文科省人材委員会、5年間の科学技術人材政策の指針を提示

文部科学省の科学技術・学術審議会人材委員会は2026年6月30日、今後おおむね5年間に重点的に進める方針をまとめた「新しい時代の科学技術人材に関する基本政策」を策定した。研究費と安定ポストの確保、博士人材と女性研究者の育成、技術職員や研究開発マネジメント人材の体制整備を3つの柱に据え、産学協働の新事業と研究基盤刷新事業を起点に人的資本投資の拡充を図る内容である。

論文順位低下と女性比率の停滞が起点

委員会が基本政策の前提として示したのは、日本の研究力をめぐる厳しい数字だ。注目度の高い研究を測るTop10%補正論文数では、中国が米国を抜いて世界首位となり、韓国も日本やフランスを上回って台頭している。

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一方の日本は2000年代以降に順位を下げ続け、博士号取得者数も人口100万人当たりで見ると国際的に低位にとどまる。研究者に占める女性の割合は19%で、英国の38.7%や米国の33.8%との差は大きく、教授等の上位職に占める女性研究者の割合も19.0%にとどまる。こうした足元の停滞を反転させるために、人材への投資を抜本的に組み替える必要があるというのが委員会の問題意識である。

直接経費からの人件費支出を拡大

政策の中心に置かれたのが、研究者の研究費と雇用の両面を底上げする仕組みづくりだ。競争的研究費制度については、直接経費から研究代表者だけでなく研究分担者の人件費まで支出できる方向で見直しが進む。科学技術振興機構(JST)の戦略的創造研究推進事業では、2025年12月にこの拡大が実施された。あわせて、間接経費を技術職員や研究開発マネジメント人材の確保に充てる動きを広げ、産学連携に伴う間接経費の比率を従来の30%より高く設定することも検討課題に位置付けている。

INSIGHTで産学協働の好循環を狙う

産学連携の柱として打ち出されたのが「産業・科学革新人材事業(INSIGHT)」である。INitiative for Science, technology and Industry related Growth of Human capital toward Transformationの略称で、AIや半導体など先端技術分野で大学が産業界と組んで研究開発と人材育成を一体的に進める計画を国が支援する。産官学による先端技術分野設定、産業界から大学への投資拡大、大学の人事給与マネジメント改革という3点を基本方針とし、共同研究を通じた人材交流の促進や、産学協働を推進する学内専門組織の整備までを対象に含めている。

EPOCHで研究基盤を組織管理に転換

研究基盤の側面を担うのが「先端研究基盤刷新事業(EPOCH)」だ。Empowering Research Platform for Outstanding Creativity & Harmonizationを略した呼称で、第7期科学技術・イノベーション基本計画の期間中に全国の研究大学等のコアファシリティを戦略的に整える狙いを持つ。組織全体で共用を推進する統括部局の設置や、戦略的設備整備・運用計画に基づく持続的な運用、技術職員や大学リサーチアドミニストレーター(URA)を含めた専門人材の育成までを要件に据え、研究設備等の海外依存からの脱却と若手研究者が挑戦できる研究環境の実現を目指す方向性が示された。

博士課程支援は2027年度から新制度

人材育成の流れは、博士人材から初等中等教育まで一貫して設計し直す方針である。博士後期課程学生への支援では、特別研究員(DC)の研究奨励金単価を引き上げ、次世代研究者挑戦的研究プログラム(SPRING)は2027年度から新制度を本格実施する。経済的不安を主因に進学をためらう日本人学生の後押しを重点とし、優秀な学生への支援を階層化・差異化する考え方が示された。社会での活躍を促す観点では、ジョブ型研究インターンシップの活用拡大や、特別研究員(DC)から特別研究員(PD)への接続強化も検討対象に挙がっている。

SSHは250校体制で類型化

高校段階のスーパーサイエンスハイスクール(SSH)支援事業は、2027年度から本格実施する形に発展・強化する。指定校を全国の高校等の約5%にあたる250校まで拡充し、地域連携型のSSH-Core、研究人材育成に重点を置くSSH-Professional、国際志向のSSH-Globalという3類型を発展期に導入してメリハリのある重点配分を行う。財政支援期間は最大26年から最大20年に短縮する一方、認定枠への加速支援を新設して取り組みの高度化を促す設計に切り替える。

STELLAに「第0段階」を新設

小中学生から大学院生までを連続的につなぐ次世代科学技術チャレンジプログラム(STELLAプログラム)も拡張される。実施拠点は、小中学生向けで全都道府県、高校生向けで2都道府県ごとに1機関を目安に拡大し、選抜段階の前に幅広く理数系に関心を持つ児童生徒を集める「第0段階」を新設する。一部教員の熱意に依存しがちだった大学側の体制を改め、全学的な学内体制と教員へのインセンティブ設計、初等中等教育機関や自治体・企業との組織的連携を要件化することで、支援終了後も活動が続く構造を目指す。

女子中高生支援は低関心層にも拡張

女子中高生の理系進路選択支援プログラムについては、拠点数の拡充に加えて、進路未決定層や低関心層へのアプローチを重視する設計に切り替わる。教育委員会と連携した出前授業を必須化し、在籍する男子生徒も含めた興味喚起の場を増やすことで理工系の裾野を広げる。アンコンシャス・バイアスの払拭を狙った保護者・教員向けの相談会や講演会も組み合わせ、より低年齢の小学生段階からの支援にも事業対象を広げる方針が示された。

若手女性研究者支援を三層構造で強化

研究現場の多様性を底上げするため、ダイバーシティ研究環境実現イニシアティブも見直される。若手女性研究者の研究活動と研究環境を組織的に支える「若手女性研究者活躍型」を新設し、上位職への登用を促す「リーダー育成型」と、優れた取り組みを全国に広げる「全国ネットワークの強化」を組み合わせる三層構造へ移行する。若手段階で研究実績を積める環境を整えたうえで、その層をそのまま上位職へとつなげる経路を確立する狙いがある。

URA・技術職員に2本のガイドライン

研究を支える人材の制度設計も大きく動く。人材委員会は、研究開発マネジメント人材の人事制度等に関するガイドラインを2025年6月にまとめ、技術職員の人事制度等に関するガイドラインを2026年3月に決定した。前者では、URAをはじめとする研究開発マネジメント人材を経営戦略企画業務の本務者として登用する考え方が示され、職階の明確化や業績評価に基づく処遇、博士課程学生や事務職員からのキャリアパス整備が求められている。後者では、技術系部門のトップに理事や副学長を置いて全学的にマネジメントする組織体制や、マネジメント系統とスペシャリスト系統の複線型キャリアパスの構築が打ち出された。

ELSIを先端技術と融合する新領域へ

科学技術と社会をつなぐ取り組みでは、JSTの社会技術研究開発事業を「先端技術×ELSI(仮称)」という新領域に一本化する方向で抜本的な見直しが進む。AIや量子、バイオなどの先端技術分野と、それに関わる倫理的・法制度的・社会的課題の融合領域に対象を絞り、自然科学と人文・社会科学の研究者がチーム型で取り組む体制を必須化する。社会技術研究開発センター(RISTEX)を中核機関に据え、他の競争的研究費制度との併用や若手研究者の参画を促す枠組みへと組み替える。

3本柱と事業群を一体運用へ

基本政策は、当面5年間で重点的に進めるべき具体策を3つの柱と複数の事業群に整理した点に特徴がある。INSIGHTで産学の投資の好循環を起こし、EPOCHで研究基盤を刷新し、SPRINGや特別研究員(DC)、SSH、STELLAで人材の入り口を広げる構造が明確になった。文部科学省は、研究費制度の改革、ガイドラインの周知、概算要求と科学技術人材施策パッケージを通じて、政策全体を一体的に動かしていく構えである。