若手社員育成の科学 「石の上にも3年仮説」を乗り越える

終身雇用が当然ではなくなってきた現在、「働く」に関する若手社員の価値観も変化しています。20代の職場での学びに関する研究などを踏まえて、若手社員の育成に必要な知見を共有します。※1

※1

「石の上にも3年」は
なぜ通用しなくなったのか

池田 めぐみ

池田 めぐみ

筑波大学 ビジネスサイエンス系 助教
東京大学大学院学際情報学府博士課程修了。博士(学際情報学)。研究テーマは,職場のレジリエンス,若手従業員の育成。書籍に『チームレジリエンス:困難と不確実性に強いチームのつくり方』(日本能率協会マネジメントセンター)など。

日本の職場では、「石の上にも三年」という言葉がよく使われてきました。最初はつらくても、同じ会社で仕事を続ければ経験が積み重なり、やがて成長につながるという考え方です。

しかし、この前提は大きく変わりつつあります。終身雇用が当然とされていた時代には、一つの会社に長く勤めることがキャリア形成の基本でした。そのため、会社都合のハードな業務経験は、将来の糧になることも多くありました。ところが現在では転職が一般化し、キャリアは一社の中だけで完結するものではなくなっています。実際、6割以上の人が転職活動を経験し、約2人に1人が転職を経験する時代になりました※2

こうした中で、若手社員の仕事観にも表れています。日本生産性本部が実施した「新入社員働くことの意識調査」によれば、「好んで苦労する必要はない」と考える新入社員の割合は過去最高となりました。一方で、「若いうちは進んで苦労すべき」と考える人との差は、かつて最大54.3ポイントでしたが、2019年には5.9ポイントまで縮小しています※3

つまり、「とりあえず三年は頑張れ」「若いうちは、任された大変な仕事を黙ってこなすのが当たり前だ」といった考え方は、以前ほど若手社員の共感を得られなくなっているのです。

では、若手社員は苦労しなくても成長できるようになったのでしょうか。研究の知見を見ると、必ずしもそうではありません。職場には2つの種類のストレス要因(苦労)が存在すると言われています※4。一つは、チャレンジ・ストレッサーです。これは、責任の大きな仕事や難易度の高い仕事など、負担はあるものの、スキルの獲得や能力の向上につながる可能性のある仕事です。もう一つは、ヒンドランス・ストレッサーです。曖昧な指示、過度な手続き、社内の人間関係の摩擦など、努力しても成果や成長につながりにくい負荷を指します。

チャレンジ・ストレッサー

画像をクリックすると拡大します

研究では、若手の成長には、このうちチャレンジ・ストレッサーを適度に経験することが重要だと指摘されています。責任のある仕事や難易度の高い仕事に挑戦することが、能力の向上や経験の蓄積につながるためです。ただし、チャレンジ・ストレッサーは多ければ多いほどよいわけではありません。研究では、負荷が少なすぎても成長は起こりにくく、逆に多すぎると疲弊してしまうことが示されています※5。つまり、若手社員の成長にとって重要なのは、ヒンドランスではなく、適度なチャレンジを経験できる環境なのです。

若手が納得できる
「石」をどう用意するか

「石の上に三年座りたくない」と感じる若手社員を、どのように育成すればよいのでしょうか。実務的には、次の三つの視点が重要になります。

1 キャリアと結びついた経験を提供する
若手社員が困難な仕事に取り組むかどうかは、その経験が自分のキャリアにどうつながるかに大きく左右されます。以前であれば、上司に任された大きな仕事に取り組むこと自体が評価や昇進につながりました。しかし、キャリアを主体的に考える若手にとっては、「会社の都合」だけでは納得しにくい場合もあります。そのため、難しい仕事を任せる際には、「この経験がどのようなスキルにつながるのか」「将来のキャリアにどう役立つのか」といった点について、対話を通じて共有することが重要になります。

2 仕事の意味を言語化する
すべての仕事が本人のキャリアプランに完全に合うとは限りません。そのときに重要になるのが、仕事の価値を言語化して伝えることです。若手社員は経験が少ないため、「どの経験が将来役に立つのか」を自分で判断するのが難しいことがあります。例えば、「このプロジェクト経験はマネジメント能力を高める」「この仕事は多くの人の安全を守る仕組みにつながっている」といった形で、仕事の意味を具体的に伝えることで、経験の価値が理解されやすくなります。

3 ジョブ・クラフティングを促す
もう一つ重要なのが、ジョブ・クラフティング※6です。これは、自分の仕事を主体的に工夫し、仕事の意味ややり方を変えていく行動を指します。研究では、主に三つの形があるとされています。
•タスク:仕事のやり方を工夫する
•関係:関わる人を広げる
•認知:仕事の意味づけを変える

例えば、「会議資料を分かりやすく工夫する」「他部署の人と積極的に交流する」「自分の仕事が社会にどう役立つのかを考える」といった行動です。同じ仕事であっても、こうした工夫によって主観的な価値は大きく変わります。

ジョブ・クラフティングー

画像をクリックすると拡大します

「石」を「イス」に変える育成

若手社員の育成で重要なのは単に「我慢しろ」と伝えることではありません。困難な経験そのものではなく、その経験の意味が問われる時代になっています。強制された苦労はただの「石」に見えてしまいます。しかし、自分の成長につながる経験であると理解できれば、それは価値ある「イス」に変わります。若手育成の鍵は、「石の上に三年座らせること」ではなく、座りたいイスを一緒に見つけることなのかもしれません。

※1 「この記事は、筆者によるnoteを元にしたものです。
※2 株式会社リクルート(2022)「就業者の転職や価値観等に関する実態調査2022
※3 日本生産性本部(2019)『平成31年度 新入社員「働くことの意識」調査』日本生産性本部。
※4 Cavanaugh, M. A., Boswell, W. R., Roehling, M. V., & Boudreau, J. W. (2000). An empirical examination of self-reported work stress among US managers. Journal of applied psychology, 85(1), 65.
※5 Ikeda, M. (2023). The inverse U-shaped relationship between challenge stressors and workplace learning outcomes: a study of young employees in Japan. Journal of Workplace Learning, 35(4), 359-370.
※6 Wrzesniewski, A., & Dutton, J. E. (2001). Crafting a job: Revisioning employees as active crafters of their work. Academy of management review, 26(2), 179-201.