VUCA時代の個人と組織に重要なプロティアン・キャリアとは
オイルショック等で長期雇用が揺らいだ1970年代アメリカで生まれたプロティアン・キャリア理論。プロティアンの語源はギリシャ神話に登場する変幻自在の神「プロテウス」。同理論は社会の状況にあわせた柔軟なキャリア構築を目的にしている。普及に取り組むプロティアン・キャリア協会の有山徹氏に聞く。
長期雇用の終焉と
変幻自在なキャリア

有山 徹
一般社団法人プロティアン・キャリア協会代表理事、4designs株式会社代表取締役
1977年生まれ。2000年に大学を卒業後、事業会社を中心に4社で経営企画業務に従事、2019年4designs起業、2020年プロティアン・キャリア協会設立、2024年日本の人事部HRアワード優秀賞受賞。約5年間で35万人以上にプロティアンキャリアを伝える。
── プロティアン・キャリアとはどのようにして生まれた概念ですか。
プロティアンとは、ギリシャ神話に登場する何にでも変身できる神「プロテウス」に由来する、「変幻自在な」という意味の形容詞です。この言葉を「キャリア」と初めて組み合わせたのはアメリカのダグラス・ホール教授で、1976年のことでした。当時、アメリカではオイルショックや貿易自由化で企業が苦境に立たされていました。それを乗り切るために、生産性のより高い分野への労働力の移動、ありていに言えば大量解雇が行われ、長期雇用が崩れ始めていました。そこで、個人が主体的にスキルアップを行い、キャリアを形成する必要性が出てきたのです。そのような変化の激しい時代に対応した、変幻自在なキャリアのあり方が「プロティアン・キャリア」です。
プロティアン・キャリア理論の核心には、自己認識力と適応力の2つを高めることで、個人は変化に対応できるようになる、という考え方があります。自己認識力とは、自分が何を好きか、何に価値を置くか、どんな個性を持っているかを知ること。これを高めるには、日記を書いて感情を振り返ったり、瞑想で内省したりするのが効果的です。あとは、他者からのフィードバックや新しい挑戦も大事ですね。
適応力とは、変化を捉えて行動に移す力です。私はGoogleアラートで業界動向をチェックしたり、全然違う分野の本を読んで視野を広げたりしています。経営者や人事の方なら、新聞を斜め読みするだけでもアンテナが立ちます。変化に気づいて、小さな一歩を踏み出す癖をつけることが重要です。

組織との関係性が左右する
キャリアとエンゲージメント
── プロティアン・キャリア理論は、組織にはどのような影響を与えますか。
プロティアン・キャリア理論は組織にも好影響を与えます。面白いことに、主体的にキャリアを築く人は、結果的に組織へのコミットメントが高まるのです。一見、個人が自由に動くと離職しそうですよね。ところが、自分でキャリアを考えると能力が上がり、成果が出て、組織から評価される。そうすると感謝が生まれ、「この会社を良くしたい」という気持ちが湧いてきます。私が支援した企業でも、管理職がメンバーのキャリアを一緒に考えることで、エンゲージメントが上がった例があります。
── 消極的な個人や、余裕のない企業はどうするのがよいでしょうか。
「前向きになれない」という方には、小さな一歩を勧めます。例えば、興味あることを3分調べる。それが癖になると、主体性が芽生えてきます。ノルマに追われていても、まず自分の感情に目を向けることが第一歩です。主観的な成功を意識すると、少しずつ前向きになれますよ。
一方、企業側には管理職の意識を変えることから提案します。私が支援した企業では、上司が部下に「チャットGPTってどう使うの?」と素直に聞くことから始めました。「一緒に学ぶ仲間」というスタンスなら、管理職と従業員が共に成長することができるのです。
プロティアン・キャリアの
さらなる普及に向けて
── 今後はどのようなことに取り組まれていく予定ですか。
今後の展望として、大きく二つの柱を中心に、個人と組織のキャリア開発をさらに力強く支援していきたいと考えています。
1つは 『キャリア開発診断』の展開です。現在、「キャリア自律」「キャリアオーナーシップ」「人的資本経営」といったキーワードが注目を集める一方で、人事戦略や施策の効果が見えにくい、上司とのキャリア1on1がうまくいっていない、という声も多く聞かれます。法政大学キャリアデザイン学部教授の田中研之輔が開発した『キャリア開発診断』は、個人のキャリア自律度、すなわち「キャリアオーナーシップ」の状態を可視化する画期的なツールです。組織においても、上司との1on1利用による対話の質の向上、社員一人ひとりのキャリア開発状態を把握することで、マネージャーや人事、組織全体が社員の可能性を最大限に引き出すための具体的なアクションを導き出すことができます。
この診断ツールは、田中研之輔の研究知見に基づき、キャリアの状態を客観的に診断し、課題を特定することで、企業がより効果的な施策を打ち出すための処方箋となると考えています。
もう1つはプロティアン・キャリア基礎講座の受講者の拡充です。この講座は、キャリアコンサルタントや人事担当者だけでなく、自らのキャリアや人生を主体的にデザインしたいと考える多くの方々に支持されています。おかげさまで、設立5年でプロティアン基礎講座の受講者は900名を突破いたしました。場所を選ばないオンラインでのサービス提供に加え、当協会の認定者が各地でプロティアン・キャリア理論を伝えていることも、この大きな成果に繋がっていると考えています。
個人の柔軟な働き方と企業成長は両立可能