「ガクチカ」採用から学業評価へ 新たな評価軸「学ポタ」の可能性
新人の3年以内離職率は約3割。この状況が30年以上変わらない背景には、新卒採用の構造的課題がある。人材研究所の代表・曽和利光氏は、「ガクチカ」中心の採用からの脱却が必要だと語り、大学での学業行動に着目する新たな評価軸「学業ポータブルスキル(学ポタ)」の可能性を説く。
新人の約3割が3年以内に離職、
新卒採用が抱える根本的な課題
曽和 利光
株式会社人材研究所 代表取締役社長
1971年生まれ。京都大学教育学部教育心理学科を卒業。株式会社リクルートで人事採用部門のゼネラルマネージャーを務めたのち、株式会社オープンハウス、ライフネット生命保険株式会社などで人事を担当。2011年に株式会社人材研究所を設立。「組織・人事」と「心理学」を組み合わせた独自の手法を特徴とし、これまで2万人を超える就職希望者の面接を行った経験をもとに、採用・育成の両面から指南を行う。著書に『採用一新 さらば!ガクチカ頼み』(2025年)、『人事と採用のセオリー』(2018年)など。
── 新卒採用における現状の課題を、どのように見ていますか。
採用の目的は、自社で活躍し、長く働き続ける人材を獲得することにあります。しかし厚生労働省のデータによれば、大卒新入社員の3年以内離職率は33%にのぼり、約3分の1が離職する状況は30年以上変わっていません。企業がオンボーディングや定着支援に力を入れているにもかかわらず改善が見られないという事実は、現状の採用プロセスに根深い問題があることを示しています。
近年の変化として、売り手市場の長期化による学生の行動量の減少があります。10年ほど前は就職サイトへのプレエントリー数が1人100社程度ありましたが、近年は約25社まで減少しました。実際に選考を受ける企業も10社前後で、そのうち3社ほどから内定を得て1社を選ぶという流れが一般的です。つまり、限られた選択肢の中でキャリアの第一歩を決めています。
その結果、「なぜこの会社に決めたのか自分でもよく分からない」と感じる学生も少なくありません。入社前の段階で転職サイトに登録する学生も少なくないという調査があり、不安を抱えたまま入社しているケースが多いのが実態です。
こうした状況を受け、企業の採用手法も変化しています。学生の応募を待つオーディション型採用から、企業側が直接アプローチするスカウト型へとシフトが進んでいます。しかしスカウト型が広がるほど、学生の就職活動が受け身になりやすい側面もあります。内定率は就職氷河期と比べて高まっていますが、マッチングの精度はむしろ低下していると言わざるを得ません。
もう一つの根本的な課題が、「求める人材像」の曖昧さです。「コミュニケーション能力」「主体性」「チャレンジ精神」「協調性」「誠実さ」といった項目は20年以上、多くの企業の採用要件として掲げられてきました。
しかしその定義は必ずしも明確ではありません。コミュニケーション能力一つをとっても、論理的に話す力なのか、空気を読む力なのか、人と関係を築く力なのかで意味は大きく異なります。言葉の定義が曖昧なままでは「求める人材像」を具体化できず、精度の高いマッチングは難しいでしょう。
「ガクチカ」中心から脱却し、
新たな評価軸が求められる
── 企業は、採用活動をどう再設計すべきでしょうか。
マッチングの精度を高めるためには、選考の上流から見直す必要があります。ポイントは大きく2つです。候補者層をどのように見つけ出すかという「ターゲットの精緻化」と、応募者をどのように評価するかという「選考方法の再設計」です。
ターゲットの精緻化では、ブルーオーシャン戦略の発想が有効です。採用に苦戦している企業の多くは、他社も注目する大学の学生にばかりアプローチしています。しかし推薦型・総合型の大学入試も増えている現在、大学名は必ずしも学生の能力を示す指標ではありません。大学ブランドに依存した採用から脱却し、「自社にとって活躍可能性の高い学生を発掘する」という発想への転換が求められます。
自社が求める人材要件を明確化することが重要になる。
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その具体的な方法が、求める人物像をもとにしたペルソナ(具体的な人物像)の設定です。自社が求める人材要件に基づいてペルソナを描くことで、他社がアプローチしていない人材に出会える可能性が高まります。
選考方法についても見直しが必要です。長年、ガクチカ(学生時代に頑張ったこと)中心の選考が行われてきましたが、生成AIの普及により、エントリーシートや面接で語られる内容の信頼性も揺らぎつつあります。
その中で私たちが注力しているのが、「学業ポータブルスキル(学ポタ)」という評価概念です。これは、NPO法人「大学教育と就職活動のねじれを直し、大学生の就業力を向上させる会」と人材研究所のメンバーが提唱している考え方です。
学ポタとは、大学での学業への取り組みの中に表れる、仕事にも通じる資質を指します。授業選択や課題への向き合い方、成果の出し方といった学業行動のプロセスを掘り下げることで、達成力、継続力、計画性、好奇心などを把握できます。
学業は長期間にわたる義務的な活動であり、その取り組み方には個人の価値観や行動特性が表れます。こうした行動の履歴を読み取ることで、入社後の仕事への姿勢や再現性のある資質をより客観的に把握できるのです。
採用が変われば学びが変わり、
入社後の成長も変わる
── 今後、力を入れたい取り組みについて教えてください。
新卒採用は、人と仕事・企業を結びつける最初の入口となる重要な制度です。人材が最も重要な資源となる日本にとって、その仕組みが制度疲労を起こしていることは、社会全体の損失にもつながります。
特に取り組みたいのが、採用担当者のプロフェッショナル化です。新卒採用には企業と学生の間に情報や経験の差があります。採用のプロは存在しますが、就職活動のプロはいません。10年間採用を担当する人事はいても、10年間新卒就活を続ける学生はいないのです。こうした差がある以上、歩み寄るべきは採用側だと考えています。採用担当者がプロフェッショナルなリクルーターへと成長していくことを支援することが、私たちの使命です。
学ポタの普及も、その取り組みの一つです。「企業が学業を評価しないから学生は課外活動に力を入れる」という構造を変えられるのは、採用する側の企業です。企業が学業への取り組みを正当に評価すれば、学生は安心して学びに向き合えるようになります。
採用が変われば学びが変わり、入社後の成長も変わる。そしてそれは、日本全体の知的生産性の向上にもつながるでしょう。採用という入口から、そのような変化の連鎖を生み出していきたいと考えています。
大学教育と企業の人材育成は長らく分断されてきました。学ポタはその橋渡しとなる可能性があります。教育・採用・育成という本来一体であるべきプロセスを結び直すことが、この取り組みの本質です。
学生が自らの学びを誇り、企業がその学びを正当に評価する。そうした価値観を取り戻すことは、企業にとっても日本社会にとっても大きな意味を持ちます。採用のあり方は、社会の文化そのものを形づくる営みだと私は確信しています。