障害者の「すみません」をなくす ミライロIDで障害を価値に変える
障害者手帳のデジタル化から出発し、約4,000超の事業者が導入するインフラへと成長した「ミライロID」。その構想を牽引するのは、骨形成不全症のため幼少期から車いすで過ごしている垣内俊哉代表取締役社長だ。社会性と経済性を両輪に、障害のある人が「弱者」ではなく「顧客・人材」として認知される社会をどう実現するのか。構想の原点から、キャリア支援・グローバル展開の未来像までを聞いた。
「すみません」をなくしたかった 原点の当事者体験
ミライロIDの構想を語るうえで、垣内社長はまず自身の体験を振り返る。骨形成不全症のため幼少期から車いすで過ごし、障害者手帳を交付されて以来、割引や配慮を受けるたびに「すみません」と声をかけなければならない場面が続いた。「PayPayやd払い、au PAYでお願いしますくらいのものに変えられたらいいな、というのが出発点でした。いちいち申し訳なさを示さなくていい形にしたかった」と話す。

株式会社ミライロの垣内俊哉代表取締役社長(同社提供)
当初は「手帳の電子化ができれば十分」という発想だった。しかしユーザーが増え、共感の輪が広がるにつれ、当初は想定していなかった活用が次々と生まれた。駐車場の精算機でQRコードを読み取るだけで障害者割引が完結する仕組みや、Jリーグ車いす席のオンライン購入など、汎用性は社会全体の要請に押し広げられていった。「構想したというより、そうなっていった」と垣内社長は言う。導入事業者数はインタビュー時点(2026年6月)で4,280超、主要業種は交通事業者、美術館・博物館、レジャー施設など多岐にわたる。
障害者雇用の「数合わせ」を超えて ミライロキャリアの構想
2024年4月に民間企業の法定雇用率が2.5%へ引き上げられ(2026年7月には2.7%へ再引き上げ予定)、障害者雇用への取り組みはさらに加速している。しかしその実態には、課題が残る。雇用率を満たすことが目的化し、定型的な業務だけを任されるケースが少なくない。それを垣内社長は「数合わせ」と表現し、変えようとしている。
ミライロが今年4月に開始した「ミライロ・キャリア」は、60万人超のアプリユーザーと、ユニバーサルマナー研修および検定などを通じて接点を持つ企業群を結ぶマッチングプラットフォームだ。障害のある人が資格や専門性、感性を生かして活躍できる機会をつくることが狙いで、単なる就職支援ではなくキャリア構築の場として設計されている。垣内社長は「障害者もそれぞれのキャリアを歩んでいけるはずです。資格を持っている人も、専門性を持っている人もいる。企業と障害者の結節点に、私たちがなれると思っています」と話す。
手帳が「使えない」から「使える」へ グローバル展開の論点
2024年の訪日外国人は4,000万人に迫った。その一定数が障害のある人であることを考えると、インバウンド対応は自ずとミライロの射程に入ってくる。ただ、現状には根本的な壁がある。日本の事業者が海外の障害者手帳の様式を把握していないため、海外の障害者手帳は国内でほぼ使えないのが現実だ。
ミライロが取り組もうとしているのは、各国の手帳をミライロが確認・認証し、「これは台湾の手帳」「これは韓国の手帳」と明示することで、事業者が判断しやすくする仕組みの構築だ。大阪・関西万博の開催中に海外から多くの問い合わせがあったことを契機として現在準備を進めている。
収益モデルはまだ模索段階だが、垣内社長の視点は長期にある。「世界各国の障害のある方にご利用いただけるようになった先に、また新しいビジネスが見えてくるだろうと考えています」と話し、インフラとして育てる、という一貫したビジョンを示した。
スピードが最大の課題 AIとエンジニア採用で事業加速
世界に13億人以上いる障害者に対し、現在ミライロIDが実質的に対応できているのは日本国内の障害者に限られる。この現実を前に、垣内社長が最大の課題として挙げるのは「事業のスピード感」だ。
対策の柱は二つ。一つはエンジニアの積極採用、もう一つはAIの積極活用だ。すでに手帳の種別確認業務にAIを導入し、基本判定を自動化しつつ、最終的には人の目による確認を組み合わせることで、効率的かつ確実なチェック体制を構築している。「世界のインフラにしていくと掲げている以上、10年・20年かけていては時代に取り残される」という危機感が、変革のスピードを押し上げている。
加えてミライロが一貫して主張するのは、社会性と経済性の同時追求だ。障害者の領域は長らく「社会貢献」として語られてきた。しかしそれでは持続しないし、広がらないと垣内社長は言う。「この施策を行うことでこれだけ儲かる、これだけコストが下がる。そういったことを社内でも社外でも、しっかりと根拠をもって伝えていく。社会性と経済性を担保しながら進めることが重要だと思っています」と話した。
企業への訴求でも、「バリアバリュー(障害を価値に変える)」を理念とし、障害を武器として一方的に突きつけることはしない。過去50年間、日本の障害者運動は権利主張によって前進してきた側面があるが、ミライロは対等なテーブルでロジカルに対話する。その姿勢が、4,000超という受け入れの広がりに結びついていると言える。
障害者を「弱者」から「顧客・人材」へ 10年後の未来像
垣内社長の家系では骨形成不全症が代々引き継がれており、現在の日本の障害者を取り巻く環境は恵まれていると考えている。一方で、現状への危機感を隠さない。現在、日本で働いている障害者は約70万人。大学に進学している障害者も5万人を超えた程度に過ぎず、「学べる人が学べていない、働ける人が働けていない」状況が続く。
目指すのは、障害者が弱者として庇護される社会ではなく、顧客として、そして人材として企業や自治体が積極的に向き合う社会だ。障害のある人が学び、働き、稼ぎ、消費する——その循環が生まれてはじめて、自立した社会参加が実現すると垣内社長は言う。「障害のある方がもっと頑張って学ぼう、働こう、稼いだお金で食事に行こう、旅行に行こうと思える。そういった未来にしていかなければ本当の意味での社会参加はありえないと思っています」と強調する。
日本でその実績を積み上げ、ゆくゆくは世界各国へ。障害者が外出できないままの地域では、インフラ整備そのものが課題であり、車いすさえ高価で手が届かない現実がある。「時の流れを少しだけ早める」——その言葉に、ミライロの事業が目指す地平が凝縮されていた。
プロフィール 垣内 俊哉(かきうち・としや)
株式会社ミライロ 代表取締役社長。1989年生まれ。2010年、立命館大学経営学部経営学科在学中に株式会社ミライロを設立。障害を価値に変える「バリアバリュー」を企業理念に掲げ、デジタル障害者手帳「ミライロID」の開発・展開、ユニバーサルマナー研修および検定、遠隔手話通訳サービス「ミライロ・コネクト」など、ユニバーサルデザインに関する複合的な事業を展開する。一般社団法人日本ユニバーサルマナー協会 代表理事、国家戦略特別区域諮問会議 有識者議員なども務める。