特集1 多様な人材が活躍できるためにダイバーシティ経営に必要な視点と実践

人手不足の深刻化、グローバル化によってダイバーシティ経営は、日本の持続的成長にとって不可欠といえる。一方でダイバーシティ経営が進んでいないという声も聞かれる。本特集では、ダイバーシティ経営に必要な視点、人材育成の在り方などを探った。(編集部)

ダイバーシティに必要な
経営者の危機感と組織内の理解

少子高齢化による労働力人口の減少や、グローバル化の進展に伴い、日本企業にダイバーシティ経営推進が求められて久しい。一方で、日本企業ではダイバーシティ経営が進んでいないという声も聞かれる。

立教大学教授の尾崎俊哉氏は、日本企業におけるダイバーシティ・マネジメントの課題について、「きちんと理解し、それを実践しようとしている日本企業の経営者は少ないと感じています。多くの場合、形だけの取組みに終わっています」と指摘する(➡こちらの記事)。

さらに、「根本にあるべきは、経営者の危機感であり覚悟です。そのうえで自社にとって必要なダイバーシティ・マネジメントとは何かを具体化し、組織に落とし込んでいかなければなりません」と話す。

また、南山大学教授の安藤史江氏は「性急に物事を進めてしまうと、組織に負の影響を及ぼしかねません。ダイバーシティで真に期待する効果をあげるには、組織内のマジョリティ側の不利益を緩和する組織レベルでの対策が重要です」と指摘する。

さらに「組織を変えていくためには、小さな成果を積み重ねていくことも大切です。個人に好き嫌いはあっても、成果が出ていたら、組織内に理解が浸透していきます。急速に何かを変えるというよりは、少しずつ組織レベルでダイバーシティの文化や土壌を醸成する必要があると思います」と話す。

ダイバーシティ・マネジメントに
必要な3つのキーワード

日本企業がダイバーシティ・マネジメントを実践していくには、どういった視点が必要なのか。

社会心理学と組織行動論が専門の正木郁太郎氏は「明確なミッション」「仕事の相互依存性」「コミュニケーションの量」と3つのキーワードを挙げる(➡こちらの記事)。そして「コミュニケーションの中でも『しっかりはっきり感謝をする』ことの意義は大きい」と続ける。正木氏の研究によると、感謝が多い部署にいる人の方が、そうでない部署にいる人よりも、組織に愛着を持って働いていることが明らかとなった。さらに、多様な人がいる部署では、特に感謝の有無による差が大きいという。

一方、企業は具体的にどの様な実践をしているのか。ダイバーシティ&インクルージョンの実現を含めて「人を大切にする」「人を活かす」人事施策を推進してきたSCSKでは、多様な人材が互いに仲間として認め、理解しあうことで組織力を上げることを目的に、「属性の多様性」「思考内容・能力の多様性」「表明される意見・見解の多様性」の3つの観点から施策を進めている(➡こちらの記事)。

例えば、多様な人材の活躍を支える仕組みとして、SCSKは教育研修プログラム「i-University」を整備している。全社員を対象に、継続的な学びと成長の機会を提供する体系的な仕組みであり、「キャリア開発」や「リーダーシップ開発」「グローバル能力開発」「専門能力開発」等のカテゴリーで約200種類の豊富なプログラムを提供している。

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ダイバーシティ推進を阻む
アンコンシャス・バイアスとは?

日本企業のダイバーシティ推進を阻む要因には、アンコンシャス・バイアスの存在も挙げられる。

アンコンシャス・バイアスとは「自分自身は気づいていない、ものの見方や捉え方のゆがみや偏り」を意味する。ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)推進やアンコンシャス・バイアス研修などを軸に、個人の成長と組織の生産性向上に貢献するコンサルティングや研修を行っているクオリア(➡こちらの記事)。

同社代表取締役の荒金雅子氏によれば、関心の高まりの背景には、主に2つの理由があるという。第1に、D&I経営の制度や仕組みがあるにも関わらず、成果を出せない中、アンコンシャス・バイアスがそれを妨げる要因になっていると考えられること。第2に、近年注目されている心理的安全性を高めるためにも、アンコンシャス・バイアスへの対処が重要になっていることだという。

また、人の変化を起点にした組織変革を目指し、ビジネスコンサルティングを行うチェンジウェーブは、アンコンシャス・バイアスを学び、個々の行動変容を促すeラーニング「ANGLE(アングル)」を提供している(➡こちらの記事)。ANGLEはアンコンシャス・バイアスを定量的に可視化するためIATを採用。IAT研究の第一人者として知られるフェリス女学院大学の潮村公弘教授に監修を依頼し、独自開発を行った。IATを通じて自分の「性別」「年齢」バイアスレベルを測定することができる。

女性や人種、国籍において
ダイバーシティ経営で必要な視点

ダイバーシティ経営を推進してきた経済産業省では、ダイバーシティ経営を「多様な人材を活かし、その能力が最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営」と定義する。また、「多様な人材」とは性別、年齢、人種や国籍、障がいの有無、性的指向、宗教・信条、価値観などの多様性だけでなく、キャリアや経験、働き方などの多様性も含むとしている。

多様な人材のうち「性別」に目を向ければ、女性活躍推進法の改正により、2022年7月から常用労働者数301人以上の企業を対象に、男女の賃金格差の開示が義務づけられた。さらに23年3月期決算から、男女の賃金格差は人的資本に関する情報開示項目の一つとして、有価証券報告書で開示を求められる。

こうした動きを受けて、東京大学エコノミックコンサルティング(略称:UTEcon)は、社内の男女賃金格差の有無や原因の把握を可能にする男女賃金格差診断ツール「GEMApp(ジェムアップ)」の提供を2022年11月より開始した(➡こちらの記事)。

同社コンサルタントの青野将大氏は「ダイバーシティ経営の実現において、賃金の男女平等は基本的な要素です。男女格差を是正するには、格差が生じる要因を様々な観点から分析し、その詳細を把握する必要があります」と話す。

また、人種や国籍に目を向ければ、異文化マネジメントの視点も必要だ。加えて、最近はDE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)という言葉がよく聞かれるようになった。東京経済大学准教授の小山健太氏はインクルージョンとは「一人ひとりの個性発揮を尊重して職場で受け入れていくという考え方」だと話す。そして「職場への受け入れ」と「個性発揮の奨励」の両方が満たされている状態で多様な社員のアイデアを事業に活かすことができると指摘する。そのため、マネジメント層には「職場への受け入れ」と「個性発揮の奨励」を実現するための「インクルーシブ・リーダーシップ」が求められると指摘する(➡こちらの記事)。

少子高齢化による人手不足の深刻化、そしてグローバル化による多様化した市場ニーズへの対応の必要性を踏まえれば、ダイバーシティ経営は、日本企業の持続的成長にとって不可欠なものといえる。本特集では、「ダイバーシティ経営と人材育成」をテーマに、企業や有識者などの取材を通じて、その意義や課題などを追った。企業の経営層や管理職だけでなく、働く人々にとって、今後の取組みの一助となれば幸いだ。