人口増に転じた「奇跡の島」海士町 グローカルな学びの現在地
全国から生徒を募る「島留学」やお試し移住制度「大人の留学」で注目が集まる隠岐諸島の海士町。東京から移住した大野佳祐氏は、全国初の学校経営補佐官として隠岐島前高校に携わるとともに、ふるさと納税を活かした地域活性化に奔走する。人づくりと地域づくりにかける思いを聞いた。
全国から集まる「留学生」
グローカルな学びが活性化
大野 佳祐
──これまでにどのような教育活動に取り組んできましたか。
私が海士町に移住したのは2014年のことです。隠岐島前高校では、全国から生徒を募る「島留学」が始まって4年ほど経ち、軌道に乗ってきており、次は何を目指そうかというタイミングでした。「グローカル人材の育成」を掲げる隠岐島前高校で私が取り組むことになったのがグローバル化の推進です。それまでも、生徒が地域とつながる「ローカル」の取り組みは進みつつあったのですが、「グローバル」の側面が弱かった。そこで文部科学省の「スーパーグローバルハイスクール(SGH)」の指定を受けました。
例えば、全員が2年次に参加するシンガポール海外研修のプログラムをいっそう充実させたり、ブータン、ロシア、エストニアなどに毎年数名の学生を派遣するプログラムを新たにつくったりしました。また、他国からの受け入れも積極的に行い、今もブータンからの留学生が寮生活を送りながら、日本の生徒とともに学んでいます。
2019年からは学校経営補佐官という立場で関わっています。隠岐島前高校は県立高校ですから、先生方は定期的に異動があります。特に校長先生の任期は長くても3年ほどで、校長先生が変わるたびに学校経営の方針が揺らいでしまう難しさがありました。当時の話ですが、例えば、アクティブラーニングをどの程度まで推進するかといった点ひとつとっても、校長先生によってだいぶ変わってきます。
そこで、学校経営補佐官という役職を設けることで、校長先生だけでなく、教頭先生、事務長、主幹教諭の先生方とチームで学校経営を担っていく体制にしました。中長期の目標をしっかりと定め、たとえ人が変わっても目標に向かって進化し続ける学校にしていこうと、定期的なディスカッションで意識をすり合わせながら取り組んでいます。
生徒も先生も失敗を称え合い
自己決定できる力を養う
──島留学のほかにも、隠岐島前高校の特色をご紹介ください。
特色の1つは地域共創科という学科があることです。文部科学省の普通科改革支援事業に採択され、2022年度に新たに設置された学科です。入学から1年間は全員が普通科として共通カリキュラムを学び、2年次に学科選択をしますので、実質的な本格稼働は昨年度からで、現在2年目を迎えています。
地域共創科では、毎週木曜日の朝から晩まで丸一日かけて、自分で決めたプロジェクトに取り組むという野心的なカリキュラムに挑戦しています。例えば、ある女子生徒はその時間を使って海士町産の米粉と梅を使ったクッキーを商品化しました。現在、フェリーターミナル内のショップで販売されています。既にこうした「成果」が出始めています。
挑戦する内容は何でもいいのですが、とにかく自分で選択できることを重視しています。一定の制約は当たり前にあるなかで、自分で考えたうえで自分の道を選び、もし途中でちょっと違うかなと気づいたら、その都度自分で修正すればいい。そうした自己決定できる力を高校時代に育んでほしいと強く願っています。
──生徒たちの学びや気づきを促すため、カリキュラム以外に工夫している点はありますか。
学校経営スローガンとして、2022年度から「失敗を共に称え合う学校」を掲げています。教育現場では通常、何かに挑戦しようといったスローガンを掲げることが多いと思いますが、恐れずに挑戦するためには、失敗しても大丈夫、むしろ称い合えるという経験が大事だと考えたからです。
本校独自の学校行事として、毎年10月13日を「失敗の日」と定め、この日は先生方も自身の失敗について語ってもらいます。「今年度は、こういう点に踏み込んでみたけれど、全然うまくいかなかった」といった失敗談を、校長先生も含めて話してもらいます。すると生徒側は、「あの先生はそういうことを考えながら授業をしているのか」「そこを失敗と感じていたのか」と新しい発見があり、大いに盛り上がっています。
今年で3回目を迎えた「失敗の日」は、初めて生徒主体で行ってもらいました。予算も含めて生徒たちに任せたところ、クラウドファンディングで足りない資金を集め、ゲストにタレントの西野亮廣さんを招くなど、非常に意欲的に取り組んでいました。
学校という場では、どうしても役割上、先生側が学びを提供し、生徒側が学びを受け取るという関係になりがちです。でも本来、生徒と先生は共に学びを創っていくパートナーであるべきです。失敗を共有して称え合うことが当たり前になると、先生が何かミスをしたときに「失敗おめでとう」などと生徒に声をかけられたりします。とてもフェアでいい関係性だと私は思います。
将来につながる豊かな教育環境
自分らしく挑戦する生徒を育む
──魅力的で持続可能な地域づくりに向けて、「学校」の役割はどこにあるとお考えですか。
若い人が地域の中で頑張る姿は、有り体に言って地域を元気にしますね。2021年度からは高校生以外にも20代の若者を対象に「大人の島留学」をスタートし、毎年100人以上の若者が島外からやって来ますから、人口2,300人の島にとっては数の上だけでも相当なインパクトです。お祭に若い人が混じっているだけでも活気が違いますし、地域の清掃活動に高校生が100人単位で参加してくれるのは、地域にとっては単純に「労働力」としても非常にありがたい。高校生にとっても、自分の起こしたアクションやアイデアで多少なりとも「地域を動かすことができた」という経験は、とても大きいと思います。
島には大学がありませんから、卒業後は進学で島を離れる生徒も多い。そんな彼らが就職する際に、都会の企業で働くほうが挑戦しがいがあるのか、はたまた隠岐のような条件不利な地域で働くほうが挑戦しがいがあるのか、さまざまな選択肢を真剣に天秤にかけることになるでしょう。
どのような道を選ぶにしても、日本全国、世界中どこに行っても大丈夫と思えるように伸びていってほしい。実際、おそらく本校で学んだ生徒たちは、都会だけで生まれ育った子どもたちより選択肢が広がっているはずです。自分らしく挑戦できる環境を選ぶきっかけとなる経験を積めるよう私たちも努めています。
多感な中学・高校時代にこそ、自分の将来に紐づけられる経験を積める教育環境を担保しておくことが、生徒たちにとってはもちろんのこと、地域側にとっても大きな意味を持っていると思います。
ふるさと納税を原資に
町の未来につながる事業に投資
──AMAホールディングス株式会社では、どのような事業に注力していますか。
AMAホールディングスでは、主に地域の資金循環にまつわる事業を手掛けています。教育に関わり続ける中で、将来的に高校を卒業して島を出た若者が「島に戻ってきたい」と思える職場があまり多くないことに気が付きました。ちょうどその頃、AMAホールディングスという会社を立ち上げる動きがあり、マルチセクターで進めていこうと、教育側からの代表として私にも声をかけていただき、取締役として参画することになりました。
若者が魅力を感じる仕事を増やすために、まずは外貨獲得を強化する必要があると考えました。そこでAMAホールディングスの事業としてふるさと納税を手掛けることにしました。それまでも役場でふるさと納税は行っていましたが、私が着手した2019年には約4,000万円規模だったところ、現在は3億円弱と、この5年間で約7倍にまで伸びてきました。
特に目新しいことをしたわけではありません。海士町内のさまざまな領域の事業者さんに一人ひとり会いに行き、商品を出してもらうことから始めました。あまり外に発信されていなかったものを掘り起こしてブランディングし、島外の人に見つけてもらいやすくしたわけです。
せっかく外貨獲得に成功しても、雇用や投資、所得増加につながったり、挑戦する人を増やしたりできなければ意味がありません。そこで、ふるさと納税を原資として、その一部を一般社団法人海士町未来投資委員会に拠出し、海士町の未来につながる事業に投資しています。
これまでの3年間で、仕事づくり・まちづくりへの挑戦など、海士町に眠る地域資源を活かそうとするさまざまな事業が生まれています。現在はちょうど第4期事業の審査の真っ最中。採択されるかわかりませんが、隠岐島前高校の卒業生たちもエントリーしており、今から結果が楽しみです。
人の奪い合いから脱却しよう
関わり続けたい魅力ある地域に
──今後さらに力を入れたい取り組みや、目標やビジョンをお聞かせください。
島外の関係人口を増やしていきたいですね。高校での「島留学」や「大人の島留学」のおかげで着実に若い人が増え、社会増によって人口が下げ止まったことで注目いただく機会もありますが、彼らがいったん島を離れ、30~40歳代になったときに、また違う形で関わり続けてくれる仕組みをつくっておきたい。海士町の人口は今2,300人ですが、同じぐらいの関係人口を築ければ、町の経営の仕方がガラリと変わるはずです。
関係人口といっても、島外の企業が海士町で事業を起こすだけでは、資金流出になりかねません。そうではなくて、島の人間と関係人口とで共創的に事業を起こしていく方が楽しみも多い。あるいは、島外の方が「アンバサダー」のような形で、地域にある事業に経営参画していただくこともできるかもしれません。
教育への投資はなかなか回収できないとよく言われます。ごく短期的に見ればそうかもしれませんが、もっと長い目で見れば、私は決してそうは言えないと思っています。高校時代を島で過ごした若者が、10年後に新規事業の挑戦者として新たな関わりを生み出してくれるかもしれない。そうした視点で考えれば、教育への投資が地域に返ってくる可能性は十分にあります。
各地で移住促進などの地方創生事業を行っていますが、日本全体の人口減少が避けられないなかで人の奪い合いをしても不毛な争いに過ぎません。そこを脱却するための先進事例をぜひ海士で生み出したいですね。