パブリックコメントで住民参画 一人一人が民主主義を支える

人口約2800人の神奈川県唯一の村である清川村において、教育分野をはじめとする行政への住民参画の取組みが始まっている。牽引するのは、2021年5月から清川村議会議員を務める小林大介氏だ。小林氏は住民の声を大切にし、ボトムアップで社会を変えることを目指す。

パブリックコメントを通し、
住民参画の意識を高める

小林 大介

小林 大介

清川村議会議員
NPO法人School Voice Project 理事
1985年生まれ、神奈川県清川村出身。静岡大学を卒業後、青年海外協力隊としてエルサルバドルに2年間赴任。一般企業勤務を経て、神奈川県内の小学校教員として8年間勤務。その後、認定NPO法人Teach For Japan(フェローシップ・プログラム運営チーム統括マネージャー)。2021年5月~、清川村議会議員。

住民が行政に意見を伝える手段の一つとして、パブリックコメントがある。しかし全国の多くの地域と同様に、清川村においても住民のパブリックコメントへの関心は低く、これまで村内で行われたパブリックコメントには0件から数件の意見しか集まらなかった。

清川村議会議員の小林大介氏はこうした状況を打破するために、2023年度より改訂となる清川村教育大綱の案に対するパブリックコメントの募集に合わせて、誰でも参加できるオープンな対話の場を開催。その結果、68件もの意見を集めることに成功した。

「教育大綱は、村の教育の大きな方向性を決めるものです。この議論に少しでも多くの住民を巻き込むことで、教育を自分ごととして捉え、自分たちの手で村の未来をつくり出すという意識を醸成していきたいと考えました」

小学校教員から転身し、
議員として情報発信に力を注ぐ

小林氏は小学校教員などを経て、議員になった経歴を持つ。

「小学校教員として、教育に関する様々な課題を感じていました。自分なりに教科指導やクラス運営を工夫して手応えを感じていましたが、問題意識は学年全体、学校全体へと広がり、教育の課題を本質的に解決するためには、自分が影響力を発揮できる存在にならなければならないと思ったんです。年齢や経験年数に関わらず影響力を発揮するための手段として、議員になることを決意しました」

小林氏は2021年4月に実施された清川村議会議員選挙に無所属で出馬し、弱冠36歳ながら3位で当選。議員になり、まず課題として強く感じたのは「行政から住民に対する情報発信が圧倒的に足りない」ことだった。

「住民の方々が知らないところで知らないうちに、地域の大事なことが決まっているような違和感を覚えました。住民の方々にとって、行政や議会をもっと身近にしていく必要があります」

小林氏は議員になってから毎月、タウンミーティングを開催している。それは行政や議会の情報を分かりやすく住民に伝える勉強会であり、村外からの参加者も含めて、多様な意見を交わす場となっている。

こうした流れの中に、教育大綱案のパブリックコメントにおける住民参画がある。多くの地域でパブリックコメント制度が機能せず形骸化している背景には、行政側の情報発信の不足とともに住民側の無関心や“お任せ体質”もある。

「清川村教育大綱案に対しても、最初はほとんどの方がそもそも『教育大綱って何?』という状態でした。住民の方々の意見を引き出すために、私は集まった人たちに対して、教育大綱の基本的な概要や他の自治体の事例等を紹介するプレゼンテーションを行いました。発言しやすい場づくりやファシリテーションを意識し、パブリックコメントの意見を募っていきました」

こうした努力やプロセスを経て、パブリックコメントで68件もの意見を提出した。

「住民の声を政策に反映するという意義だけでなく、意見を積極的に表明すること自体が行政への牽制機能を果たします。タウンミーティング等を地道に積み重ねて、住民の方々の行政や議会に対する関心を継続的に喚起していくことが重要であると考えています」

積極的にタウンミーティングを開催し、住民参画を促している。

積極的にタウンミーティングを開催し、住民参画を促している。

自身の議員活動の根幹には
今も「教育」がある

清川村では教育大綱の案に続いて、幼稚園・小学校・中学校一貫校の施設整備基本構想の案に関するパブリックコメントにおいても、小林氏の働きかけで200件以上の意見が提出された。

「一貫校の基本構想に関して、行政側は原案ありきで考えていたかもしれませんが、そもそも開示されている情報が不足しているなど、いろいろな問題がありました。パブリックコメントを経て計画策定のスケジュールが見直されたことは、一つの成果だと思います」

また、小林氏は清川村議会議員としての活動と並行し、NPO法人School Voice Project(SVP)の理事も務めている。SVPは、学校の課題を現場の声で変えていく活動を展開する団体だ。アンケート等で現場の教職員の声を集めてメディアで発信したり、政策提言を行っている。

小林氏は住民や教員の声を大切にし、現場からのボトムアップで社会や学校を変えることを目指している。しかし、現場の声が常に正しいとは限らない。

「世論はぶれやすく、時に間違うこともありますし、ポピュリズムには負の側面があります。例えば、自分たちに給付金が配られるとなったら、それが将来世代に負担を先送りする政策だったとしても、多くの人は賛成するかもしれません。だからと言って、行政の意思決定にすべてを委ねれば常にベストな判断をしてくれると考えるのは間違っています」

小林氏は、住民参画を否定するような態度は「市民は育たない」という前提に立っていると指摘する。

「住民にきちんと情報を開示し、一人一人が責任をもって政策を判断する機会を積み重ねていくことが、民主主義を支えます。住民が判断を誤る時もありますから、短期的にはダメージを被ることもあるでしょう。しかし、そこから得られる学びもあります。自分たちの判断に対する責任を自分たちで負うという経験を積み重ねていけば、安易な選択はダメという反省が生まれ、市民として成長できると考えています」

小林氏が継続的なタウンミーティングに力を注ぐのも、それが住民にとって学びと成長の機会になるからだ。小林氏は議員となった今も、自身の活動の根幹には「教育」があると語る。

「学校においても、先生方が決めた校則やルールに従うだけの活動ではなく、もっと子どもたちにルールメイキングを任せるべきです。子どもたちが自分で責任をもって学校行事などを企画・運営すれば、仮に失敗したとしても大きな学びを得られます。そうした経験を積まないと、いつまでたっても人が決めたルールに従うだけになってしまう。私の根底にある想いとして、人は経験を糧とし、成長できる存在であると信じています」