特集1 学び続ける人が変化を制す 自らの未来を創るリスキリング
AIの進化や働き方の多様化が進むなか、個人が主体的に学び直し、市場価値を高める時代が到来した。リスキリングは単なるスキル獲得にとどまらず、人生を再設計する力となる。本特集では、個人が取り組むべきリスキリングとキャリアデザインの意義と方法論を紹介する。
VUCAの時代を迎え、
政府もリスキリングを促進
AIなどテクノロジーの急速な進化や働き方の多様化が進展し、先行き不透明なVUCA時代を迎え、現代のビジネス環境はかつてないスピードで変化している。こうした中で、個人は継続的な学び直しを通じて、変化に対応することが不可欠となっている。
しかし現実には、積極的にリスキリング等に取り組むビジネスパーソンは一部にとどまる。パーソル総合研究所の調査によると、日本では社外学習・自己啓発を行っていない個人の割合は半数近くにのぼり、諸外国と比較しても不十分だ(図参照)。
現在の状況を打破するため、政府はリカレント教育を国家戦略の中核の一つに位置づけている。今年6月に閣議決定された「新しい資本主義実行基本計画2025」ではリスキリングについて、2029年まで毎年約3000人以上が最先端の知識・技能を修得するという具体的な数値目標を掲げた。
文部科学省は、大学等による実践的なリカレントプログラムの提供を支援している(➡こちらの記事)。令和8年度の概算要求では、「産学連携リ・スキリング・エコシステム構築事業」として約23億円を計上した。新たな人材需要にも対応し、モビリティ、蓄電池、介護、クリエイティブなどの分野について、プログラムの開発・提供を後押しする。
自らの市場価値を高めることが
キャリア形成の鍵を握る
人生100年時代となり、従来のキャリアモデルは転換期を迎えている。エッグフォワード代表の徳谷智史氏は現在について、年功序列・終身雇用の「キャリア1.0」から、転職が徐々に一般的になった「キャリア2.0」を経て、転職や複数企業での雇用が前提となる「キャリア3.0」の時代になったと語る(➡こちらの記事)。
もはや一つの会社に安住できるわけではなく、ビジネスパーソンは自らの市場価値を高めていかなくてはならない。徳谷氏は市場価値について、「希少性×市場性×再現性」の掛け算で決まると説明する。希少性とは、どれだけレアなスキルや経験を保有しているか。市場性とは、マーケットからどれだけ必要とされているか。そして再現性とは、異なる環境においても同等の価値を発揮できる能力を有しているかだ。
追うべきは「短期年収(PL型キャリア)」ではなく「生涯年収(BS型キャリア)」であり、20代か30代のどこかで、目先の年収にとらわれず、自身の能力が上がるような経験を選択し、BS型キャリア形成に取り組むことが重要になると、徳谷氏は説く。
また、ミドルシニア世代の活躍促進も重要なテーマだ。ニューホライズンコレクティブ代表の野澤友宏氏は「大企業に在籍するミドルシニア世代は共通の悩みを抱えています。将来が不安だが何をしていいのかわからない、相談できる人がいない、独立なんてとても考えられないという声をよく聞きます」と現状を分析する(➡こちらの記事)。
同社は「ライフプレナー」という人材像を提唱する。それは「ライフ×アントレプレナー」を掛け合わせた造語であり、人生に対して自分で責任を持ち、新しい仲間(コミュニティ)と関わりながら、自らのキャリアを主体的に形作っていく人材を意味する。同社では、ミドルシニア世代がライフプレナーとして成長し、活躍するのを後押しする「ライフシフトプラットフォーム」を運営している。
ビジネスでも有用な科学的思考
大学院での学び直しの意義
情報が氾濫する現代社会では、人間の認知や思考の弱点を突く誤情報が拡散しやすく、科学的思考の重要性が高まっている。東京大学の植原亮准教授は「科学とは信頼性の高い方法で、質の高い情報を生み出そうと試みる営み」であると語り、科学的思考の必要性を説く(➡こちらの記事)。
科学的思考はビジネスにおいても、勘や経験に頼らず理論的判断を行うために有用だ。植原氏は、科学的思考を「ふだん使い」できるようにすることが、社会全体の「思考の公衆衛生」につながるとし、新しい情報に出会った際には直観的判断を保留し、考える姿勢の重要性を強調している。
また、実務家教員の視点も示唆に富む。東京科学大学の鈴木健二特任教授は、企業でAI研究開発・コンプライアンス・社内教育を横断的に経験し、学び直しを経て大学教員となった(➡こちらの記事)。社会構想大学院大学 実務家教員養成課程での学びが転機の一つとなり、AI倫理やAIと法を軸に教育と実務を融合し、現在は東京科学大学で「AIと社会」「AIとビジネス」を教えるほか、名古屋大学では博士課程の学生の指導に携わっている。鈴木氏は学び直しを通じ、教育・研究・社会実装を結びつける意義を語る。
金融リテラシーや自己啓発、
意識改革と行動変容が重要に
リスキリングの重要な分野として、金融リテラシーの向上がある。ABCash Technologies代表取締役社長の辻侑吾氏は「金融教育はすべての国民にとって不可欠であり、誰もが等しく学べる環境を整える必要があります」と語る(➡こちらの記事)。同社は2025年3月、「金融教育の未来を創る企業連合会」を設立。現在15社が加盟し、官民連携で金融教育を社会インフラとして普及させることを目指している。また、同社は専属講師がマンツーマンで伴走する「ABCash」を展開。家計管理から資産形成まで必要な金融リテラシーの習得を伴走支援し、知識を実践につなげ、行動変容を促している。
ビジネス書の主要なジャンルの一つとして、自己啓発がある。愛知教育大学の尾崎俊介教授は、自己啓発本を「幸福を追求する普遍的な文学ジャンル」として再評価し、ビジネスパーソンにとっても意義のある自己啓発本の本質を語る(➡こちらの記事)。「インサイド・アウト」の考え方、つまり自分自身(インサイド)を変えれば世界(アウト)が変わる、人生を変える主体は自分自身だという考えは、新たなキャリアを切り拓くうえでも重要な心構えとなる。
リスキリングは、変化する時代において自らの市場価値を高め、主体的にキャリアを切り拓くための戦略的な取組みだ。国や企業の支援体制が整備される中、最も重要なのは個人の意識改革と行動変容である。
「自分はどこに行きたいのか」という目的地を、誰かに任せることなく自分で決定し、「ありたい姿」に向けて市場価値を高めるキャリアジャーニーへと踏み出すこと。そして、金融リテラシーのような実生活に直結するスキルを身につけ、行動変容につなげていくこと。それこそが、不確実な時代を生き抜く鍵となるだろう。本特集で紹介する様々な視点が、リスキリングの第一歩となることを期待したい。
