特集1 生成AIをスマートに活用して新たな価値創出や生産性の向上を

OpenAIが生成AI「ChatGPT」を発表してから1年以上が経過した。日本もあらゆる領域で、生成AI活用の模索が進んでいる。本特集では、労働市場、求められる人材像、必要な学びや学び方、活用ツールなど、様々な角度から生成AIを取り巻く状況を探った。(編集部)

190万人の人手不足
今、求められる人材像とは?

OpenAIが生成AI「ChatGPT」を発表した翌年3月にGPT-4が公開、11月には新機能として、目的にあわせてカスタマイズできる「GPTs」が実装された。日本もあらゆる領域で生成AI活用の模索が進んでいる。

2023年5月には、生成AIの社会実装を通じて産業の再構築を目指す、生成AIプラットフォームとして、一般社団法人生成AI活用普及協会(GUGA)が設立。GUGAでは、生成AIリスクを予防する資格試験「生成AIパスポート」などを提供している。

「AIに仕事が奪われる」といった言説も聞かれたが、生成AIの登場で労働市場にはどんな影響があるのか。三菱総合研究所は米国スキルテック企業Lightcast社とともに共同研究を実施。その結果を踏まえて、日本の労働市場改革と人材活性化に向けた方策を提言。「スキル可視化で開く日本の労働市場 2035 年にミスマッチ480万人─生成AIの雇用影響を乗り越える労働市場改革」と題して、23 年9月に公表した(➡こちらの記事)。提言では2035年時点での労働需給ギャップとして190万人の労働者の不足を指摘する。三菱総合研究所政策・経済研究センター主席研究員の山藤昌志氏は「量的な面を全体で見れば、生成AIを含めたDXが企業で進んでも、人手不足は解消されない結果となっています」と話す。

今後、生成AIが普及していく中で、企業や教育機関はどういった人材を育成すべきなのか。デジタル人材育成学会会長を務める千葉工業大学教授の角田仁氏は「企業には『DD(Digital Design)人材』と『DI(Digital Improvement)人材』の両方が必要だと考えています」と話す(➡こちらの記事)。角田氏によると、新しい企画を導入してサービスレベルを一気に引き上げるDD人材はアイデアや創造性の発揮に効果的なツールである生成AIを高度に使いこなす能力が求められると指摘する。

大学でも生成AI時代の到来を意識した教育が進んでいる。東京工業大学は全国に先駆け、2019年度から国内初となるデータサイエンス(DS)・AI大学院全学教育を開始。2022年に発足したデータサイエンス・AI 全学教育機構では、東工大全体のDS・AIを推進すると共に、専門分野の境界を越えて課題解決や教育指導を行う「共創型エキスパート」人材の育成を目指している(➡こちらの記事)。

現場で進まない生成AIの活用
企業が活用するためのツール

実際のビジネスの現場において生成AIの活用実態はどういった状況なのか。企業の営業活動を支援するセレブリックス。同社セールスカンパニーが運営するセレブリックス営業総合研究所は24年3月15日、「営業における生成AI 活用の実態調査レポートVol.1」を公開した。レポートによると「あなた個人が業務で生成AIを使う頻度を教えてください」では「ほとんど使わない・使ったことがない」が74.7%を占め、「毎日」使うは4.5%だった(➡こちらの記事)。

同社執行役員の今井晶也氏は、「生成AIはベテランの営業パーソンが持つ知識やノウハウをすぐに手繰り寄せられる『職人芸の民主化』をもたらすと私は考えており、一人ひとりの生産性を劇的に向上させる可能性を秘めています」と話す。

また、企業が生成AIを活用する際の障壁の一つがセキュリティの問題だ。AVILENが提供する「ChatMee」は、堅牢な情報セキュリティとデータの秘匿性が強みである法人向けChatGPTプラットフォームだ。企業ニーズに合わせ、実際に業務で使うことでChatGPTの活用方法を安全に学習・検証することができる(➡こちらの記事)。また同社は23 年5月に「ChatGPTビジネス研修」をリリース。ChatGPTを活用した業務効率化を体験しながら学べるeラーニングで、①ChatGPTの可用性とリスクの理解、②プロンプト体験ワーク、③ChatGPT活用施策の立案ワークの3つのステップで、基礎知識を習得することができる。

ビジネス分野に限らず、アカデミアでも生成AIの活用は、様々な可能性を秘めている。英文校正サービス「Editage(エディテージ)」など世界の研究者の論文出版を支援する事業を展開するカクタス・コミュニケーションズのAI英文校正・翻訳ツール「Paperpal」は、世界で70万人以上のユーザーに利用されている(➡こちらの記事)。Paperpalはアカデミア特化型のAIツールであり、論文執筆や専門的な解析などアカデミックな利用場面に適するようデータやアウトプットが制御され、高い精度を実現しているという。

生成AIの活用は新たな価値創出、業務の効率化、生産性向上への大きな可能性を秘めている。

Photo by H.M /Adobe Stock

日々進化する生成AI
最先端の情報を学ぶコミュニティ

生成AIの活用のためにどんな学びが必要だろうか。生成AIのビジネス活用を学べるコミュニティ「SHIFT AI」は、各方面のAIトップランナーが集い、国内外の業種、テーマ別のAI活用事例、実践ノウハウをウェビナー形式で講義。AIを上手に活用している企業・個人のケーススタディを定期的に配信するなど、AI活用に関する生の情報が集まる場になっている(➡こちらの記事)。会員数は約2000名で、生成AIをゼロから学ぶ人から習熟している人、AIスタートアップや導入支援企業の社員など、多様な人材が参加している。

「SHIFT AI」を運営するSHIFT AI代表取締役の木内翔大氏は「生成AIは日々新しい技術やサービスが生まれており、常に最先端の情報をキャッチアップし学び続けることが大切です」と話す。

また、生成AIといったAI分野のテクノロジーは、人の学習にどんな影響を与えるのか。長年、人の学習を支援するテクノロジーの研究に取り組んできた大阪公立大学大学院教授の黄瀬浩一氏は、学習者間での知識の伝達を加速する新しい学習支援モデル「学習サイクロトロン(Le Cycl)」の実現に向けた国際共同研究を行っている(➡こちらの記事)。

黄瀬氏は、「私たちの国際共同研究では、AIを活用して適切な学習者間のネットワークを築き、知識循環を促進することを目指しています。適切なグループを組んで相性のよい人たちと一緒に学んだり、自分に合った“先生”から教わることで、学習者のモチベーションを高めることができます」と話す。

24年4月、OpenAIは、日本法人の立ち上げと、アジア初となる東京オフィスの開設を公表。同時に、日本語に最適化されたGPT-4カスタムモデルの提供を発表した。これにより、日本語テキストの翻訳と要約のパフォーマンスやコスト効率が向上し、前モデルと比較して、最大3倍高速に動作するとしている。その一例として、同技術を活用した英語学習アプリ「Speak」は、ユーザーが間違えた際のチューター(指導者)の説明が2.8倍速くなったという。なお、同カスタムモデルは、数か月以内にAPIで広くリリースされる予定だ。

今後、日本で、生成AIの活用・普及の加速が予測される中、活用する者としない者のスキル格差の拡大も懸念される。本特集では、労働市場、求められる人材像、必要な学びや学び方、活用ツールなど、様々な角度から生成AIを取り巻く状況を探った。今後、企業の新たな価値創出や業務の効率化、生産性向上の一助となれば幸いだ。