特集1 個の能力を引き出す 新規事業を支える人材の育成
労働人口の減少が急速に進む中、企業は既存事業だけではなく、新規事業による新たな価値の創出やイノベーションを牽引する人材の育成が喫緊の課題となっている。本特集では、新規事業を支える人材の育成について、必要な学びや取り組み、組織の在り方など探った。(編集部)
人口減少が進む日本
新規事業開発における課題とは?
デジタル化やグローバル化をはじめ、企業を取り巻く環境が大きく変わる中で、既存事業だけではない、新規事業による新たな価値創造、イノベーションが求められている。
一方で、日本の労働人口は2025年の7,170万人から2045年には5,584万人まで低下することが予測されている。また、世界各国のGDPは、今後、中国の成長が続くほか、インド等の新興国における急成長が予測されているが、日本では人口減少の影響から低成長が続く見通しだ※。こうした中で、イノベーションを担う人材の育成は企業にとって喫緊の課題となっている。
企業内で新事業開発を担う起業家的・経営者的人材について研究を行ってきた一橋大学大学院経営管理研究科教授の島本実氏は、イノベーション創出に向けた日本企業の課題に対して、「日本のビジネスパーソンの多くは、新事業に挑戦しようというマインドを持っていないと感じます。」と話す(➡こちらの記事)。島本氏には、起業家的・経営者的人材が育つためには、どのような組織づくりが重要なのかなどについて話を伺った。
大企業におけるイノベーションや新規事業立ち上げのコンサルティングなどを行う株式会社スケールアウト。共同代表の飯野将人氏は、日々新規事業開発に関する相談を受ける中で、大企業が抱える課題が2つ見えてきたと話す(➡こちらの記事)。1つ目は「新規事業のゾンビ化」だ。これは、大企業が新規事業提案制度などを導入して、新規事業開発をはじめてみたが、続けさせるべきか、却下すべきか判断できない事業が乱立し“漂流”してしまっている状況を指す。
2つ目は「新規事業を担うイノベーション人材の枯渇」だ。特に目立つのは、ある程度、新規事業の立ち 上げが進んだが、1~2年経ってからイノベーション人材の枯渇に気付くパターンが多いこと。そこで同社は、必要なスキル・ノウハウを詰め込んだ動画コンテンツや「事業開発してみたい」と手を挙げた人材を対象にしたワークショップといった「種まきの支援」に取り組んでいる。
イノベーションの担い手を
育成する上で必要な理論・学び
イノベーションの担い手として企業家をどう育成するかが企業の課題となっている中、近年、エフェクチュエーション(effectuation)に注目が集まっている。エフェクチュエーションは、S.サラスバシによって提唱されたアントレプレナー(企業家)の理論で、1.手中の鳥の原則、2.許容可能な損失の原則、3.クレイジーキルトの原則、4.レモネードの原則、5.飛行中のパイロットの原則と5つの行動原則を提示。経営にかかわる国内外の実務家と研究者のあいだで注目度が高まっている。
2024年6月に『エフェクチュアル・シフト』(千倉書房)を上梓した神戸大学大学院経営学研究科教授の栗木契氏に、エフェクチュエーションとは何か、5つの行動原則やマーケティングを起点としたイノベーションをいかに進めればよいかなどについて寄稿いただいた(➡こちらの記事)。
また、アントレプレナーシップを専門とする早稲田大学大学院ビジネススクール教授の東出浩教氏には、新事業開発を担うイントラプレナー(社内起業家)の特性や人材要件、イントラプレナーを育成するためには、何が重要なのかなどについて話を伺った(➡こちらの記事)。
新規事業開発というとアイデア出しばかりが重視されるが、真に必要なのはその手前の、内省と対話を通じた自身の「価値観」の掘り下げではないかといった疑問もある。
新規事業開発から組織開発まで、幅広いプロジェクトのコンサルテーションやファシリテーションに取り組む株式会社MIMIGURI デザインストラテジスト/リサーチャーの小田裕和氏は、「これまでにない価値」を実現するためには、新たな「価値観」を醸成していこうとする姿勢が重要になる」と指摘する(➡こちらの記事)。小田氏には、「新たな価値」とは何なのか、内省と対話を通じて自身の価値観を掘り下げることのできる場の必要性などについて寄稿いただいた。
近年、社内起業を担う人材育成の手段の一つとして、副業に注目が集まっている。背景には、副業を通じて、多様な経験を積むことで起業家的人材としての成長や社外の多様な人的ネットワークの構築が期待でき、社内起業や新事業開発の促進が見込まれる点がある。副業や社内起業を専門とする東洋大学経済学部教授の川上淳之氏に、副業による学習効果を高めるには、何が重要となるのかなど話を伺った(➡こちらの記事)。
新規事業を生み出す
イノベーションカルチャーの醸成
先に紹介したスケールアウトのように、企業を対象とした新規事業を担う人材育成に向けた多様な取り組みが進む中、企業自身はどの様な取り組みを進めているのだろうか。
2021年に新たなパーパスを策定したセブン銀行は、顧客の期待を超える、新たな未来の創出を目指している。同社は社員の継続的な自己変革を促進するために、2022年に全社横断のプログラム「SEVENBANK Academia」を発足。階層別のコミュニティによる交流や経営者対談イベント、インプットとアウトプットを融合した「越境学習ゼミ」など、SEVENBANK Academiaの活動は多岐にわたる。また、社内にCX部を設置して社員の挑戦を伴走支援し、協働から自走へとつなげている。さらに業務の10%はイノベーション活動に従事する「EX10制度」を導入し、意識醸成・カルチャー変革を推進。こうした取組みを通して、一人一人の行動変容を促し、企業変革を自分ゴト化できるよう努めている。
同社の松橋正明社長には、自律型人材の育成と、新規事業を生み出すイノベーションカルチャーの醸成について話を伺った(➡こちらの記事)。
また、大企業の新規事業開発では、社内起業家精神をもつマネジメント層の活躍が要だが、企業の枠を超えた取り組みも進んでいる。
企業に向け新規事業開発支援をワンストップで提供するキュレーションズ株式会社は、今年8月、新規事業部門責任者を対象とした研究会「COMMIT(コミット)」を設立した。新規事業とミドルマネジメント層に特化した、企業間を横断する知見を共有し、公共財として開放することで同時多発的に企業変革の実現を目指している(➡こちらの記事)。
本特集は「新規事業を支える人材の育成」をテーマに、様々な角度から現状の課題、最新の取り組み、必要な知見、今後の展望など検証した。イノベーションを牽引する人材育成に向けて参考となれば幸いだ。
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※2050年を⾒据えた「シン・ニッポンイノベーション⼈材戦略」(令和6年10⽉15⽇)科学技術・学術審議会 ⼈材委員会