特集1 実務家に求められるリベラルアーツ

古代ギリシアに端を発し、古代ローマから中世ヨーロッパ、その後アメリカへと広がっていったリベラルアーツ。社会が複雑多様化する中、ビジネスパーソンからリベラルアーツに注目が集まっている。本特集ではリベラルアーツを学ぶ意義、学問分野との関連性などを探った。(編集部)

リベラルアーツが目指す
自立的で健全な懐疑的精神

社会が複雑多様化する中で、リベラルアーツ(liberal arts)に注目が集まっている。リベラルアーツは、古代ギリシアに端を発し、古代ローマから中世ヨーロッパ、その後アメリカへと広がっていった。

元々は「自由七科」(幾何、算術、音楽、天文、文法、修辞、弁証)を指していたが、現在、日本の高等教育機関などで行われているリベラルアーツ教育は、幅広い分野を学びながら、批判的思考力や創造力といった思考力などを育む学びといった認識が多いと思われる。

欧米の高等教育機関においてリベラルアーツ教育は盛んだが、日本でも国際基督教大学や国際教養大学、東京工業大学などリベラルアーツ教育に注力している大学はある。

一方で、リベラルアーツは「教養」と訳されることも多く、リベラルアーツを身に付けた人とは「知識が豊富な人」といったイメージを持つ人も少なくないだろう。

そもそもリベラルアーツは何を目指しているのか。長年にわたりリベラルアーツを追究し、現在はリベラルアーツに関する講演や企業研修を行っている元・京都大学准教授でリベラルアーツ研究家の麻生川静男氏は「リベラルアーツを修得するとは、自由精神を持ち、世界の各文化圏の『文化のコア(中核的考え方)』をつかみ、その知見をベースにして『世界と人生について自分の言葉で語れること』です」と話す(➡こちらの記事)。

そして「自由精神とは、自立的で健全な懐疑的精神です。自由精神を持つ人間とは、『人が言っているから』『社会がこうだから』と責任を他者に転嫁するような奴隷的な精神から脱却し、自分の判断で行動する人のことです」と続ける。

麻生川氏には、多様な分野があるリベラルアーツにおいて、何を学ぶことが重要なのか、ビジネスパーソンがリベラルアーツを身につけるためには、どのような方法が重要なのかなどについて話を伺った。

社会人にリベラルアーツの
学びの機会を提供する東京大学

こうしたリベラルアーツを社会人が学ぶ場として提供している大学の一つに東京大学がある。東京大学は、2008年から社会人を対象に、リベラルアーツとマネジメントの力を身に付ける「東京大学エグゼクティブ・マネジメント・プログラム(東大EMP)」を展開してきた。

東大EMPに立ち上げ時から携わってきた東京大学特任教授/名誉教授の小野塚知二氏は、リベラルアーツの重要性について、「先行きが不透明な時代において未来を拓くために求められるのは、『課題解決能力』ではなく『課題設定能力』の獲得です」と話す(➡こちらの記事)。

そして、「その未知の問題を解決可能な形に変換する、つまり課題設定するためには、それを他者にも伝わるように言語化しなければなりません。適切な言葉で表現(言語化/命名)し、それを解答可能な課題に設定し、実証的かつ論理的な仕方(=誰にも納得できる形)で問いを立てる必要があります。そのために不可欠なのがリベラルアーツです」と続ける。小野塚氏には、日本において、これまでリベラルアーツが軽視されてきた要因や、リベラルアーツを身に付けるためには、どのような教育が求められるのかなどについて話を伺った。

「VUCAの時代」と言われるように、生成AIをはじめとするテクノロジーの急速な発達やグローバル化などを背景に、社会が複雑多様化する中で、リベラルアーツに注目が集まっている。

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リベラルアーツと
多様な学問領域

リベラルアーツは様々な領域が学びの対象となる。同じく分野横断、学際的な学問として注目を集めているのが「サステイナビリティ学」だ。2004年の開学時から「国際教養教育」という独自のリベラルアーツ教育を展開する国際教養大学国際教養学部准教授の工藤尚悟氏に、サステイナビリティ学とは何か。学ぶ意義などについて話を伺った(➡こちらの記事)。

また、麻生川氏が指摘するようにリベラルアーツを学ぶ意義が自由精神(自立的で健全な懐疑的精神)を持つことであれば、心理学は重要な分野の一つといえる。

『はじめてのストレス心理学』の著者で、心理生理学の専門家であり、ストレスなどを研究する東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授の永岑光恵氏は、リベラルアーツとして心理学を学ぶ意義について、「人間が偏見などから自由になることだと考えています。社会で生きるために、個々の心の有り様や他者との関係性に向き合うことは避けられません。心理学は心の理(法則)を解明してきました。直感や経験値で認識している心のメカニズムが、必ずしもそうではないということを学ぶことが、新たな対人関係や自己理解につながっていきます」と話す(➡こちらの記事)。「ストレスは悪いもの」といった捉え方やストレスの対処法など話を伺った。

また、リベラルアーツといえば法学との関連も深い。『リベラルアーツの法学』の著者である国際基督教大学教養学部アーツ・サイエンス学科准教授の松田浩道氏は、「リベラルアーツは人間が自由な人格であるために身につけるべき学芸です。そして、自由は法学の根底をなす概念です。法学は、リベラルアーツが目指す自由な人格と、深く関連しています。いかにして全ての人間が自由でありつつ、誰の自由も侵害せずに一人ひとりが本当の意味で自由になれるか、これが法学、憲法学の中心的なテーマです。リベラルアーツとは、非常に密接な繋がりがあります」と話す(➡こちらの記事)。松田氏には、リベラルアーツとしての法学を考察する上での3つの観点や、ビジネスパーソンがリベラルアーツを学ぶ意義などについて話を伺った。

そしてリベラルアーツといえば、哲学を想像する人も多いだろう。古代ギリシアで誕生した哲学は当初から、机上の学問ではなく実践と結び付いたものだった。そこで、哲学者であり山口大学国際総合科学部教授の小川仁志氏に、実践としての哲学やビジネスパーソンにお勧めの哲学の学び方、そして具体的にビジネスパーソンはどのように哲学の叡知を活用すべきなのか、ビジネス哲学研修の潮流などについて寄稿いただいた(➡こちらの記事)。

最後にリベラルアーツにおいて人文社会学は重要な領域だ。企業における「人文社会系分野の知」の活用や産官学連携について研究している京都精華大学国際文化学部准教授の南了太氏に、人文社会系分野の産官学連携などについて話を伺った(➡こちらの記事)。本特集は「リベラルアーツ」をテーマに、リベラルアーツを学ぶ意義、多様な学問分野との関連性、社会人の学びの場などを探った。これからリベラルアーツを学ぼうとするビジネスパーソンにとって参考となれば幸いだ。