企業内において、起業家的人材はどのようにして育つのか

日本の大企業において、新事業開発はいかなるキャリアをたどった人材によって行われてきたのか。また、企業に求められる取組みとは何か。企業内における起業家的・経営者的人材の特性や、イノベーションの経営史について研究する一橋大学大学院・島本実教授に話を聞いた。

イノベーション創出には
政策よりも人材が大きく影響

島本 実

島本 実

一橋大学大学院
経営管理研究科経営管理専攻 教授
1994年、一橋大学社会学部卒業。1999年、一橋大学大学院商学研究科博士課程修了。一橋大学博士(商学)。2003年~2004年、ハーバード大学客員研究員。2004年より現職。研究上の関心はイノベーションの経営史・政策史にあり、具体的には、再生可能エネルギー、ファインセラミックス、バイオテクノロジーなどにおける産官学連携を通じた組織的な新技術・新産業創出プロセスの歴史的解明を研究テーマとしている。

── 島本先生は、政府の産業政策とイノベーションの関係について研究するとともに、企業内で新事業開発を担う起業家的・経営者的人材についても研究されています。

私は長年、イノベーションの経営史・政策史に関する研究を続けています。その背景として、政策がイノベーションの創出に大きく影響すると考えていました。

しかし研究を深めるにつれ、産業政策による影響は一部にとどまり、企業内における起業家的・経営者的人材の活動が重要であると考えるようになりました。

日本の経済力低下の要因として、企業におけるアントレプレナーシップやイノベーションの欠如が指摘されます。私は日本の大企業において、どのようにして新事業開発が行われてきたか、またそれはいかなる人材によって担われたのかなどに焦点を当てた研究を行っています。

── イノベーション創出に向けた日本企業の課題について、どのように見ていますか。

日本のビジネスパーソンの多くは、新事業に挑戦しようというマインドを持っていないと感じます。企業という共同体に所属することが目的となって、いわば周囲からの承認を得るために仕事をしている。自分で何か新しいビジネスを立ち上げたいという気概に乏しく、近年は管理職にはなりなくないと考える若者も増えて、むしろ波風を立てずに何もしないことを是とする風潮もあります。こうした環境では、イノベーションは生まれづらいでしょう。

私が日本の代表的な経営者について、いかなるキャリアをたどったのかを研究したところ、一つのパターンとして、若い頃から「この会社のために」などと仕事に邁進する模範的なビジネスパーソンだったわけでなく、我が道を行くような人材が多く見られました。それが修羅場的な経験を通じて、「自分がこの会社を何とかしなければ」という思いを強くし、起業家的・経営者的人材として成長を遂げ、新事業を創出したりV字回復を成し遂げていました。

また、日本企業における起業家的活動の歴史的経緯をたどると、失敗を恐れず挑戦する人材がいて、それを周囲や経営層がサポートしたり、我慢しながらでも任せるといった状況がよく見られます。

起業家的・経営者的人材は
どのような環境で育つのか

── 起業家的・経営者的人材が育つためには、どのような組織づくりが重要になると見ていますか。

一例として、ポスト・イット等の新製品を開発し、継続的なイノベーションの創出で知られる米国のスリーエムは、個人の自主性を徹底して尊重する仕組みを整えています。社員が勤務時間の15%を自分自身のプロジェクトに使える「15%ルール」を導入しているほか、自発的な小集団を形成し、社内のサポーターの協力を得ながら自身のアイデアを事業化するプロジェクトを推し進められる環境があります。

また、京セラはアメーバ経営等による小集団を形成し、自身の貢献とその成果をはっきりと理解できるようにしています。多くの日本企業では、自分が取り組んでいる仕事によって何が変わるのか、企業成長にどのようにつながるのかなどを把握しづらいのが実状でしょう。その点、スリーエムも京セラも小集団で成果をフィードバックするという仕組みは共通しており、それが起業家的・経営者的人材が育つ要因の一つになっています。

成果のフィードバックとともに、本人に権限を持たせて任せた以上は、よほどのことがない限り任せきることも重要です。スリーエムでは、上司の判断のみで部下の自主的なプロジェクトをストップできないようにしているそうです。

企業内においてイノベーションを創出するためには、挑戦する人材に加えて、それを支援するサポーターの存在も欠かせません。サポーターに支えられ、自らの権限と責任で新事業へのチャレンジを続けられる環境があれば、日本企業でも起業家的・経営者的人材が育ちやすくなると思います。

独立してスタートアップを立ち上げる起業家は、自らのビジネスの将来性を投資家に説明し、資金を調達することで、事業を継続できます。同じように、ある意味、企業内に疑似的なマーケット環境をつくることで、社内起業家が多くのサポーターの協力を得ながら困難を克服し、新事業を生み出せる基盤が築かれる可能性があります。

── 今後、どのような研究に取り組んでいきたいと考えていますか。

従来、日本は製造業が中心となって経済発展を遂げてきました。経営史の分野でも、主に製造業を中心としたモデルが研究されてきました。しかし世界でGAFAが台頭しているように、ITやAIの進化によって産業構造は変わり、学問的にも新たな視座や枠組みが求められていると思います。

この20~30年、イノベーションやアントレプレナーシップの必要性が語られてきましたが、なかなか変化を遂げられないのが現実であり、日本企業の多くが国際競争力を低下させています。私は日本におけるイノベーション・システムの歴史的解明を通して、日本企業の成長や産業発展に貢献していきたいと考えています。