社長のサクセッションプランに求められる学びと経験とは?
コーポレートガバナンス・コードの導入以降、次の経営層の確保・育成に向けた「サクセッションプラン(後継者育成計画)」に注目が集まっている。一方、効果的な運用などで課題を抱える企業も少なくない。桜美林大学ビジネスマネジメント学群准教授の坂本雅明氏に話を聞いた。
調査から見える上場企業の
サクセッションプランの実態

坂本 雅明
桜美林大学 ビジネスマネジメント学群 准教授
NECを経て人材系のコンサルティング会社に入社し、戦略系の研修・コンサルティング、経営幹部候補者研修を担当。2020年4月より桜美林大学にて現職。同年に因幡電機産業株式会社の社外取締役に就任し、指名報酬委員会委員長を務める。専門分野は経営戦略。92年上智大学卒業、05年一橋大学大学院修了(MBA)、09年東京工業大学大学院博士後期課程修了(博士(技術経営))。主要著書に『戦略策定ガイドブック』、『戦略実践ガイドブック』(ともに同文館出版)。
── 大企業の経営層の後継者育成の状況をどう見ていますか?
2018年3月27日、カルビーの株価が7%急落しました。きっかけは当時の会長兼CEO松本晃氏の退任でした。名経営者の退任発表だけが株価下落の要因ではなく、次の体制が決まっていなかったことに、株式市場が反応したと見られています。
経営人材の枯渇は企業経営に大きな支障を来たします。それを避けるには候補者の充実が必要です。
特定ポジションの後継者の確保・育成プロセスは「サクセッションプラン」(後継者育成計画)と呼ばれます。サクセッションプランはポジションごとに存在し、経営人材のサクセッションプランは2種類あります。取締役・執行役員を目的とした「ボード・サクセッション」と「社長サクセッション」です。ポジションごとに必要な能力を身に付けさせるとともに、適任かどうかの見極めが求められるので、これら2つに連続性はあるものの基本的には別物です。
── 坂本先生はプライム上場企業の社外取締役を担い、指名報酬委員会委員長として「社長サクセッション」に関与されています。また、人材開発会社の株式会社セルムと共同で「社長サクセッション」に関する実態調査に携わっています※1。
「社長サクセッション」では、あるべき社長像を表現した人材要件を定義し、その到達を目指した育成を行いつつ、評価・見極めがなされ、候補者が絞り込まれていきます。初期段階の候補者リストは「ロングリスト」と呼ばれ、上場企業であれば10人以上がリストアップされます。その後の段階的な見極めを経て、最終選定直前の「ショートリスト」または「ファイナリスト」では2~3人に絞り込まれ、そのうちの一人が取締役会に上程する候補者に選ばれます。
セルムとは2023年度から3年間にわたり毎年約50社へアンケート調査を実施するとともに、その結果をもとにしたディスカッションをしています。調査結果をもとにした大まかな実態は次のとおりです。
・「社長サクセッション」の開始時期は現社長の想定退任時期の2~3年前が半数を占め、4~5年前からが3割程度だった。
・「ロングリスト」には取締役・執行役員だけでなく事業部長や部長クラスも名を連ね、若い人材では40歳代後半でリストに入る。
・サクセション・プロセスを通じて社長候補者が揃ったかといえば、そうともいえない。3社に1社は最終選考段階でも十分な候補者を確保できていないと考えている。
日本では2015年からコーポレートガバナンス・コードが導入され、2018年の改訂では、取締役会が最高経営責任者(CEO)等の後継者計画の策定・運用に主体的な関与と適切な監督が強く要請されています。2022年には経済産業省が後継者計画のガイドラインを公表しました※2。そこには「社長サクセッション」の基本ステップが説明されており、上場企業の事務局であれば、外形的に正しいサクセッションプランを構築することは難しくありません。ただ、効果的な運用ができていない企業、つまり「仏作って魂入れず」の企業も少なくないのが実態です。社長交代の機会は数年に1回しかなく、PDCAサイクルを回す回数がまだ少ないことも要因の一つでしょう。
今後直面しうる経営課題に
対処する経験こそが何より大事
── 次期社長候補には、どんな育成方法が効果的なのでしょうか?
次期社長の育成は研修も必要です。コーポレートガバナンスやファイナンス、株主・投資家目線の考え方などを体系的に学ぶ必要があります。これらは企業経営に必要ですが、事業経験からでは得にくいからです。一方で、次期社長の候補となる人材ともなれば一定レベル以上の見識や知識、スキルを持ち合わせており、それ以外のテーマでは研修で能力が飛躍的に向上するとは考えにくいでしょう。育成の中心は「経験」を通じた学びになるべきです。しばしば、タフ・アサインメントや修羅場経験を与えるべきだという意見を聞きますが、やや乱暴な議論だと思います。苦行を強いればよいわけではなく、目的志向で検討すべきです。
与えるべき経験は2種類あると考えます。1つ目は別の世界を知る経験です。社長になれば社内全ての事業をカバーしなければならず、出身部門以外の事業の理解が欠かせません。事業ごとにビジネスモデルが異なれば時間軸も異なる。出身事業の論理が他事業でも当てはまるとは限りません。外の視点で客観的に自社の経営を見る目を養う必要もあり、社外経営者と交流する機会が必要です。
2つ目は今後直面しうる経営課題に対処する経験です。これは育成だけでなく評価にも関係します。最も重要な社長選定基準の1つは、任期中に直面する経営課題に上手く対処できるポテンシャルです。これをアセスメント等で測ることは非常に難しいでしょう。例えば、ある企業がM&A推進を意図していた場合、M&Aのハンドリングに長けているかどうかを事前に判断できるのか。実際に経験させ、その対処方法を観察するしかありません。関連していえば、次期社長の任期中に取り組むべき経営課題を話し合い、コンセンサスを得た上で人材要件に組み込むことが、サクセッション・プロセスにおいて欠かせないでしょう。
この2種類の経験では、後者が圧倒的に重要です。ただ、大きな問題が2つあります。ひとつは、「経験の場の希少性」です。将来の経営課題に対処できる経験の場は限られています。加えて、若い候補者は執行役員やCxOなどのポジションに据えて、権限と責任を持たせた上で経験させたい。しかしポジションに空きがあるとは限らない。全ての候補者に良質な経験を与えることはできず、候補者の中での優先順位付けをせざるを得ません。
もうひとつの問題は「育成・評価者の希少性」です。候補者がどのような環境の下でどのような意思決定を下したのかの報告を受け、それが経営目線でなされていたか、他に考慮すべき側面がなかったかなどを瞬時に判断し、評価・アドバイスをしなければならない。これができるのは現社長かそれに近いポジションの人材だけです。経営方針の転換期は将来の経営課題を経験している経営メンバーがいないこともあるでしょう。そうした場合は、類似の経営課題を社長として経験した人材を社外取締役に迎え、指名委員会委員に据えることが理想です。
── 最後にメッセージを。
コーポレートガバナンス・コードでは、現社長が次期社長を選定することには否定的です。社内論理や恣意性を排除するためであり、その考えには異論はありません。しかし、育成の主体は現社長であるべきです。「それは人事の仕事だ」という社長もいますが、社長が後継者育成にコミットし、育成計画の作成や育成自体に積極的に関与することで、仏に魂が入ると思います。
※1 株式会社セルム「2023年度 社長・CEOサクセッションサーベイ調査報告書」(2023年11月)、同「2024年度 社長・CEOサクセッションサーベイ調査報告書」(2024年10月)
※2 経済産業省「指名委員会・報酬委員会及び後継者計画活用に関する指針-コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)別冊-」(2022年7月)