元MITメディアラボ所長・伊藤穰一氏、web3時代の新たな教育研究に挑戦
伊藤穰一氏は現在、千葉工業大学 変革センターのセンター長として、「脱専門性」を目指す研究を推進。また、同大学で始まったweb3人材の教育プログラムにおいても、大きな役割を果たす。web3の時代、これからの教育研究の在り方と未来について、伊藤穰一氏に話を聞いた。
「脱専門性」の新たな研究施設、
領域間の「空白」に挑戦する
伊藤 穰一
──千葉工業大学は2021年11月、アンチディシプリナリー(脱専門性)を追求する研究施設「変革センター」を設立し、伊藤さんはセンター長に就任しました。
アンチディシプリナリー(脱専門性)は、私が米マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボの所長をしていた頃から使っていた言葉です。MITメディアラボは建築学部内の研究所ですが、そこでもっとも重視していたのは、アート、サイエンス、デザイン、エンジニアリングを横断して考えることでした。
日本には文系・理系という分類が根強くあります。それは戦後の高度経済成長期には機能したと思いますが、世界が複雑化している現在、専門分野に特化した従来の枠組みでは通用しないことも増えています。
海外に「酔っぱらいは街灯の下で鍵を探す」という諺があります。それが意味するのは、酔っぱらいは光の当たっているところで鍵を探すけれども、実は街灯と街灯の間にある暗くて何も見えないところに鍵が落ちている可能性が高い。MITメディアラボは、いわば街灯と街灯の間にある暗闇で新たなチャレンジをする機関であり、千葉工業大学の変革センターが目指すのも専門分野の壁を越えた研究です。
文理融合や異分野融合をコンセプトとする研究施設は他にもありますが、それらの多くは英語で言うと「インターディシプリナリー(学際性)」、つまり異なる専門領域の掛け合わせです。一方、私たちが目指す「アンチディシプリナリー(脱専門性)」とは、既存の専門領域や学問分野の間にある空白へと踏み出すことであり、今はまだ言語化されていないところで新たなチャレンジを行います。
かつて100年程前のドイツで「バウハウス」というムーブメントがありました。バウハウスは産業革命によって生まれた新しい技術や素材を駆使し、旧来の価値観に支配されていた建築やデザインを変えていきました。その根底には新たな美学があり、その美学に基づいて、多様な領域で新たなアウトプットの数々が具現化され、社会のアーキテクチャ(構造)に影響を与えたのだと思います。
現在の日本は、デジタル化が進展して変革期にあるにもかかわらず、多くのものが旧態依然のまま変わっていません。変革センターでは、これからの時代を見据えて美学や文化とテクノロジーをつなぎ、根本的な変化をもたらすような研究を目指しています。
変革センターの研究資金に関してはMITメディアラボのモデルを参考に、新しい資金調達モデルや研究運営モデルなど、いろいろ検討しています。
千葉工業大学でMITメディアラボと同じように資金を集められるとは思いませんが、「自分たちの研究だけでは出てこない、新しい未来を見てみたい」と考える企業は一定数あります。私たちでより良い未来をつくり出すために、技術と文化を含めたあらゆる分野の研究者を集め、既成概念にとらわれない研究を進めていきます。
web3人材を育成へ
新たな教育を自ら実践する
──千葉工業大学は今年4月、学生と社会人を対象にweb3人材の輩出を目指す教育プログラムを開講します。同講座で伊藤さんは自ら教鞭をとるなど、大きな役割を担いますが、どういった教育を提供されていきますか。
Web1.0、Web2.0と異なるweb3の大きな特徴は「分散的=非中央集権的」であることです。千葉工業大学の教育プログラムでは、web3の理念でもある「分散型」の考え方を導入し、誰もが教え合い、学び合う環境を整備します。
履修者に対してトークンを発行するほか、授業運営自体にもweb3ツールを盛り込み、実際に手を動かして学びます。また、本講座の学修歴証明書は書面だけでなくNFT(非代替性トークン)でも発行し、改ざんが不可能な形で自身の学びの履歴を残せるようにします。
今後、日本で長く続いてきた「学歴至上主義」の効力は徐々に薄まっていくでしょう。消去・変更が不可能なブロックチェーンが過去の履歴を克明に記録し、どの学校を卒業したのかよりも、何を学んできたのか、どんな活動で何を達成したのかなどで、個人の能力・資質が測られる時代になると思います。
web3の時代に問われるのは、「情熱」をベースとした学びです。情熱がなければ、自分を動かすことはできません。また、「目的」から始まる学び、すなわち「パーパス・ベース・ラーニング」も大切です。「社会に貢献する」という大きな目的の下に、組織の枠を越えて意気投合した仲間と一緒に学び、実践していく。パーパスから情熱が生まれ、学びの原動力となります。
そしてもう一つ、「クリエイティブ・コンフィデンス(自分の創造性に対する自信)」が重要です。日本出身のノーベル賞受賞者は現時点で計29名ですが、アメリカのノーベル賞受賞学者は、私がいたMITだけでも98名。これは、日本が「クリエイティブ・コンフィデンス」の土壌に乏しいことも要因の一つだと思います。「クリエイティブ・コンフィデンス」を育むには、出る杭を伸ばす、挑戦する人を応援するコミュニティが欠かせません。
千葉工業大学のweb3人材教育のプロジェクトは、私が設立したHenkaku Communityのメンバーも交え、運営していきます。千葉工業大学を舞台に多様な人たちを接続し、「情熱」「パーパス(目的)」「クリエイティブ・コンフィデンス」を育む新たな教育に挑戦していきます。