日本に先行して海外で普及する、スキルの自動可視化テクノロジーとは
リスキリングのためには事前に、現時点でのそれと身に付けるべきそれ、2種類のスキルの可視化が不可欠だ。海外ではそのようなスキルの可視化をAIが自動で行うテクノロジーが普及している。
現時点でのスキルと身に付けるべき
スキル、それぞれの可視化の必要性
石川 ルチア
企業が従業員のリスキリングに取り組む際、欠かすことができないのがスキルの可視化である。リクルートワークス研究所ではリスキリングを4つのステップに分け、スキルの可視化を最初のステップに位置づけている1。
スキルの可視化には、2つの要素が含まれる。従業員が保有しているスキルの把握と、今後社会で必要となるスキルの特定である。デジタルの世界では必要なスキルが刻々と変わるため、これまでの経験や業績が必ずしも将来の仕事で参考になるとは限らない。従業員が現在持っているスキルと、今後社会で必要になるスキルを明らかにすることで、企業は社内に不足しているスキルの開発に取り組み、事業で新たな価値を生み出すことができる。
これまで、検定や資格制度など第三者によって証明されたスキルはわかっても、ソフトスキルをはじめ業務で発揮した具体的なスキルや熟練度を把握するのは容易でなかった。しかし近年では、機械学習や自然言語処理を用いたスキル可視化のテクノロジーが登場し、従業員がこれから業務や研修で身につけるスキルも含めて、リアルタイムで網羅的にスキルを把握することが可能になっている。
日本への導入が待たれる
スキルの自動可視化テクノロジー
日本では、従業員のスキルを何らかの方法で可視化している企業は約4割ある2。これらの企業がスキルの可視化テクノロジーを利用しているかどうかは明らかでないが、もともと海外で先行している技術のため、日本での普及率はそれほど高くないと考えられる
しかし世界全体で見ると、スキルの可視化テクノロジーの市場規模は13億ドルと、一大市場となっている3。実際、2023年に筆者がHRテクノロジーコンファレンス「Unleash」に参加したとき、WorkdayなどのERP(企業資源計画システム)、Cornerstoneなどの学習体験プラットフォームと、あらゆる領域のツールが、スキルの可視化を標準サービスとして備えていた。背景にあるのは、社内の人材をリスキリングや配置転換によって積極的に活用し、激しい人材獲得競争を乗り越えたいという企業側のニーズだ。
スキルの可視化が一般化している海外のツールの中でも、特に高度な自動化が進んでいるものには、「Eightfold」「Degreed」「Reejig」などがある。ここではReejigを取り上げ、その仕組みを解説する。
図1をご覧いただきたい。左半分は、従業員のスキルプロフィールを自動作成する際にAIが利用するデータの種類を示している。「従業員データ(人事異動歴、参画したプロジェクトの内容、業績・人事評価など)」「研修履歴」「職務に関する情報(業務内容、必要な専門知識など)」といったデータを基に、従業員が保有するスキルをAIが可視化する。そこに「非従業員データ(元従業員、過去の応募者など)」「社外の一般公開データ(ジョブボードの求人、ビジネス系SNSの公開プロフィール、企業の年次報告書など)」を参照することで、似た経歴の人たちが持つスキルを、その従業員も持っていると推測する。
こうして自動作成されたスキルプロフィールを、本人が修正したり、同僚や上司が承認したりして完成させる。本人のデータや外部の一般公開データが日々更新されるのに合わせて、最新のスキルプロフィールが維持される。
図の右半分は、左のデータを基に可視化されたスキル情報を、企業がどのように利用できるかを示している。またスキルの可視化テクノロジーの多くは、従業員向けの機能も備えている。主に次の4つである。
①従業員のスキルプロフィールに適している社内の職務やキャリアと、不足しているスキルを表示する
②不足しているスキルを習得できる学習コンテンツと接続する
③従業員が今後身につけたいスキルを登録すると、社内でそのスキルを持つ人を表示してつながりを促す
④新たに獲得したスキルを実践できる社内のプロジェクトや職務をレコメンドし、応募の仕組みを提供する
企業が将来必要となる人材をリスキリングで育成する「人材開発」と、従業員自身の選択による「キャリア設計」の両立が目指されているのである。
スキルの可視化テクノロジーが
日本で普及するためには
企業がスキルの可視化テクノロジーを導入する際は、従業員間の活用と定着を促進するために、次の2点に留意するとよいだろう。
1点目は、アクセスしやすいツールを選択することである。都度ツールを立ち上げてログインしなければならないと、従業員の利用が進まない。日々業務で使っているツールからシームレスに飛べるように、日常業務に組み込めるとよい。また、工場のオペレーターや看護師などノンデスクワーカーも利用できるよう、モバイルフレンドリーなツールを選択するのが望ましい。
2点目は、組織を透明化することである。従業員からスキル情報を収集するだけでなく、グループ会社も含めて社内にある職務と必要なスキルなど、企業側の情報を開示する。そして、昇進・昇格、昇給、異動といった人事の意思決定にスキルプロフィールを活用する。従業員が、スキルを身につけてプロフィールを更新していくことで新たな機会を得られると実感すれば、ツールの利用もリスキリングも進むのではないだろうか。
日本では、ここで紹介したような複数のデータソースを基にスキルプロフィールを自動作成するベンダーが見当たらないため、その開発が待たれる。海外のベンダーの日本語版を利用する場合、すでに海外のビッグデータが蓄積されているという点で、可視化の精度が高いと言える。国や企業による特殊性が少ないデジタルスキルなどのハードスキルであればなおさらだ。
日本では、いわゆる「ジョブ型」の職務給制度へ移行する企業があるが、移行の一環で行う職務の役割や業務の棚卸しは、スキルの可視化テクノロジーを活用することで効率化できる。また、最近海外では、勤続年数や職務経験ではなく「スキル」を基に人事の意思決定を行うことが公平だとされており、ダイバーシティ推進や賃金格差の是正といった施策においても利用されている。
リスキリングの第一歩として、また新たな人事制度を構築する際の土台として、テクノロジーを活用したスキルの可視化から始めてみるのはどうだろうか。
1 リクルートワークス研究所『リスキリングする組織――デジタル社会を生き抜く企業と個人をつくる』2021年、https://www.works-i.com/research/report/item/reskillingtext2021.pdf
なお、ステップ2は「学習プログラムをそろえる」、ステップ3は「学習に伴走する」、ステップ4は「スキルを実践させる」。これに加えて、4つのステップが成功するための8つのキーファクターがある。
2 HR総研「社員のリスキリングに関するアンケート調査報告――事業成果が出ている企業は『スキルの可視化』への取組み率が2倍以上」、HRプロ、2023年11月8日、https://www.hrpro.co.jp/research_detail.php?r_no=369
3 Roy Maurer, “Skills Tech Market Is Booming,” SHRM, Nov. 27, 2023, https://www.shrm.org/topics-tools/news/technology/skills-tech-market-is-booming