しさが失われてきているのではないかという思いから生まれたキャンペーンですね。

── そうした取り組みはどういった背景で始まるものなのですか?

日々社員のみんなが感じている課題や社会の課題がローソンとして解決できるのであれば、自由に声を上げてもらっています。私が社長になったときから、「自由にやってほしい」とみんなにお願いしてきました。現在のチェーンストアという業態は戦後にアメリカから導入され日本で独自の展開をしていく中で、第1世代の方がカリスマ性を発揮して全てを牽引しているという企業が多い状態です。しかし、私自身はそうではありませんし、ずっと流通業界にいたわけでもありません。だからこそできることがあると思っています。

── 社員の方から自発的に声が上がるのは素敵なことです。

我々は生活に密着する業態なので、社員一人ひとりが感じる社会の課題や不便・不満は、世の中の多くの人が抱える課題でもあるはずです。そこにチャレンジすることで生まれる企業としてのチャンス、そうしたものを活かしていけると思います。

コロナ禍以降、社会の価値観や常識がガラッと変わりました。その変化を捉えて、みんなが感じたことについて、「ローソンだからできる」ことを具現化しようと考えています。

掲げられている理念でも「マチ」が強調されている。 

※編集部撮影

小売業の枠を超えた地域づくりの構想

── 今後の事業展望について聞かせてください。

1万4000店舗以上を47都道府県に展開する中で、地域自治体からさまざまなお声をいただいています。なかでも「人口減少でスーパーマーケットが撤退し、買い物する場所がなくなった」「ローソンになんとかしてもらえないか」というご要望が多いです。

そこで野菜や冷凍食品を充実させ、みんなが寄り合って楽しく過ごせるイートインスペースを設けた「地域共生コンビニ」を展開すると、そのほかの行政からも「うちにもお願いしたい」というご要望をいただくようになりました。

昨年KDDIさんに資本参加していただき、今まで実現できなかったデジタルやロボティクスにもチャレンジできる環境が整いました。そこで考えているのが「ハッピー・ローソンタウン」構想です。

── 店舗ではなく「タウン」の規模で展開を考えられている、と。

多くのニュータウンが作られた高度経済成長期から60年経ち、現在は住民の方の高齢化が進んでいます。しかしハード面でみると建物はとても贅沢に作られており、平置き駐車場や管理棟、集会所といった豊富なアセットがあります。

そこにローソンが入り、パートナー企業さんと共同でリノベーションを行い、若い人たちが入ってきやすい環境を作るという構想です。

── 具体的にはどのような取り組みなのですか?

各住戸とローソン店舗をリモートで繋ぎ、よろず相談窓口として生活上の困りごと相談から注文まで対応します。例えばデジタルが苦手な高齢者の住戸のインターホンからローソンに繋がるようにして、「ネギと醤油とトイレットペーパーを持ってきて」と頼めば、仕事帰りの若い方が届けてくれる。一方で若い方はスマホで注文すれば、ドローンや自動配送ロボットが配達するという具合です。

買い物だけではなく保育や子育ての面では、逆に子育て世代の方々が高齢の方に頼るといった場面もあるでしょう。血縁関係はないけれど老若男女が緩く繋がって、温かく暮らせるまちを作れるのではないかと考えています。

── 壮大ですが、とても希望の持てる構想ですね。

可能性を店の中に閉じ込めない。

そのほかにもローソン・ユナイテッドシネマによるミニシアター上映、スマート農業を取り入れた家庭菜園など、現在のリアルローソンの温かさとテクノロジーを合わせた取り組みで地域社会を蘇らせるといったことも十分に考えられます。可能性を40坪50坪のお店の中に閉じ込めるのではなく、お客様と繋がることで、より便利なものを社会に提供していきたいですね。