経営理念は質的成長の一つの手段、環境変化に合わせて柔軟に更新せよ

経営理念は企業が質的成長を遂げるための一時点における一つの手段にすぎない。重要ではあるが永久不変ではなく、絶対視するのは誤りだ。必要なときだけ意識し、環境が変われば見直せばよい。

質的成長の手段としての経営理念

清水 馨

清水 馨

千葉大学大学院 社会科学研究院 教授
専門は中堅企業論、イノベーション論。慶應義塾大学商学部、大学院商学研究科修士課程を経て博士課程単位取得退学。博士(商学)。著書に『中堅企業の質的成長』(中央経済社、2024年)、論文に「中堅企業の経営目的」(『千葉大学経済研究』27(2-3)、2012年)、「最高意思決定機関の意思決定プロセスと戦略との関係」(『三田商学研究』43(2)、2000年)、資料に「中堅企業の社長インタビュー調査」シリーズ(『千葉大学経済研究』2000年~2025年)など。2018年より2023年まで株式会社三五社外取締役。

本誌を定期的にご覧になっている方や本特集号を探し当てられた方は、基本的に経営理念が企業経営に必要不可欠で、素晴らしいものだという意識をどこかにお持ちだと思う。筆者も人々の意識とエネルギーを集める意味で、経営理念は重要であると考えている。しかし、そういう人はメリットを強調し、自分の考えを補強する本や論文を探し、似た考え方の人々と集う。そしてデメリットを過小評価し視界から遠ざけ、そのバイアスにもなかなか気づけない。そこで本稿では、経営理念を中立に評価し、経営理念はあくまで質的成長の一つの手段であり、常にそれに囚われる必要はないことを論じる。

筆者は約30年前、26歳のとき論文「企業変革に果たす経営理念の役割」(『三田商学研究』39(2)、1996年、pp. 87-101)を発表した。経営理念を「経営者個人が抱く信念、従業員の欲求・動機、社会的環境の要請の3つの要素が相互作用して見出された企業の価値観・目的および指導原理」であると定義し、上場製造業へアンケート票を郵送、256社の回答を財務データと組み合わせて分析した。その結果、企業家精神の強いトップは現場を歩き経営理念を組織に浸透させ、その浸透度が高いと従業員の能力が向上し、革新への抵抗が低下して挑戦意欲が高まることを明らかにした。また、従業員の多くが経営理念を理解する企業は、そうではない企業と比べて業績が高いことがわかった。その一方で、理念について「社会的環境変化に応じて常に新しさが要請される」と指摘したものの、更新のタイミングや、その方策には考察が至らなかった。

(※全文:2893文字 画像:あり)

全文を読むには有料プランへのご登録が必要です。