生成AIの時代、ビジネスパーソンに求められる「3つの力」
近年、ChatGPT等の生成AIが注目されている。それはビジネスパーソンの働き方や人材育成に、どのような影響を与えるのか。長年にわたりAIの活用と研究開発に携わってきた三菱総研・比屋根一雄氏は生成AIのインパクトについて、「ChatGPTは人の成長スピードを加速させる」と語る。
企業における
ChatGPT活用の5ステップ
比屋根 一雄
── 生成AIがビジネスに与える影響について、どのように見ていますか。
従来のAIは、決められた特定業務で用いられるシステムであり、スキルを有する一部の社員が利用するものでした。一方、ChatGPT等の生成AIは自然言語で対話できるシステムであり、誰もが使うことができます。
生成AIのインパクトは、あらゆる業種・業務に及びます。ChatGPTの開発元であるOpenAIとペンシルバニア大学の調査によると、米国労働者の8割が生成AIにより10%以上の業務に何らかの影響を受けるとされ、さらに約2割の人は業務の50%に影響があるというレポートが出ています。
マイクロソフトのOfficeソフトにも生成AIが搭載され、多くのビジネスパーソンがWordやExcelなど日常業務の中で生成AIを使うようになります。生成AIは、ブルーカラーよりもホワイトカラーの業務により大きな影響を与えていくでしょう。
── 企業がChatGPTの導入・活用を進めるためには、何が重要になりますか。
企業におけるChatGPTの導入・活用は、5つのステップで考えることができます(図1参照)。ステップ1は、日常業務でのチャット検索。ステップ2は、社内情報を加えた質問文によるタスクの指示・実行です。ステップ1と2では、ChatGPTはインターネットの公開情報を基にアウトプットを提示します。
ステップ3と4のフェーズでは、ChatGPTと社内データベースを連携します。ChatGPTに対し、ステップ3ではチャット検索を行い、ステップ4ではタスク実行を指示します。
例えば、これまでに社内で書かれた企画書をChatGPTが参照し、新たな企画書を作成する際にサポートします。ChatGPTはジョブディスクリプション(職務記述書)の作成にも使えるでしょう。そうした使い方をすることで、組織で培われた「知」を多くの社員が活用できるようになります。
ステップ5は、ChatGPTを活用した自社サービスの高度化です。顧客へ提供するサービスにChatGPTが活用され、ビジネス変革が起こります。すでにChatGPTを使ってエントリーシートや職務経歴書の作成を支援するサービスがありますが、そうしたサービスが今後増えていくでしょう。
ネスパーソンは多くはないですし、ChatGPTの活用によって、記載内容の水準の底上げが進みます。転職サービスの提供側からすれば、職務経歴書のデータが蓄積されることで、より精度が高まり、求職者と企業のマッチング率を高めることができます。
人事部門や人材育成担当者にとっては、外部サービスを上手に活用するとともに、ChatGPTと自社の人材データベースを連携させることが重要です。しかし現状では社内の人材データベースが整備されておらず、ChatGPTと連携させたくても、その基盤が整っていない企業も多いのが実態でしょう。
人材データベースの未整備というボトルネックの解消に向けて、社内の人材データを構造化・フォーマット化するために、ChatGPTを活用するという使い方もあると思います。
雑務から解放され、
創造的な仕事に注力しやすく
── 生成AIにより、ビジネスパーソンの働き方はどのように変わると見ていますか。
従来、ビジネスパーソンの仕事は調査・集計・分析・報告・雑務などの業務に相当な時間が割かれ、洞察・創造などクリエイティブな仕事に充てられる時間は限られているでしょう。今後、生成AIにより雑務が大幅に効率化されれば、創造的な仕事に注力しやすくなります(図2参照)。
雑務が軽減されることで、組織がスリム化し、中間管理職は不要になっていきます。個人の裁量が増えて複数の役割を担えるようになり、いわば「一人チーム」が増えていくでしょう。
また、企画やコンテンツ制作、リサーチ、マーケティング、広報・集客など、これまでは別々の部署が担当し、分業体制が築かれていました。それは労力の面でも専門性の面でも合理性のある仕組みでしたが、ChatGPTのサポートを借りれば、ある程度は一人でできるようになります。社内で何か新しいことやろうと思ったときに、1人で始めやすくなる。今後、社内で「一人事業」や「一人スタートアップ」のような働き方が実現されると思います。
「一人チーム」や「一人事業」は、事業展開のスピードアップをもたらします。「一人チーム」や「一人事業」がたくさん存在する企業は、競争力を高められる可能性があります。
ChatGPTを使いこなすには
「3つの力」が必要に
── ChatGPT等の生成AIを使いこなすためには、どのようなスキルが求められますか。
ChatGPTは人類全体の「知」が詰め込まれたシステムです。それを使いこなすために、ビジネスパーソンには「質問力」「指示力」「評価力」が求められます。
まず「質問力」とは、ChatGPTから適切な情報を引き出すために、具体的に明確に質問するスキルです。そして「指示力」とは、精度の高い実行結果を得るためのスキルです。ChatGPTから適切な実行結果を得るには、的確な指示や要求を具体的に伝える力が欠かせません。
ChatGPTに仕事をしてもらうには、どのような手順で指示すればいいのか。例えば、市場動向の調査レポートを書く場合、いきなりChatGPTに対してレポートの作成を要求するのではなく、まずはどのような観点でリサーチすべきかを質問する。そこで10項目ほどの観点が出てきたら、次にそれを基に目次を考えてもらう。そうすると50項目ほどの目次が提示されて、その目次に沿ったレポート作成を指示すれば、数千字・数万字のレポートが出来上がります。
仮にChatGPTを使わず、独力でレポートの観点を考えた場合、7項目は自分で思いついたとしても、残りの3項目は出なかったかもしれません。ChatGPTは、アイデアや気づきを与えてくれるツールにもなります。
ただし、ChatGPTによる質問の回答や実行結果は、正確であるとは限りません。回答や実行結果の正確性・信頼性・有用性を判断するスキルが不可欠であり、それが「評価力」です。
「質問力」と「指示力」はChatGPTを使い続ければ、数ヵ月程で向上するでしょう。一方で「評価力」は広範な知識や経験が求められますから、一朝一夕には鍛えられません。
ただし、「評価力」もChatGPTとの対話を通じて高められます。ChatGPTを使うこと自体が学習になる。繰り返し何度もChatGPTを使うことで、「評価力」を高めていくことができる。ChatGPTは誰もが使える“パーソナル家庭教師”のようなものであり、人の成長スピードを加速させます。
ChatGPTにより中級者レベルに到達する時間が圧倒的に短くなり、これまで10年かかっていたことが、数年や数ヵ月でできるかもしれません。ChatGPTは独学のツールになりますから、それを学びに活用する人としない人では、大きな差が開いていくでしょう。
生成AIの時代、
人間に求められる役割とは
── 生成AIの可能性と限界をどのように見ていますか。
従来のAIは、決められた問題解決だけが得意でした。大量のデータを基にAIが需要などを予測し、モノや人の稼働率を最大化することなどに利用されますが、それは人間が全てをお膳立てしたうえで、AIが問題解決する仕組みです。
一方で生成AIは、一般常識なら人間以上によく知っており、多少の創造性も有しているので企画にも使えます。そのため従来のAIよりも、多くの問題解決の場面で利用できます。さらに生成AIは簡単な課題であれば、問題解決の前段階となる、解くべき問題の定義にも活用できます(図3参照)。
ただし、生成AIにも苦手な領域はあります。生成AIは、課題を発見することはできません。人間が課題を発見しなければ、そこから先の問題定義・解決のプロセスに進むことはできません。
また、生成AIのサポートを得て問題の定義や解決法を導いたとしても、最終的にそれを実行するのは人間です。つまり生成AIの時代には、課題発見と他人を巻き込む課題解決行動が人間の役割になります。
こうした変化は、人材育成の在り方も変えていくでしょう。これからのビジネスパーソンには、課題発見力や巻き込み力、やり抜く力が重要になる。企業は、そうした力を備えた人材の確保や、マインドを含めて成長できる機会を提供することが求められます。